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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
私にとって最悪の日――この日が来ることを、ずっと前から覚悟していた。
「ノネット。お前は用済みだ。今すぐこの国から出ていってもらう」
私の部屋に護衛を連れてやってきたベルナルド王子は、いきなりそんなことを言い始めた。
食後の紅茶を飲んでいた私は、とうとうこの日が来たかとため息を吐く。
「……あの、どうしてですか?」
念のため尋ねたが、理由はもう察していた。
私は椅子から立ち上がり、彼の姿を眺める。
金色の短い髪。背は私より高く、細く鋭い赤目で私を見下ろしている。
この国――ヒルキス王国の第一王子であるベルナルドは薄笑いを浮かべながら話し出した。
「お前をここに置いていたのは、お前が動物に力を与え、神獣に育てるスキル『テイマー』の力を宿していたからだ。だが今や、神獣の力でこの国は安泰となった。ノネット、お前はもう必要ない」
「必要ないって……本気でそう考えていらっしゃるんですか?」
「当たり前だ。王宮で貴族のようにもてなされ、贅沢に暮らす日々は幸せだっただろう。平民の分際でいつまでもそんな生活が送れると、本気で思っていたのか?」
理由を尋ねただけなのに、王子は私が追放されるのを拒否していると思ったようだ。
私が持つ『テイマー』のスキルは、どんな動物でも一頭だけ『神獣』に育てることができる。神獣は神に等しい力を持ち、国に繁栄をもたらす。
私にそのスキルが目覚めると、両親は喜んだ。――これなら高く売れる、と。
王家に売られて王宮で暮らすことになった私に、ヒルキス王国は神獣候補の動物を用意した。
私はその動物を育てて神獣にしろと命じられ、賓客として丁重に扱われた。けれどそれは決して私に敬意を表してではない。ぞんざいに扱ったら、神獣がなにをするかわからないからだ。
与えられたのは、金色のもふもふした毛並みと立派なたてがみのある可愛い小動物だった。
私はその子をダリオンと名づけて、二年間力を与え続けた。
そのダリオンが正式に神獣として認められたのが数日前。
そして今――私はベルナルド王子から追放を言い渡されている。
「最後に教えてやろう。ヒルキス王国において平民が神獣を育てたなどという事実はなかったことになる。俺の婚約者リーシェが育てたペットが神獣になった……そういうことになるのだ。そのほうが、国民の支持も得られるだろう」
「そういうことですか。この国は平民が目立つのを嫌いますものね」
ベルナルド王子にとって、神獣を育て、最も懐いているのが平民の私なのは都合が悪いのだろう。
「よくわかっているじゃないか。国民はこの国の守り神となる神獣を、卑しい平民が育てたと知れば失望するからな。神獣には、お前は死んだと伝えておこう」
そうすればダリオンが、新たな主となるリーシェに懐くと王子は思っているのだろうか。
予想していた通りだけど、そっけない態度を取れば彼の性格からして反感を抱くだろう。わざと驚いて見せながら、私はこれからのことを考える。
お金で買われて王宮に住んでいる私に拒否権はないけれど、これだけは言いたい。
「殿下はダリオンを……神獣を侮りすぎです。私が死んだと言ってもあの子は納得しないでしょう。そうしたら、なにをするかわかりませんよ?」
その覚悟はあるのだろうか。
「ははっ、必死だな。そうまでしてこの生活を捨てたくないか。……神獣といえど、しょせんは獣。言いくるめることなど造作もない」
「ベルナルド殿下のおっしゃるとおりです。平民の分際でここまでつけあがるとは」
王子と護衛の兵士たちは私を馬鹿にするように笑った。
私は呆れたが、それを表に出すことはしない。
この人たちが神獣を、ダリオンを侮っているのは間違いなくて……けれど私の言うことなど、信じるに値しないのだ。
――贅沢な生活にしがみつく浅ましい小娘。
ベルナルド王子たちの私への評価はそういったものなのだろう。
そして、殿下は薄笑いを浮かべた。
「お前の追放は俺だけではなく、王家並びに貴族一同、ひいては国民全ての総意だ。もうくつがえることはない。今すぐに出ていかなければ、この場で処刑しても構わないのだぞ」
処刑なんて。そんなことになったらダリオンはこの国を滅ぼしてしまいそうだ。
馬鹿にされることを覚悟で私は尋ねた。
「……本当に、いいんですね?」
「当たり前だ。ダリオンが神獣となった以上、魔法ひとつ使えない貴様にはなんの価値もない!」
そこまで言われたのなら、出ていくしかない。
言わなかったら後悔すると思ったから言ってみただけ――これでもう、後悔しない。
ダリオンを育てていた時、王宮の人たちは私を平民と見下すばかりだった。そしてダリオンが神獣になったら、用済みだそうだ。
今まで流されるまま生きてきたけど、ヒルキス王国を追い出されるのなら自由に生きよう。
私は、決意を込めて告げた。
「わかりました――私は、この国を出ていきます」
――こんな国、もうどうなっても構わない。
話を終えた王子と護衛の兵士たちは、大声で笑いながら私の部屋から出ていった。
あまり家具を置いていない部屋で一人になって、今までの日々を思い出す。
「私にはなんの価値もない……か。魔力なら他の人とは比べものにならないくらいあるはずなのに、使えなければ無意味よね」
ヒルキス王国の国民は年に一度、魔力の測定を行う。
測定者が魔力を検知する高等魔法を使い、魔力を持つ者を見出すのだ。
魔力を持つ者がいればさらに詳しく調査し、魔法を使えるか、魔法士の資質がないかを測る。
五年ほど前――私が膨大な魔力を宿していることが判明した。
魔力を持つ者は稀だから両親は喜んだけど、私は魔法を使うことができなかった。
初めは喜んでいた両親は、そのことを知ると期待外れだと落胆した。
彼らは私に愛情や優しさをくれたことはない。
両親が私にくれたものといえば、「他人に迷惑をかけてはいけない」「目上の者の命令は絶対」という教えだけだった。
――これからも私は、家族の奴隷として生きるんだ。
魔力を持つと言われながらもそれを生かすことができず、私は無力感に苛まれた。
その後二年ほどが経ち、十二歳になったある日――私は突然高熱を出して寝込んだ。
そして熱が下がると、不思議な高揚感で体が軽くなっているのを感じ、私は戸惑いながらもそのことを両親に報告した。
両親は、私を王都へ連れていった。
膨大な魔力を宿す者は、稀に『スキル』という特別な能力を発現することがあるという。
私は王宮魔法士による鑑定を受けることになったのだ。
その結果、私はテイマーのスキルを持っていることが判明した。
希少な魔力持ちの中で、スキルを発現する者はさらに珍しく、私が生まれたヒルキス王国には、この当時スキル保有者は一人もいなかったらしい。
特にテイマーのスキルは伝説のスキルとして伝わっていたそうだ。
曰く、テイマーが力を与え育てた動物は神獣となり、国を守護する……と。
神獣の守護を得た国の受ける恩恵は計り知れないそうで、両親やスキルの鑑定を行った魔法士だけでなく、立ち会った王家の人々も嬉しそうにしていた。
私の膨大な魔力は、全て神獣を生み出すためのもの――スキルが発覚したことで、自分に膨大な魔力がありながら、魔法を使えない理由を知った。
私にテイマーのスキルがあるとわかり、国王や貴族たちは私をどうするか話し合った。私がその結果を知ったのは、帰宅して数日後のことだった。
「喜べノネット! これからお前は、王宮で暮らすことになった! 王家や貴族の方々の言うことをよく聞くんだぞ」
「ノネット、どんな目に遭っても戻ってきてはダメよ。そうなれば私たちは処罰されてしまうもの! 私たちに迷惑をかけないでね」
――これが、父と母が私に言った最後の言葉だった。
それからすぐに迎えの馬車がやってきた。
王都へ向かう馬車の中、私は緊張していた。
同行した護衛の兵士は、そんな私を見下してこう言った。
「ノネットとか言ったな。お前はこの国のために神獣を育てるんだとよ。ふん、スキルがあるからって、平民が王宮暮らしとはな」
私は震え上がったけれど、もう家には帰れない。
そして王宮に到着し、表向きは客人として扱われた。しかし王宮にいたのは、私を蔑む人たちばかりだった。
私が賓客扱いされることが、一部の貴族たちの反感を買っていたのだ。
王宮を訪れる人は私を見ると、わざと聞こえるように呟く。
「ノネットとかいうスキルしか能のない小娘、親に売られたことに気づいていないようだ」
「平民の娘が貴族同然の生活をするなど、不愉快で仕方ない」
「目障りだ……さっさと神獣とやらを用意して、あの平民には消えてもらえないものか」
貴族は平民を見下し、私は暴言を吐かれ続けた。
子どもの頃から両親に厳しくしつけられてきた私にとって、命令は絶対だ。
命令を聞く相手が両親から王家に代わっただけ。
そう自分に言い聞かせながら、神獣候補の動物が用意されるまでの一年間を過ごした。
それまでの私は、なにもない人間だった。
そんなつまらない私の世界は、ダリオンと出会ったことによって、なにもかも変わったのだ。
ベルナルド王子に追放を言い渡される数日前。
その日、私はいつものようにダリオンと過ごしていた。
『ノネット、元気がないようだが大丈夫か? また貴族たちとなにかあったのか?』
「大丈夫。貴族の方々が私に厳しいのなんて、いつものことだから。心配しないで、ダリオン」
私にはダリオンの言葉が理解できる。
とはいえ他の人には「ガウガウ」としか聞こえないらしく、私が翻訳しても、平民の言うことだと信じようとしない。
この城で、私の味方はダリオンだけ。
ダリオンは、神獣候補として王宮に連れてこられた、『ライガー』という肉食獣だ。
成獣はたてがみのある巨大な猫のような姿だが、初めて会った時は、両腕で抱えられるくらいの大きさだった。
金色の毛が柔らかく、触れるともふもふして心地好い。可愛くて、仕草を眺めているだけで愛おしさが込み上げてくる。
――私がこの子を守り、大切に育てていくんだ。
その子を見ていると、自然にそんな想いが生まれた。
ダリオンと出会った日から、私は様々なことを考えるようになった。
ダリオンという名前をつけて、常にそばで面倒を見る。
そんな日々の中で、私は初めて、幸せというものを実感できたのだと思う。
スキルの力か、ダリオンはすごい速さで成長し、一年も経つと大人が二人乗っても平気なくらいの大きさになっていた。
顔の周りを覆うたてがみは美しく、顔つきも精悍になった。
ダリオンは雄々しさと可愛さを兼ね備えている。
周囲の人たちは成長したダリオンを怖がったけれど、それは見た目だけの問題ではなかったらしい。どうやらダリオンは、私への敵意を察知して威圧していたようだった。
そのおかげで表立って私に敵意を向ける人は激減したのだが、それでも私をよく思わない人は多い。
さらに一年が経つと、ダリオンはますます力を増し、先日ついに神獣として覚醒した。
ヒルキス王国は、自国で神獣が生まれたと華々しく公表したいに違いない。
この国の貴族たちは平民を見下し、国民たちも成り上がった平民を嫌う傾向にある。
であれば、神獣を生み出したのが平民であるという事実は、この国にとって都合が悪い。
――それなら神獣を育て終えた私は、どうなるんだろう……? 神獣を生み出した英雄と称えられることは絶対にない。むしろ用済みとして追い出されるか、最悪口封じに消されることだって……
私は思わずダリオンのもふもふしたお腹に突っ伏して、柔らかい毛をくしゃくしゃと撫でる。するとダリオンが微笑み、声をかけてきた。
『この王宮には、ノネットに敵意を持つ者しかいない。もしノネットが悲しむことがあれば、我は王宮の者どもを絶対に許さない。だから安心するといい』
「ダリオン……ありがとう」
そう言って、私はくしゃくしゃにしてしまったダリオンの毛並みを撫でつけながら、ほっと息を吐く。
ダリオンと過ごす穏やかな日々がずっと続けばいいと願いながらも、私はダリオンとの別れが近いことを悟っていた。
王子たちが去った部屋のなかで一人、これまでのことを思い返してはため息を吐く。
『殿下はダリオンを……神獣を侮りすぎです。私が死んだと言ってもあの子は納得しないでしょう。そうしたら、なにをするかわかりませんよ?』
私はそう、王子に忠告した。
けれどベルナルド王子は嘲笑っただけ。彼は、ダリオンが『もしノネットが悲しむことがあれば、我は王宮の者どもを絶対に許さない』と言っていたことなど知る由もないのだ。
神獣として覚醒する前から、ダリオンはヒルキス王国に貢献していた。
テイマーの力を受けて育った動物は結界を張ることができるのだという。
大地に魔力を流して作った結界内は、魔力の力場『聖域』となる。
ダリオンが王都周辺に作り出した聖域では、『魔鉱石』と呼ばれる極めて珍しい物質がとれるようになった。
さらに、人々を襲う魔力を持った生物――モンスターと呼ばれる化物は、聖域の内部だと力が弱くなるらしい。
そのおかげで弱体化したモンスターを簡単に倒せるようになり、国の治安は劇的に改善した。
ヒルキス王国は魔鉱石の産出と、モンスターに脅かされることのない平和な国という評判で、急激に発展することになった。
ダリオンが力をつけたこの一年ほどで、ヒルキス王国は繁栄を手にしたが、それもここまでだ。
もうダリオンが、この国に協力することはないだろう。
私を追放し、ダリオンに「ノネットは死んだ」と伝えたとしても、あの子がベルナルド王子の婚約者リーシェを、というか私以外を主と認めることは絶対にない。
そう説明しようと思っていたけど、王子は聞く耳を持たなかった。私の追放が国の総意と言うのなら、もう私には関係ない。
「……昔の私なら、この運命も仕方ないって思っていただろうな」
ダリオンに出会う前の私には自分の意思などなくて、ただ誰かの命令を聞いて生きてきた。
けれどダリオンと出会って――私は変わった。
自分の意思でなにかをしたいと、今は思う。
――命令されたからじゃなく、自分がそうしたいと思うから、私はこの国を出ていく。
その後、部屋にやってきた兵士に案内されて、私は馬車に乗り込んだ。
◇◆◇
ノネットに追放を告げたベルナルドは、意気揚々と神獣ダリオンのもとへ向かっていた。
婚約者のリーシェと一緒に廊下を歩きながら、先ほどの出来事を思い返す。
「『なにをするかわかりませんよ?』……か。いや、あんなものはただの戯言だ」
もう二度と、ノネットと会うことはない。
三年前、王宮にやってきた平民ノネットは、膨大な魔力と、テイマーというスキルを持つだけの平凡な小女だった。
肩までの短い茶髪。容姿はまあまあ整ってはいるが表情は暗く、誰かに従わなければ生きられない平民の典型だった。
それが二年前――神獣候補のライガーを与えたことで、ノネットは変わった。
ダリオンのそばでは明るく笑い、神獣の色に合わせた髪飾りまでつけるようになった。
貴族たちの前では無表情だったが、以前のようにおどおどはしない。
ダリオンを育てたことで自信がついたようで、明確な意志が見えた。
そんな彼女が視界に入るだけで不愉快だった――そんなことを思い出しながら、ベルナルドは隣を歩く婚約者リーシェに視線を移す。
「ベルナルド殿下、ようやく私が神獣の主になれるのですね」
「そうだ。邪魔なノネットがいなくなれば、リーシェを神獣の主として公表できる……そうすれば神獣を育てた聖女として、そしてゆくゆくは俺の妻として、全国民に祝福されるだろう」
公爵令嬢のリーシェなら、神獣の主としてふさわしい。
ベルナルドと同じ、美しい金色の髪。リーシェはそれを左右に結んだ愛らしい髪型で、自信に満ちた表情を浮かべている。
「平民の分際で恐れ多くもこの王宮に住み着いて……あの不愉快な顔を見ないで済むと思うと、本当に清々しますわ。スキルだかなんだか知りませんけれど、あれほどの魔力を持ちながら簡単な魔法のひとつも使えないなんて、信じられません!」
「俺もだ。神獣を成長させるまでと思い辛抱していたが、もう用済みだ。先ほどこの城から消えてもらったよ」
「私はこの世からも消えてほしいくらいでしたが、仕方ありませんね」
リーシェは彼女を処刑するべきだと主張したが、彼女はヒルキス王国の闇を知らない。
あれほどの魔力を有するノネットには、まだ利用価値がある。
ベルナルドはノネットの国外追放を命じたが、それは表向きにすぎない。
リーシェを宥めながら、ベルナルドは思案する。
(ノネットはいずれ、処刑されたほうがマシだと思うだろう。いい気味だ!)
ベルナルドとリーシェは、高らかな笑い声を上げた。
神獣ダリオンの小屋の前で、ベルナルドはかつてない高揚感に包まれていた。
大きくなりすぎた神獣用の小屋は、もはや一軒家ほどの大きさだ。
護衛の兵士たちを引き連れ、ベルナルドとリーシェは少し離れた場所からダリオンを眺める。
「何度見ても素敵ですわ。あの神獣が、私のモノになるのですね」
リーシェが目を輝かせながら呟く。
「やはり神獣はあのような平民ではなく、公爵家の令嬢リーシェにこそふさわしい」
鋭い碧眼、二人くらいなら平然と乗せられる巨躯、美しい金色の毛。
雄々しいたてがみを見つめていると、ダリオンがベルナルドたちを睨みつけた。
「グルルルル……」
唸り声を上げて警戒心を剥き出しにしたダリオンに、ベルナルドは沈痛な面持ちで告げる。
「ダリオンよ、ノネットは急に故郷へ帰りたいと言って、お前を置いて王宮から抜け出した。俺たちは必死に捜索したのだが、どうやらノネットは運悪く盗賊と遭遇したようでな……これ以上は、俺の口から言いたくない」
「あまりにもひどい状態だったから、亡骸はもう埋めてしまったわ。貴方には見せないほうがいいと思ったのよ」
二人は事前に打ち合わせた通り、ノネットが消えた嘘の理由をダリオンに伝える。
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ベルナルドは事前に鏡で練習した悲しげな表情を浮かべ、リーシェはダリオンに手を伸ばす。
「あんなに贅沢な暮らしをさせてあげたのに、王宮から抜け出して死んでしまうなんて、馬鹿な子よね。ああ、薄情なノネットに捨てられて可哀想なダリオン……この私が、貴方の新しい主になってあげるわ」
ノネットはダリオンを見捨てて死んだと告げ、リーシェが新たな主として優しく接する。
その計画で問題ないと二人は考えていた。しかし、リーシェがたてがみに触れようとした瞬間、ダリオンが吠えた。
「グルルル――ガァウ!!」
ダリオンは咆哮を上げて、ベルナルドとリーシェを鋭く睨んだ。
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ベルナルドとリーシェは、神獣を侮っていた。
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鞘から剣を抜く音が響き、臨戦態勢をとった。
神獣ダリオンは鋭い牙を剥き出しにしている。
「ぐっ……落ち着け、ダリオン! ノネットはもういない!」
しかし、ダリオンは聞く耳を持たない。
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ベルナルドには、目の前の光景が理解できない。
そして、それは隣にいるリーシェも同じだった。
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「殿下ッ!?」
「なにをするかわからない! 全員で神獣を取り押さえるんだ!!」
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兵士たちは数人がかりで向かっていくが、ダリオンにいともたやすく吹き飛ばされた。
小屋を飛び出したダリオンは、いっそう巨大に見える。
圧倒的な力の差を目の当たりにして、ベルナルドは呆然とした。
「なっ――ごぁっ!?」
その瞬間、ベルナルドは自分の身になにが起きたのか理解できなかった。
ダリオンがベルナルドに飛びかかり、その太い右足でベルナルドの頭部を勢いよく地面に叩きつけたのだ。
(ぐうっ……今まで温厚だったから油断していた。ルゼアが王宮に戻るのを、待つべきだった!)
「ベルナルド、様ッ――」
リーシェが倒れる音が聞こえた。
おそらく恐怖から失神したのだろう。
地面に叩きつけられたことで激痛が走るが、どうやらダリオンはベルナルドの頭を踏み潰す気はないようだ。
だが、人を丸呑みできるほどの巨躯と、グルルと唸り声を響かせる口――そして牙に、背筋が凍る。
敵意を剥き出しにするダリオンは、いつベルナルドに噛みついてもおかしくない。
頭部を押さえていた前足が背中に移り、身動きが取れなくなる。
(あまりにも、力の差がありすぎる)
このままでは殺される――そう思ったベルナルドは必死に叫んだ。
「ダッ、ダリオン! 我々にはどうしようもなかったんだ! 悪いのは王宮を飛び出したノネッ――」
ノネットの名前を出そうとしたことが、ダリオンは不愉快だったらしい。
ダリオンの前足に力が加わる。全身がミシミシと音を鳴らし、ベルナルドは呻き声を漏らす。
「がぁっ、ぁぁっ――」
「グルルルル……」
追放を告げた時のノネットの言葉は正しかったのだとようやく理解し、ベルナルドは自分の死を覚悟した。
――欲張りすぎた。ノネットの発言を信じれば良かった。
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