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1巻
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少し歩いて、応接室に到着した。
椅子に座った私はここに来た理由を、正面に座るジリクに話しはじめる。
ディアスから、婚約破棄を言い渡されたこと。
しかもその理由が、ウルルが怖いからだということ。
「ディアスとの婚約を解消できたのは、むしろうれしいぐらいだけどね!」
半分愚痴のようになりながら数日前のできごとを話していると、つい本心がもれてしまった。
「なるほど……たしかに、ディアス殿下の行動はひどすぎます」
ジリクは自分のことのようにつらそうな表情になって、私に同調してくれた。
そんなジリクを見て、ひとつ疑問が湧いてくる。
昔より成長したウルルを、ジリクは怖いと思っていないだろうか?
さっき、「ウルルはウルルですから」と言ってくれたけど、本当のところはどうなのか、気になった。
私にとってウルルは世界一かわいいけど、ディアスたちにひどいことを言われ続けたせいで、もしかして客観的に見たら怖いんじゃないか、と不安になってしまう。
そのことを聞くべきかためらっていると、ジリクが先に口を開いた。
「……ディアス殿下が婚約破棄をした理由が、ウルルが怖いからというのは、方便かもしれません」
「方便?」
「はい。殿下がウルルのことを恐れていたことは本当かもしれませんが、それだけで婚約を破棄するというのは、さすがに考えづらいです。それより、メラナーさまの契約獣であるペガサスは、神獣選定の儀で神獣に選ばれる可能性が最も高いと言われています。それが本当の理由なのかも……」
「神獣選定の儀?」
「神獣を選ぶための儀式です。七年に一度、各国持ち回りでおこなわれるもので、その国に住む契約獣のなかから神獣候補が選ばれます」
「授業で聞いた気がするわ。たしかもうすぐ王都の神殿でとりおこなわれるんだっけ」
ジリクの説明に、うなずきながら答える。
七年に一度おこなわれる儀式。毎回担当する国が決められていて、その国に住む契約獣から神獣を選ぶらしい。
私が知っているのはそのくらいで、ジリクが詳しく説明してくれた。
「神獣は、この世界に存在するとされている神さまの力を受け取り、膨大な力を得て人や大地を守ります。その神獣候補に、メラナーさまのペガサスが選ばれているんです」
「メラナーのペガサスが、神獣候補?」
神獣選定の儀に参加できるのは、神獣候補として選ばれた契約獣だけ。
私が神獣選定の儀や神獣についてあまり詳しく知らなかったのは、私には関係ないことだと思っていたからだ。
神獣なんてすごいものに選ばれるのは、きっと優秀で実績のある魔法士の契約獣だけだと思っていたのだけど、メラナーのペガサスが選ばれるなら、契約者の年齢は関係ないらしい。
さらに言うなら契約者の人格も関係ないのだろう。あのメラナーが神獣の契約者として称えられでもしたら、ジェドフ国の将来が心配だ。
「神獣となればもちろんですが、候補として選ばれるだけでも十分に誉れ高いことです。おそらく、そのペガサスを得ることが、ディアス殿下の狙いだったのでしょう。それにディアス殿下は第二王子ですが、婚約者が神獣の契約者となれば、次期国王の座も狙えます」
「なるほど。メラナーがあそこまで調子に乗っていた理由も、多分そこね」
貴族としての格は、メラナーのルロムード侯爵家よりも、私のファドソ公爵家のほうが上。それなのに、メラナーは明らかに私を見下していたもの。
ディアスが突然婚約破棄を言い渡したこともそうだけど、メラナーの言動も気になっていた。
「すべての候補がそろうまで、誰の契約獣が神獣候補に選ばれたかは明かされませんから、ライラさまが知らないのも当然です」
そう言って、ジリクは説明を続ける。
どうやらペガサスが神獣候補になったことは、まだ公表されていないことのようだ。
それなのにメラナーは、内緒と言いつつ周囲に言いふらしているらしく、それがジリクの耳にも入ったのだという。
大切な秘密を簡単にもらすあたり、やっぱりメラナーが人々に称えられるのはどうかと思う。
侍女が出してくれた紅茶を飲みながら、私はさっき気になったことを、改めて尋ねる決意をした。
聞くべきかすごく迷ったけれど、やっぱりちゃんと聞いておこう。
「あの、ジリクも……ウルルのこと、怖いって思う?」
「ウルルは昔と変わらず、とてもかわいいですよ。今はそれに加えて、凜々しくも見えます」
ジリクがそう即答してくれたことで、私はほっと息をついた。
微笑みかけるジリクに、ウルルはうれしそうにすり寄る。
『あの時ジリクが助けてくれたから、僕はライラの契約獣になれた。ありがとう』
そんなウルルの言葉を聞き――私は、ウルルと初めて出会った時のことを思い出した。
あれは、まだ私がディアスの婚約者になっていなかった頃。
ファドソ家とゾネット家の領地が近かったおかげで、私とジリクはよく一緒に遊んでいた。
そしてある日、遊びに出かけた先で、弱った小さな白い狼を見つけた。
今にも息絶えてしまいそうな姿を見ても心配することしかできないでいた私に、ジリクは「大丈夫、その子を助けるためにできることをしよう」と言ってくれたのだ。
すぐに魔法士のもとに向かい、鑑定魔法でその白狼が誰とも契約していない野生の魔獣だと確認し、契約獣にしても大丈夫と許可をもらった。
魔力の強い人と契約すれば、魔力を分け与えることで回復するかもしれない。
ジリクは小さな頃から魔獣について詳しかったけど、あの時はまだ魔法学園に入学していなくて、契約魔法を使うことができなかった。
私は初等部の一年生で、魔法のことは授業で学んでいたから、魔法士の協力のもと、その白狼と契約することになったのだった。
契約を受け入れてくれた白狼を、私たちはウルルと名付けた。
私と契約したことでウルルはすっかり元気になり――今ではすっかり仲良しになったのだ。
ウルルがお礼を言うと、ジリクが微笑む。
「私はたいしたことはしていませんが、どういたしまして」
「ウルルの言葉がわかるの!?」
「契約魔法の応用です。自分と契約していない契約獣の言葉を理解できるように調整してみました」
「平然と言うけど、普通そんなことできないよ……」
完全に不可能というわけではないけれど、それは大人の魔法士でも難しいはずだ。
私は唖然としながら、ジリクが私と会わずにいた間、なにをしていたのか聞くことにした。
「ジリクって、やっぱり学園でも成績がいいの?」
「恥ずかしながら、実はあまり……。詳しいといっても私が知っているのは魔獣のことだけですし、魔法も契約魔法とその応用を試すばかりで、それ以外はそんなに得意ではないのです」
ジリクは前から魔獣や契約獣のこととなると夢中になってしまうことは知っていたけど、それは今でも変わっていないみたいだ。
試験の勉強そっちのけで、契約獣について学ぶばかりのジリク。
学園ではすっかり変人扱いです、とこともなげに話すジリクは、穏やかだけれどなんだか無茶苦茶で、私は唖然としてしまった。
「どうして……そこまで、できるの?」
「私はもっと魔獣や契約獣のことを学んで、いつか魔界にいる魔獣とも仲良くなりたいんです。魔界の生き物は危険と言われ、魔界に干渉しようとすることは罪とされています。でもそれは、彼らのことを私たちが知らないせいだと思うんです」
「知らない?」
「はい。知らないものは、怖いですから。だから私はたくさんのことを学びたい、そう思います」
ジリクと離れて二年くらいだけど……その間に、ジリクは壮大な夢をもったようだ。
魔界というのは、この世界とは違う世界と聞いたことがある。危険がいっぱいで、凶暴な魔獣もたくさんいる、って。
だけど、ジリクはそんな魔界の魔獣たちとさえ、仲良くなりたいのだという。
「素敵ね! 私も応援する。なにかあったら協力させて!」
『僕もライラと同じ考えだけど、危険なことはしてほしくないかな』
ウルルもジリクを応援したいけど、心配な気持ちのほうが大きいみたい。
でもそれは、ジリクのことが大切だからだと思う。
そんなことを考えていると、ジリクが私を見つめる。
「ありがとうございます。この夢を笑わなかったのは、ライラさまとウルルがはじめてです」
「そうなの?」
「はい。普通じゃないようです」
たしかに魔界なんて、普通に生きていたらかかわることはない世界だ。
魔法学園の授業でも、魔界のことをしっかり教わるのは高等部の選択科目くらいのはず。
だからといって、人の夢を馬鹿にしていいはずないのに。
そう思って私が口をとがらせていると、ジリクが微笑む。
「今日はもう遅いですから、そろそろお帰りの支度をしましょう。ライラさまさえよければ、また前のようにいつでも遊びに来てください」
「うれしい……けど、あまり私たちと仲良くしていたら、ジリクの迷惑にならないかしら」
「私はもともと変人扱いですから、問題ありません」
「……それはそれで、大丈夫なの?」
趣味に没頭するのはいいけど、周囲から浮いているのはいきすぎかも。
苦笑いする私に、ジリクは真剣な表情で告げた。
「ライラさまに、ひとつお伝えしたいことがあります」
「なに? ウルルの悪口以外ならなんでもいいわよ」
「まさか。称賛しか浮かびませんよ――ディアス殿下に婚約を破棄されたことや、ウルルを悪く言われたことを、気に病まれるのはわかります。でも、ライラさま。周りの目など気にしなくていい、他人になにを言われても関係ないと、私は思います」
ジリクはまっすぐに私を見つめて、そう言ってくれた。
いつも自分が興味のあることに夢中で、学園でも変人と呼ばれているというジリク。
でも、ジリクはそんなこと気にしないで、自分がしたいように生きている。
そんなジリクの言葉は、私の心にまっすぐ響いた。
私を気遣ってくれているのが伝わってきて、温かい気持ちになる。
「ジリクの言うとおりね。ありがとう」
そうして、私はジリクと会わなかった頃のウルルについて話しながら、帰りの支度をした。
行きと同じように、ウルルに乗って帰り道を駆ける。
もふもふした背中に身をあずけながら浴びる風が心地いい。
草原を駆けていると、ウルルが話しかけてきた。
『ライラはさ、ジリクと婚約すればいいんじゃない?』
「えっ?」
突然なにも言い出すのかと驚き照れる私に、ウルルは続ける。
『今日は二人ともずっと楽しそうだったし、お似合いだと思うなぁ』
どうやらウルルがジリクになついているからだけではなく、私のことを考えて提案してくれたみたいだ。
ディアスとの婚約解消が決まって、私は周囲から腫物にさわるような扱いを受けていた。
そんななか前と変わらないジリクの態度はすごくうれしくて、今日はひさしぶりに楽しい一日だった。
今日のような日がずっと続けば、それはすごく幸せだけど……ジリクは今日、どう思っただろう?
『二人とも昔からお互いのことが好きだったでしょ? でも、ライラがディアスと婚約することになって、二人とも仕方がないと割り切っていただけだよ』
「と、突然なにを言うのよウルル!」
いきなり両想いだなんて言われて、顔から火が出そうになる。
たしかに――今日ひさしぶりに会ったジリクは昔よりも格好よく見えたし、一緒に過ごした時間が楽しくて、大切なものに感じた。
ジリクは、どうだろう。
私といて、少しでも楽しかったり、うれしかったりしてくれたらいいんだけれど。
『ジリクとまた会えなくなってもいいの? 僕はいやだな』
「それは……」
『屋敷に帰ったら、頼んでみなよ。きっと賛成してくれるからさ』
「……言うだけ、言ってみようかな」
迷いはあったけれど――その日の夜、私はお父さまの部屋に向かうことに決めた。
あれから一週間。
私はウルルに乗って、またジリクの屋敷に向かっている。
あのあと、私は悩みながらもお父さまに相談した。
私の家は公爵で、ジリクの家は子爵。
こちらが婚約を迫れば、向こうはきっと断れない。
だからお父さまさえ納得してくれれば婚約することはできるけれど、ジリクはそれを望むだろうか?
それだけが不安だったけれど……ひさしぶりにジリクと会って、また会えなくなると思ったらいてもたってもいられなかった。
お父さまにジリクと婚約したいことを伝えると、こんな答えが返ってきた。
『よかれと思って王家との婚約を決めたが、それがライラにとって辛い結果になってしまったのは私にも責任がある。ライラが望むなら、ゾネット家に婚約を申し込もう。今度こそライラが幸せになれるように』
そう快諾してくれて、ゾネット子爵家にも話を通してくれた。
せっかちなお父さまの行動は迅速で、すぐに婚約は決まったようだ。
私はウルルにぎゅっとつかまりながら、ジリクと顔を合わせたらなにを言えばいいか考えていた。
ジリクとの婚約が決まり、私としてはうれしい。
ウルルの提案を無下にしたくないというのもあるけど――私も、ウルルと同じ気持ちだったから。
だけど、ジリクも同じとは限らない。
「承諾してくれたと言っても、お父さま同士が決めたことだから、そこにジリクの意志はないわ。ジリクは本当に私との婚約を望んでくれるかしら?」
『なにを今さら。きっと大丈夫だと思うよ』
「そう、だといいけど……」
ウルルに励まされながら、私たちはゾネット家の屋敷に到着した。
今日は訪問理由が理由だからか、ジリクは本を読まず応接室で待っているらしい。
執事に案内されて、部屋に到着する。
ソファーに座った私がどう切り出そうか迷っていると、ジリクは緊張した面持ちで、こんなことを聞いてきた。
「本当に私が、ライラさまの婚約者でよろしいのでしょうか?」
自分が婚約者で、本当にいいのか。
私こそ、それを尋ねようとしたのに……
「……どうして?」
他になにも言えなくてそう口にすると、ジリクが続けた。
「私は研究に没頭するばかりで、すぐ周りが見えなくなります。学園でも変人扱いされて、成績だって下から数えたほうがずっと早い、情けない人間です。こんな私との婚約は、ライラさまのご迷惑ではないでしょうか?」
不安そうな顔で、自分のことを卑下する。
そんなジリクを見ていたら、私も言いたいことが湧いてきた。
「それを言うならディアスに婚約破棄された私だって、学園の誰もが避けているわ。メラナーにも馬鹿にされて、ウルルのことだってひどいことばかり言われて、情けないっていうなら私のほうがずっとそうよ。――私との婚約は、いや?」
「いやなわけない!」
ジリクは、身を乗り出してそう叫んだ。
敬語を使うのも忘れて、こんな時なのに昔みたいだな、なんて思う。
顔が赤くなるのを自覚しながら、私はジリクに問いかけた。
「それなら――私の婚約者に、なってくれる?」
「っ……はい! 喜んで!!」
ジリクは顔を少し赤くしてうれしそうにそう答えてくれた。私もうれしくて笑顔になる。
しばらくふたりとも黙りこんで、なにか言おうとして目が合っては、恥ずかしくなってそらしてしまう。
そんな私たちを見ながら、ウルルが呟いた。
『本当に、お似合いな二人だよ』
契約獣にしか興味がないジリクと、契約獣が怖すぎると言われて婚約破棄された私。
これからまた誰かに心ないことを言われるかもしれない。
だけど、他人の目なんて関係ない。
私はジリクと婚約者になれて、すごく幸せだから。
第二章 神獣選定の儀
私とジリクの婚約が決まり、一ヶ月が経った。
ディアスが婚約破棄を宣言したあたりから、神獣候補が続々と選ばれていったらしい。
もう来週には、儀式を経て新たな神獣が決まるようだ。
食卓で朝食をとっていると、あいかわらずレイラが楽しそうに話を始める。
「もうすぐ神獣選定の儀ですね。まあ、怖いからって婚約破棄をされたようなお姉さまの契約獣には、関係ない話でしょうけど」
お父さまとお母さまはウルルに優しいけど、妹のレイラは違う。
昔は「ウルルちゃん」と呼んで、一緒にウルルと遊んでいた。そんな姿が嘘のように、今のレイラはウルルを敵視している。
そんな妹に、私はため息をつく。
「そうね」
「学園でもお姉さまはひどい言われようだから最悪です。そんな獣とはさっさと契約破棄したほうがいいのではありませんか?」
そこまで言うほど評判は悪くないと思うけど、レイラはなんだか話を大げさにしたいようだ。
どうしてそこまでウルルを目の敵にするのだろう。
そんな私たちのやりとりを見かねたのか、お父さまがレイラをたしなめる。
「レイラよ。ウルルは領地に侵攻してきたモンスターを何度も退治してくれている。ファドソ領に必要な存在だ」
「うっ……で、でもそれだけ力があるということは、人に危害を加える可能性もあるということではありませんか! もし領地の人々を傷つけでもしたら……」
「そうなった時は、その時に領主である私が判断するだけだ」
お父さまの言葉に言い返せなくなったせいか、レイラは私を睨んでくる。
どんなことがあったとしても、私はウルルとの契約を破棄する気は一切ない。当たり前のことだ。
目論み通りにいかなかったレイラは、椅子から勢いよく立ち上がった。
「後悔してからでは遅いです! 私は忠告しました!!」
そう告げると、足早に歩きだし、乱暴に扉を開けて出ていってしまう。
お父さまはため息をつきながら、扉を眺めていた。
「レイラめ、困ったものだ」
「私がジリクと婚約してうまくいっているのが、面白くないのでしょうか……」
ジリクと婚約して以来、学園であからさまに悪口を言う人が減ってきた。
そのこともあって、最近は良いことばかりだな。と思っていたのだけれど……そういうところが、レイラの気に障るのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は朝食を味わっていた。
魔法学園に登校し、今は昼休み。
あからさまな悪口は減ったものの、あいかわらず私は周囲から避けられていた。
教室ではディアスと、彼の新たな婚約者メラナーのもとに生徒たちが集まっている。
話題は来週に迫った神獣選定の儀式のこと。
クラスの皆は、メラナーのペガサスが神獣に選ばれるにちがいない、と口々に褒めたたえている。
誰の契約獣が神獣に選ばれるか、なんてことはどうでもいいけど、ディアスとメラナーがさらに増長するのはいやすぎる。
ため息をつきながらも、私は食堂に向かうことにした。
今日はジリクと食堂で昼食を食べる約束をしているのだ。
私が席から立ち上がった時、クラスメイトの声が耳に入ってくる。
「来週の神獣選定の儀で、ディアス殿下の判断が正しかったことが証明されますね」
「前の婚約者ライラさまの契約獣は見るからに凶暴で野蛮な狼。神獣候補に選ばれてもいない」
「それに比べてメラナーさまのペガサスは素晴らしい契約獣ですよ。あの神々しさ、神獣に選ばれるのはペガサスにちがいありません!」
「おほほほほほ! 当然でしょう、皆様はよくわかっていらっしゃいますわ!」
メラナーはさも楽しそうに高笑いして、得意げに胸を張る。
そんな中、取り巻きの一人が呟いた。
「それにしても神獣候補――予定では七名の候補のうち、決まっているのは六名だけ。残りの一名は、誰の契約獣になるのでしょうか?」
その疑問を皮切りに、取り巻きたちはもしかしたらあの人かも、いやいやあの人だ、と色めき立つ。すると話を聞いていたディアスが、私のほうを見て言った。
「神獣候補はペガサスのほかにも優秀な契約獣ばかり、あの恐ろしい狼だけはないだろうなぁ」
あてつけるような言葉にいらだつ心を抑え、私は教室を出ようとする。
私が公爵家の人間だから、ディアスの取り巻きたちは直接悪口を言ってはこない。
それでも話し声は耳に入ってきて、もう慣れたものと聞き流そうとしていると――教室に、ジリクが入ってきた。
ジリクが私の新しい婚約者ということはもう学園中に知れ渡っているし、それでなくとも一学年下の生徒が教室を訪れるというだけで、視線が集まる。
じろじろと不躾な視線を受けながら私のそばまで来たジリクは、クラスメイトたちを見回して口を開いた。
「ライラさまの契約獣のお話ですか。とても興味深いですね」
「はぁっ? ライラの婚約者か、ここになんの用だ?」
「婚約者を迎えにきただけですが……楽しそうなお話をされているので、私からもひとつ」
椅子に座った私はここに来た理由を、正面に座るジリクに話しはじめる。
ディアスから、婚約破棄を言い渡されたこと。
しかもその理由が、ウルルが怖いからだということ。
「ディアスとの婚約を解消できたのは、むしろうれしいぐらいだけどね!」
半分愚痴のようになりながら数日前のできごとを話していると、つい本心がもれてしまった。
「なるほど……たしかに、ディアス殿下の行動はひどすぎます」
ジリクは自分のことのようにつらそうな表情になって、私に同調してくれた。
そんなジリクを見て、ひとつ疑問が湧いてくる。
昔より成長したウルルを、ジリクは怖いと思っていないだろうか?
さっき、「ウルルはウルルですから」と言ってくれたけど、本当のところはどうなのか、気になった。
私にとってウルルは世界一かわいいけど、ディアスたちにひどいことを言われ続けたせいで、もしかして客観的に見たら怖いんじゃないか、と不安になってしまう。
そのことを聞くべきかためらっていると、ジリクが先に口を開いた。
「……ディアス殿下が婚約破棄をした理由が、ウルルが怖いからというのは、方便かもしれません」
「方便?」
「はい。殿下がウルルのことを恐れていたことは本当かもしれませんが、それだけで婚約を破棄するというのは、さすがに考えづらいです。それより、メラナーさまの契約獣であるペガサスは、神獣選定の儀で神獣に選ばれる可能性が最も高いと言われています。それが本当の理由なのかも……」
「神獣選定の儀?」
「神獣を選ぶための儀式です。七年に一度、各国持ち回りでおこなわれるもので、その国に住む契約獣のなかから神獣候補が選ばれます」
「授業で聞いた気がするわ。たしかもうすぐ王都の神殿でとりおこなわれるんだっけ」
ジリクの説明に、うなずきながら答える。
七年に一度おこなわれる儀式。毎回担当する国が決められていて、その国に住む契約獣から神獣を選ぶらしい。
私が知っているのはそのくらいで、ジリクが詳しく説明してくれた。
「神獣は、この世界に存在するとされている神さまの力を受け取り、膨大な力を得て人や大地を守ります。その神獣候補に、メラナーさまのペガサスが選ばれているんです」
「メラナーのペガサスが、神獣候補?」
神獣選定の儀に参加できるのは、神獣候補として選ばれた契約獣だけ。
私が神獣選定の儀や神獣についてあまり詳しく知らなかったのは、私には関係ないことだと思っていたからだ。
神獣なんてすごいものに選ばれるのは、きっと優秀で実績のある魔法士の契約獣だけだと思っていたのだけど、メラナーのペガサスが選ばれるなら、契約者の年齢は関係ないらしい。
さらに言うなら契約者の人格も関係ないのだろう。あのメラナーが神獣の契約者として称えられでもしたら、ジェドフ国の将来が心配だ。
「神獣となればもちろんですが、候補として選ばれるだけでも十分に誉れ高いことです。おそらく、そのペガサスを得ることが、ディアス殿下の狙いだったのでしょう。それにディアス殿下は第二王子ですが、婚約者が神獣の契約者となれば、次期国王の座も狙えます」
「なるほど。メラナーがあそこまで調子に乗っていた理由も、多分そこね」
貴族としての格は、メラナーのルロムード侯爵家よりも、私のファドソ公爵家のほうが上。それなのに、メラナーは明らかに私を見下していたもの。
ディアスが突然婚約破棄を言い渡したこともそうだけど、メラナーの言動も気になっていた。
「すべての候補がそろうまで、誰の契約獣が神獣候補に選ばれたかは明かされませんから、ライラさまが知らないのも当然です」
そう言って、ジリクは説明を続ける。
どうやらペガサスが神獣候補になったことは、まだ公表されていないことのようだ。
それなのにメラナーは、内緒と言いつつ周囲に言いふらしているらしく、それがジリクの耳にも入ったのだという。
大切な秘密を簡単にもらすあたり、やっぱりメラナーが人々に称えられるのはどうかと思う。
侍女が出してくれた紅茶を飲みながら、私はさっき気になったことを、改めて尋ねる決意をした。
聞くべきかすごく迷ったけれど、やっぱりちゃんと聞いておこう。
「あの、ジリクも……ウルルのこと、怖いって思う?」
「ウルルは昔と変わらず、とてもかわいいですよ。今はそれに加えて、凜々しくも見えます」
ジリクがそう即答してくれたことで、私はほっと息をついた。
微笑みかけるジリクに、ウルルはうれしそうにすり寄る。
『あの時ジリクが助けてくれたから、僕はライラの契約獣になれた。ありがとう』
そんなウルルの言葉を聞き――私は、ウルルと初めて出会った時のことを思い出した。
あれは、まだ私がディアスの婚約者になっていなかった頃。
ファドソ家とゾネット家の領地が近かったおかげで、私とジリクはよく一緒に遊んでいた。
そしてある日、遊びに出かけた先で、弱った小さな白い狼を見つけた。
今にも息絶えてしまいそうな姿を見ても心配することしかできないでいた私に、ジリクは「大丈夫、その子を助けるためにできることをしよう」と言ってくれたのだ。
すぐに魔法士のもとに向かい、鑑定魔法でその白狼が誰とも契約していない野生の魔獣だと確認し、契約獣にしても大丈夫と許可をもらった。
魔力の強い人と契約すれば、魔力を分け与えることで回復するかもしれない。
ジリクは小さな頃から魔獣について詳しかったけど、あの時はまだ魔法学園に入学していなくて、契約魔法を使うことができなかった。
私は初等部の一年生で、魔法のことは授業で学んでいたから、魔法士の協力のもと、その白狼と契約することになったのだった。
契約を受け入れてくれた白狼を、私たちはウルルと名付けた。
私と契約したことでウルルはすっかり元気になり――今ではすっかり仲良しになったのだ。
ウルルがお礼を言うと、ジリクが微笑む。
「私はたいしたことはしていませんが、どういたしまして」
「ウルルの言葉がわかるの!?」
「契約魔法の応用です。自分と契約していない契約獣の言葉を理解できるように調整してみました」
「平然と言うけど、普通そんなことできないよ……」
完全に不可能というわけではないけれど、それは大人の魔法士でも難しいはずだ。
私は唖然としながら、ジリクが私と会わずにいた間、なにをしていたのか聞くことにした。
「ジリクって、やっぱり学園でも成績がいいの?」
「恥ずかしながら、実はあまり……。詳しいといっても私が知っているのは魔獣のことだけですし、魔法も契約魔法とその応用を試すばかりで、それ以外はそんなに得意ではないのです」
ジリクは前から魔獣や契約獣のこととなると夢中になってしまうことは知っていたけど、それは今でも変わっていないみたいだ。
試験の勉強そっちのけで、契約獣について学ぶばかりのジリク。
学園ではすっかり変人扱いです、とこともなげに話すジリクは、穏やかだけれどなんだか無茶苦茶で、私は唖然としてしまった。
「どうして……そこまで、できるの?」
「私はもっと魔獣や契約獣のことを学んで、いつか魔界にいる魔獣とも仲良くなりたいんです。魔界の生き物は危険と言われ、魔界に干渉しようとすることは罪とされています。でもそれは、彼らのことを私たちが知らないせいだと思うんです」
「知らない?」
「はい。知らないものは、怖いですから。だから私はたくさんのことを学びたい、そう思います」
ジリクと離れて二年くらいだけど……その間に、ジリクは壮大な夢をもったようだ。
魔界というのは、この世界とは違う世界と聞いたことがある。危険がいっぱいで、凶暴な魔獣もたくさんいる、って。
だけど、ジリクはそんな魔界の魔獣たちとさえ、仲良くなりたいのだという。
「素敵ね! 私も応援する。なにかあったら協力させて!」
『僕もライラと同じ考えだけど、危険なことはしてほしくないかな』
ウルルもジリクを応援したいけど、心配な気持ちのほうが大きいみたい。
でもそれは、ジリクのことが大切だからだと思う。
そんなことを考えていると、ジリクが私を見つめる。
「ありがとうございます。この夢を笑わなかったのは、ライラさまとウルルがはじめてです」
「そうなの?」
「はい。普通じゃないようです」
たしかに魔界なんて、普通に生きていたらかかわることはない世界だ。
魔法学園の授業でも、魔界のことをしっかり教わるのは高等部の選択科目くらいのはず。
だからといって、人の夢を馬鹿にしていいはずないのに。
そう思って私が口をとがらせていると、ジリクが微笑む。
「今日はもう遅いですから、そろそろお帰りの支度をしましょう。ライラさまさえよければ、また前のようにいつでも遊びに来てください」
「うれしい……けど、あまり私たちと仲良くしていたら、ジリクの迷惑にならないかしら」
「私はもともと変人扱いですから、問題ありません」
「……それはそれで、大丈夫なの?」
趣味に没頭するのはいいけど、周囲から浮いているのはいきすぎかも。
苦笑いする私に、ジリクは真剣な表情で告げた。
「ライラさまに、ひとつお伝えしたいことがあります」
「なに? ウルルの悪口以外ならなんでもいいわよ」
「まさか。称賛しか浮かびませんよ――ディアス殿下に婚約を破棄されたことや、ウルルを悪く言われたことを、気に病まれるのはわかります。でも、ライラさま。周りの目など気にしなくていい、他人になにを言われても関係ないと、私は思います」
ジリクはまっすぐに私を見つめて、そう言ってくれた。
いつも自分が興味のあることに夢中で、学園でも変人と呼ばれているというジリク。
でも、ジリクはそんなこと気にしないで、自分がしたいように生きている。
そんなジリクの言葉は、私の心にまっすぐ響いた。
私を気遣ってくれているのが伝わってきて、温かい気持ちになる。
「ジリクの言うとおりね。ありがとう」
そうして、私はジリクと会わなかった頃のウルルについて話しながら、帰りの支度をした。
行きと同じように、ウルルに乗って帰り道を駆ける。
もふもふした背中に身をあずけながら浴びる風が心地いい。
草原を駆けていると、ウルルが話しかけてきた。
『ライラはさ、ジリクと婚約すればいいんじゃない?』
「えっ?」
突然なにも言い出すのかと驚き照れる私に、ウルルは続ける。
『今日は二人ともずっと楽しそうだったし、お似合いだと思うなぁ』
どうやらウルルがジリクになついているからだけではなく、私のことを考えて提案してくれたみたいだ。
ディアスとの婚約解消が決まって、私は周囲から腫物にさわるような扱いを受けていた。
そんななか前と変わらないジリクの態度はすごくうれしくて、今日はひさしぶりに楽しい一日だった。
今日のような日がずっと続けば、それはすごく幸せだけど……ジリクは今日、どう思っただろう?
『二人とも昔からお互いのことが好きだったでしょ? でも、ライラがディアスと婚約することになって、二人とも仕方がないと割り切っていただけだよ』
「と、突然なにを言うのよウルル!」
いきなり両想いだなんて言われて、顔から火が出そうになる。
たしかに――今日ひさしぶりに会ったジリクは昔よりも格好よく見えたし、一緒に過ごした時間が楽しくて、大切なものに感じた。
ジリクは、どうだろう。
私といて、少しでも楽しかったり、うれしかったりしてくれたらいいんだけれど。
『ジリクとまた会えなくなってもいいの? 僕はいやだな』
「それは……」
『屋敷に帰ったら、頼んでみなよ。きっと賛成してくれるからさ』
「……言うだけ、言ってみようかな」
迷いはあったけれど――その日の夜、私はお父さまの部屋に向かうことに決めた。
あれから一週間。
私はウルルに乗って、またジリクの屋敷に向かっている。
あのあと、私は悩みながらもお父さまに相談した。
私の家は公爵で、ジリクの家は子爵。
こちらが婚約を迫れば、向こうはきっと断れない。
だからお父さまさえ納得してくれれば婚約することはできるけれど、ジリクはそれを望むだろうか?
それだけが不安だったけれど……ひさしぶりにジリクと会って、また会えなくなると思ったらいてもたってもいられなかった。
お父さまにジリクと婚約したいことを伝えると、こんな答えが返ってきた。
『よかれと思って王家との婚約を決めたが、それがライラにとって辛い結果になってしまったのは私にも責任がある。ライラが望むなら、ゾネット家に婚約を申し込もう。今度こそライラが幸せになれるように』
そう快諾してくれて、ゾネット子爵家にも話を通してくれた。
せっかちなお父さまの行動は迅速で、すぐに婚約は決まったようだ。
私はウルルにぎゅっとつかまりながら、ジリクと顔を合わせたらなにを言えばいいか考えていた。
ジリクとの婚約が決まり、私としてはうれしい。
ウルルの提案を無下にしたくないというのもあるけど――私も、ウルルと同じ気持ちだったから。
だけど、ジリクも同じとは限らない。
「承諾してくれたと言っても、お父さま同士が決めたことだから、そこにジリクの意志はないわ。ジリクは本当に私との婚約を望んでくれるかしら?」
『なにを今さら。きっと大丈夫だと思うよ』
「そう、だといいけど……」
ウルルに励まされながら、私たちはゾネット家の屋敷に到着した。
今日は訪問理由が理由だからか、ジリクは本を読まず応接室で待っているらしい。
執事に案内されて、部屋に到着する。
ソファーに座った私がどう切り出そうか迷っていると、ジリクは緊張した面持ちで、こんなことを聞いてきた。
「本当に私が、ライラさまの婚約者でよろしいのでしょうか?」
自分が婚約者で、本当にいいのか。
私こそ、それを尋ねようとしたのに……
「……どうして?」
他になにも言えなくてそう口にすると、ジリクが続けた。
「私は研究に没頭するばかりで、すぐ周りが見えなくなります。学園でも変人扱いされて、成績だって下から数えたほうがずっと早い、情けない人間です。こんな私との婚約は、ライラさまのご迷惑ではないでしょうか?」
不安そうな顔で、自分のことを卑下する。
そんなジリクを見ていたら、私も言いたいことが湧いてきた。
「それを言うならディアスに婚約破棄された私だって、学園の誰もが避けているわ。メラナーにも馬鹿にされて、ウルルのことだってひどいことばかり言われて、情けないっていうなら私のほうがずっとそうよ。――私との婚約は、いや?」
「いやなわけない!」
ジリクは、身を乗り出してそう叫んだ。
敬語を使うのも忘れて、こんな時なのに昔みたいだな、なんて思う。
顔が赤くなるのを自覚しながら、私はジリクに問いかけた。
「それなら――私の婚約者に、なってくれる?」
「っ……はい! 喜んで!!」
ジリクは顔を少し赤くしてうれしそうにそう答えてくれた。私もうれしくて笑顔になる。
しばらくふたりとも黙りこんで、なにか言おうとして目が合っては、恥ずかしくなってそらしてしまう。
そんな私たちを見ながら、ウルルが呟いた。
『本当に、お似合いな二人だよ』
契約獣にしか興味がないジリクと、契約獣が怖すぎると言われて婚約破棄された私。
これからまた誰かに心ないことを言われるかもしれない。
だけど、他人の目なんて関係ない。
私はジリクと婚約者になれて、すごく幸せだから。
第二章 神獣選定の儀
私とジリクの婚約が決まり、一ヶ月が経った。
ディアスが婚約破棄を宣言したあたりから、神獣候補が続々と選ばれていったらしい。
もう来週には、儀式を経て新たな神獣が決まるようだ。
食卓で朝食をとっていると、あいかわらずレイラが楽しそうに話を始める。
「もうすぐ神獣選定の儀ですね。まあ、怖いからって婚約破棄をされたようなお姉さまの契約獣には、関係ない話でしょうけど」
お父さまとお母さまはウルルに優しいけど、妹のレイラは違う。
昔は「ウルルちゃん」と呼んで、一緒にウルルと遊んでいた。そんな姿が嘘のように、今のレイラはウルルを敵視している。
そんな妹に、私はため息をつく。
「そうね」
「学園でもお姉さまはひどい言われようだから最悪です。そんな獣とはさっさと契約破棄したほうがいいのではありませんか?」
そこまで言うほど評判は悪くないと思うけど、レイラはなんだか話を大げさにしたいようだ。
どうしてそこまでウルルを目の敵にするのだろう。
そんな私たちのやりとりを見かねたのか、お父さまがレイラをたしなめる。
「レイラよ。ウルルは領地に侵攻してきたモンスターを何度も退治してくれている。ファドソ領に必要な存在だ」
「うっ……で、でもそれだけ力があるということは、人に危害を加える可能性もあるということではありませんか! もし領地の人々を傷つけでもしたら……」
「そうなった時は、その時に領主である私が判断するだけだ」
お父さまの言葉に言い返せなくなったせいか、レイラは私を睨んでくる。
どんなことがあったとしても、私はウルルとの契約を破棄する気は一切ない。当たり前のことだ。
目論み通りにいかなかったレイラは、椅子から勢いよく立ち上がった。
「後悔してからでは遅いです! 私は忠告しました!!」
そう告げると、足早に歩きだし、乱暴に扉を開けて出ていってしまう。
お父さまはため息をつきながら、扉を眺めていた。
「レイラめ、困ったものだ」
「私がジリクと婚約してうまくいっているのが、面白くないのでしょうか……」
ジリクと婚約して以来、学園であからさまに悪口を言う人が減ってきた。
そのこともあって、最近は良いことばかりだな。と思っていたのだけれど……そういうところが、レイラの気に障るのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は朝食を味わっていた。
魔法学園に登校し、今は昼休み。
あからさまな悪口は減ったものの、あいかわらず私は周囲から避けられていた。
教室ではディアスと、彼の新たな婚約者メラナーのもとに生徒たちが集まっている。
話題は来週に迫った神獣選定の儀式のこと。
クラスの皆は、メラナーのペガサスが神獣に選ばれるにちがいない、と口々に褒めたたえている。
誰の契約獣が神獣に選ばれるか、なんてことはどうでもいいけど、ディアスとメラナーがさらに増長するのはいやすぎる。
ため息をつきながらも、私は食堂に向かうことにした。
今日はジリクと食堂で昼食を食べる約束をしているのだ。
私が席から立ち上がった時、クラスメイトの声が耳に入ってくる。
「来週の神獣選定の儀で、ディアス殿下の判断が正しかったことが証明されますね」
「前の婚約者ライラさまの契約獣は見るからに凶暴で野蛮な狼。神獣候補に選ばれてもいない」
「それに比べてメラナーさまのペガサスは素晴らしい契約獣ですよ。あの神々しさ、神獣に選ばれるのはペガサスにちがいありません!」
「おほほほほほ! 当然でしょう、皆様はよくわかっていらっしゃいますわ!」
メラナーはさも楽しそうに高笑いして、得意げに胸を張る。
そんな中、取り巻きの一人が呟いた。
「それにしても神獣候補――予定では七名の候補のうち、決まっているのは六名だけ。残りの一名は、誰の契約獣になるのでしょうか?」
その疑問を皮切りに、取り巻きたちはもしかしたらあの人かも、いやいやあの人だ、と色めき立つ。すると話を聞いていたディアスが、私のほうを見て言った。
「神獣候補はペガサスのほかにも優秀な契約獣ばかり、あの恐ろしい狼だけはないだろうなぁ」
あてつけるような言葉にいらだつ心を抑え、私は教室を出ようとする。
私が公爵家の人間だから、ディアスの取り巻きたちは直接悪口を言ってはこない。
それでも話し声は耳に入ってきて、もう慣れたものと聞き流そうとしていると――教室に、ジリクが入ってきた。
ジリクが私の新しい婚約者ということはもう学園中に知れ渡っているし、それでなくとも一学年下の生徒が教室を訪れるというだけで、視線が集まる。
じろじろと不躾な視線を受けながら私のそばまで来たジリクは、クラスメイトたちを見回して口を開いた。
「ライラさまの契約獣のお話ですか。とても興味深いですね」
「はぁっ? ライラの婚約者か、ここになんの用だ?」
「婚約者を迎えにきただけですが……楽しそうなお話をされているので、私からもひとつ」
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