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1巻
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私は冒険者について聞きたいので、レックス殿下をそれとなくこの場から遠ざけたかった。
「……レックス殿下はお疲れのようですね。馬車で休憩なさっては?」
「明らかに俺を除け者にしようとしているな!? そんなにマイクに興味があるのか!」
私の言葉は逆効果だったようで、レックス殿下がまたマイクを睨みつける。
「いやいや! 冒険者に興味があるんでしょ! じゃねぇ……興味があるのではないのですか?」
そう言ってマイクや他の護衛の人がレックス殿下を宥める。まさかここまでレックス殿下が嫉妬深いとは。
マイクがレックス殿下になにか耳打ちすると、ようやく落ち着いたレックス殿下が私を見る。
「と、ところでリリアン、おまえの魔法は凄まじいな! それだけの腕があれば、冒険者登録ぐらい余裕でできるほどだぞ!」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
きっとマイクが機嫌をとるために、どう褒めればいいのかレックス殿下に入れ知恵したのだろう。
レックス殿下は冒険者のことなんて知らないはずなのに、急に詳しいかのように話を始めてきたのがなによりの証拠だ。
私は溜め息を吐くと、レックス殿下も一緒に冒険者について学びましょう、と持ち掛けた。
マイクは冒険者の主な仕事を教えてくれる。大体モンスターの討伐がメインらしい。
他には、依頼を受けて要人の護衛をしたり、様々なトラブルを解決したりということもするらしいけれど、マイクは面倒だからモンスター討伐以外はしていなかったのだという。
モンスターを倒すだけでも冒険者としてやっていけるとわかって、私は今後のためにも魔法を使い続けると決めたのだった。
再び森を探索しながら、私はたびたび襲ってくるモンスターを倒していく。
モンスターとは、人間に敵意を持つ魔力生物だ。
魔力を持つ分、普通の動物よりも複雑な思考ができるようで、人間を明確に敵だと認識しているらしい。
数が増えると人間にとって脅威となるから、どこの国も冒険者にモンスター討伐の依頼を出す。
モンスターを倒して解体すれば、魔道具の素材となる様々なアイテムが手に入るから、貴族や商会が依頼者になることもあるらしい。
この近辺はモンスターが増えないようにと特に討伐依頼を多く出しているらしい。その割にモンスターの数が多すぎるのではないだろうか?
「この森はモンスターが多いですね」
「ああ、それはこの森が魔力領域だからですね。魔力に溢れているから強力な魔法を使えますが、その分魔力生物であるモンスターも集まりやすいんです」
レックス殿下の機嫌がよくなったせいか、マイクは落ち着いて話せるようになったらしい。
「なるほど……それにしても、マイクが持っているその袋はなんですか?」
「これはマジックバッグといいます。見た目は小さいですが、いくらでもアイテムを詰め込める便利な魔道具ですよ」
マイクが持っていた袋を示して得意顔をする。先ほどから、入手した素材を次々に放り込んでいたから気になっていたのだ。
「マジックバッグ! 四次元空間で便利そうです」
初めて見る魔道具に私が感嘆していると、レックス殿下が口をはさんできた。
「四次元? なんだかよくわからないが、欲しいのなら俺が手に入れようではないか!」
「いえ。まだ必要なさそうなので結構です」
「そ、そうか……」
すぐにものを貢ごうとするレックス殿下の将来が心配になる。
確かにマジックバッグは欲しいけれど、まだただの公爵令嬢でしかない今の私が持っていたら不自然だ。
こうして少しずつ興味を示し、それとなく冒険者に必要なものを揃えていってもおかしくないように印象づけよう。
今度はクマのモンスターが現れたので、私はてのひらから電撃を発生させて撃退する。
電撃の魔法は強力で、油断すると周りの人も巻き込みそうになったが、何度か使ううちに威力を調整して、対象にだけ当てられるようになった。
倒したモンスターを解体して素材をしまいながら、マイクが私をじっと眺める。そして、心配した様子で尋ねてくる。
「あ、あの……リリアン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど、どうかしましたか?」
なぜそんなに恐る恐る尋ねるのだろう。そう不思議に思っていると、私の隣でレックス殿下が自慢げに言う。
「きっとマイクは疲れたのだろう。俺がモンスターを解体できるようになったら、そんな弱音は吐かないぞ!」
「いや解体に疲れたとかじゃないですから! まあ、リリアン様の魔力なら大丈夫か……」
マイクがなにを心配しているのか知らないけれど、今の私はかなり気分が高揚している。
いつも以上に魔力をうまく扱えそうな気がしていた。
それからも私は現れたモンスターたちを魔法で薙ぎ払っていった。万が一に備えてマイクや護衛の人たちが前衛を務めてくれるけれど、どんなモンスターでも一撃で倒すことができた。
魔法は使うほど強くなると知っていたし、実感としてもその通りだった。だから私は魔法を使うほどにどんどん楽しくなっていって、使い続けた。
成長を実感できると、休憩しようなんて一切思えないほど熱中してしまう。
前にレックス殿下に読ませてもらった魔本のおかげでさらに様々な魔法が使えるようになった。
この森の、魔力領域の力もあって、とにかく魔法を使いたくて仕方がない。
そうして魔法を使い続けていると、急に意識が朦朧として――私は立っていられなくなっていた。
「リリアン!?」
慌てた様子でレックス殿下が私を支える。けれど、この症状には覚えがあった。
魔力切れ――「大丈夫、気を失うだけ」と伝える前に、私は意識を失っていた。
ベッドにしては固い感触に目が覚める。どうやら馬車の椅子に寝かされていたらしい。
ゆっくり目を開けると、焦った表情のレックス殿下がいた。
目に涙を浮かべて、顔が赤くなっている……かなり不安にさせてしまったようだ。
「心配したぞリリアン! マイクから聞いたが、まさか魔力の使いすぎで倒れるとは……」
「倒れる直前まで元気そうだったんで大丈夫かと思っていたんですけど……気づけなくて申し訳ありません。リリアン様、疲れたりしなかったんですか?」
マイクに問われ、私は首を傾げる。
「魔力を使いすぎて倒れたことは何度かありますけど、疲れたことはありませんよ?」
そう答えると、レックス殿下はさらに驚愕したようだった。……余計なことを言ってしまった気がする。
「何度か倒れた!?」
レックス殿下が大きな声を上げる傍らで、マイクは納得したような表情を浮かべていた。
「ああ……そういう人種か」
「マイク! そういう人種とはどういうことだ!?」
殿下はテンションが高すぎる気がする。マイクが言い辛そうに口を開いた。
「えっと……魔法に夢中になってしまう人というか……魔力切れの疲労感より魔法を使う高揚感が勝って、魔力が尽きるまで自分の状態に気づけないって人が、稀にいるんですよ」
「なっ……そ、それは危険すぎるのではないのか!? お前が止めるべきだっただろう!!」
いや、あの時マイクは心配してくれていた。けれど、レックス殿下が口を挟んだことで止めるタイミングを失ったのだろう。
相手が王子だからマイクは言い返せない。ここは私が注意しておかなくては。
「レックス殿下、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。ですが、私を心配してくれたマイクにそんな言い方はよくないかと思います」
「なっ!? そ、そうだな……マイクよ、悪かった!!」
今にも土下座しそうな勢いで、レックス殿下がマイクに謝罪する。
自分より遥かに身分が高いレックス殿下の行動に、マイクは明らかに動揺していた。
「い、いえ、それはいいんですけど……リリアン様って、本当にレックス様と同い年ですか?」
マイクが私を訝しげに見るが、疑ったところで私が子供なのは事実だ。
それにしても、レックス殿下の行動を見てマイクだけでなく、他の護衛や執事たちも驚いているようだ。
特に、一番年配であろう執事は感激して涙を流している。
「レックス様がご両親以外の方に謝罪を……信じられませんぞ……」
――レックス殿下、そこまでなの?
一体、普段どんな態度なのだろうか。
ようやく身体に力が入るようになってきたので起き上がると、レックス殿下は俯いた。
「リリアンの父上が外出を止めていたのはこういうことだったのか……俺は、約束を守れなかった……」
「レックス殿下、気になさらないでください」
「そうは言ってもな……一時間も気を失っていたが、なんともないのか?」
確かに身体はものすごく疲れているけれど、私にはまだまだ試したいことがある。さっきモンスターを魔法で倒していた時に、閃いたことが山ほどあるのだ。
ここで疲れているなんて言ったら強制的に屋敷へ帰らされそうだから、大丈夫だと言っておこう。
「はい、もうすっかり元気です。夕方になるまで時間はありますし、まだまだ魔法を使えますね」
これでまた魔法を使える! と思っていたのに、マイクが血相を変えて叫んだ。
「いやいやなにを言ってるんですか!? 顔は真っ青だし、この状態で魔法を使う!? 下手したら数週間意識を失いますよ!?」
しまった。
元冒険者のマイクは私が倒れる前に心配していたくらいだし、魔力切れについても知識があるのだろう。うかつだった。
私の動揺が顔に出たようで、レックス殿下は溜め息を吐く。
「全く……魔力は三日も休めば回復するから、しっかり休んでからまた来よう。俺としてはリリアンの子供らしい一面を見られて嬉しいぞ」
「なっっ!? ……そ、そうですね。わかりました」
子供だと思っていたレックス殿下に子供扱いされて、私はさらに動揺する。
――魔力切れで倒れ、ここまで心配をかけてしまったからにはもう言うことを聞くしかないけれど、レックス殿下が上機嫌なのは少し腹が立つわね。
その後、帰る際にもレックス殿下がやけに私を心配していたのが気になった。
ゲームの中では悪役令嬢リリアンのほうが、レックスを気にかけていたはず。
それなのに……今の状況は立場がまるで逆だ。
でも、今はゲームが始まる九年前だし、もしかしたらゲームで描かれていないだけで、リリアンとレックス殿下にもそういう期間があったのかもしれないな、なんて私はまた楽観的に考えていた。
第二章 婚約者になりました
あれから数年経って、私は十一歳になった。
今日はレックス殿下に呼び出され、お城に向かっていた。
私とレックス殿下に魔法を教えてくれるという、家庭教師と顔合わせをするのだ。あと五年もすればゲーム通りグリムラ魔法学園に通うことになるのだが、それまでの間は家庭教師がつくのだという。
魔法についてしっかり教わるのは学園に入学してからだとばかり思っていたので、家庭教師の授業がある、と聞いた時は大喜びした。
他の貴族や、貴族でなくとも素質のある人も、親や魔法士から魔法のことを学ぶと聞いている。
そういえば、確かにゲームでもカレンは入学前に両親から魔法を教わっているという設定だった。
学園には入学試験があるのだから、それまでにある程度学んでおく、というのは考えてみれば当然の話だった。
私とレックス殿下は本を読んだり親から教わったりしてきたことで、知識も実力もかなりのものだけど、これから家庭教師のもとでさらに深く魔法を学べるのは嬉しい。
私は家庭教師がやってくるという、レックス殿下の部屋に着いた。
「レックス殿下、おはようございます」
「おはよう。今日のリリアンは元気そうでなによりだ」
開口一番、レックス殿下は私の体調を確認する。あの日殿下の目の前で魔力切れを起こして以来ずっとこんな感じだ。
ここ数年でさらに心配するようになったのは、あのあとも月に一度ぐらいの頻度で倒れていたせいかもしれない。
今でも三ヶ月に一度は倒れているけど……昔に比べるとマシになった。
本で読んだ知識を試すだけでなく、閃いたことを試していくうちに、私は既存の魔法を応用して新しい魔法を編み出せるようになっていた。しかし、どうやら応用魔法を使うと膨大な魔力を消費するらしい。そのせいでたびたび魔力切れを起こすから、レックス殿下は私に無茶をさせまいと、さながら運動部のマネージャーみたいに甲斐甲斐しく世話を焼くようになっていた。
こうして二人で一緒に授業を受けることになったのも、レックス殿下の提案だそうだ。
既に私たちの関係はゲームでの設定と違っていて、今のところレックス殿下がゲームのように私を煙たがりそうにはない。
こうなると、グリムラ魔法学園に入学した時になにが起きるか不安になってくる。
まあ、ゲームのレックスはカレンに一目惚れするのだから、きっとカレンに出会えば私のことなどなんとも思わなくなるはず。
でもそれは五年も先のことだから、今はこれから訪れる家庭教師の人に集中しよう。
「どうやら、父上が呼んだ家庭教師は、この国随一の魔法士らしい……それほどでないと、リリアンの家庭教師は務まらないだろうから、当然だな!」
「そうですか。楽しみですね」
「俺としては女性のほうがよかったのだが……男性になってしまった」
――ということは、今のレックス殿下は、年上の女性が好みなのでしょうね。
ついこの前まで子供だと思っていただけに、微笑ましい気持ちになる。
「それは残念ですね。ですが、この国で最も優れた魔法士とのことですし、どんなことを教えてくれるのか楽しみです」
「な、なあ、リリアン……もう長い間俺と一緒にいるんだから、そろそろその敬語はやめないか?」
レックス殿下が話題を切って、もう何度目かになる提案をする。
これまでにも敬語をやめてほしい、と言われているのだけど、それだとゲームと違いすぎる。
既にだいぶゲームとは離れた展開になっているとはいえ、魔法に関わらないことならゲームの設定を変えたくないので、ここは断言しておこう。
「いえ。もうこっちのほうが慣れてしまいましたから」
「そうか……おや、どうやら家庭教師が来たようだな」
扉をノックする音で、話を中断する。
入れ、とレックス殿下が声をかけると扉が開き、一人の青年が入ってくる。
黒衣を纏い、長い白髪で――目の下にクマがある、顔色の悪い青年だった。
どう見てもくたびれた怪しい人だけど、シャキッとしたらかなりの美青年になるのでは。
独特な雰囲気を持つその青年に少し緊張していると、彼は頭を下げながら自己紹介を始めた。
「私は家庭教師のネーゼです。リリアン・カルドレス様は貴方ですね。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「俺もいるのだが……まあいい」
ネーゼと名乗る、家庭教師の青年は、王子であるレックス殿下にはおざなりに一礼しただけで、なぜか私のほうをじっと見つめている。
私の名前だけを呼んだあたり、ネーゼは私に興味があるのだろうか……?
ゲームで見たことのない人が現れたことで、私は少し不安になる。
そんな私の様子に気づいてか、というより私のことばかり気にしているレックス殿下がネーゼの態度を窘める。
「ネーゼ先生だったか……リリアンが怯えているから、そう睨みつけるのはやめてくれないか?」
「睨んでいるわけじゃなく、目つきが悪いだけなんですけどね……しかし、聞いていた通りお二人ともまだ十一歳とは思えない魔力を宿しています。特にリリアン様の魔力はとてつもない。その年でそれだけの力を持っておられるとは、感動するばかりですよ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
突然早口で述べられたネーゼの賛辞を、私は笑って受け流した。
そう、好き放題魔法を使いまくった結果、私の持つ魔力は尋常じゃないレベルになってしまったようなのだ。転生してからというもの、魔法を使えることが嬉しすぎて自由にやってきたけれど、流石にやりすぎたかもしれない。
レックス殿下もこの年代ではかなり上位に入る魔力と魔法の技術の持ち主のはずなのだが、私はそれ以上らしい。
ネーゼは私から目をそらし、今度はレックス殿下のほうを見る。
「さて、貴方がたは確かに子供にしては豊富な魔力を持っていますが、重要なのは魔力量だけではありません。私も暇ではないので、貴方がたが本当に、私の授業を受けるにふさわしいか……リリアン様、貴方の実力を見せてください」
「なんだと? 貴様、リリアンを愚弄するのか!?」
ネーゼはなかなか傲慢なところがあるようで、レックス殿下は気に食わない様子だ。私はレックス殿下を宥める。
「落ち着いてください、レックス殿下」
「そ、そうだな……つい熱くなってしまった」
いくら魔力があっても、しょせん子供なのだから大した魔法は使えないだろう――とでも考えているのだろうか。ネーゼはさっさと帰りたいと言わんばかりに遠くを眺めている。
この人は最初から家庭教師をする気などないのだ。
おそらく、王様に呼ばれて渋々来ただけで、適当に理由をつけて断る気なのだろう。
それならそれで構わないけど、この国随一という魔法士が、私の魔法を見てどんな反応をするか興味がある。
「ネーゼ先生。実力を見せるというのは、これでよろしいでしょうか?」
私はそう言いながら右手を伸ばすと、魔法で鉄の杖を作り出した。そしてその杖に風と雷を纏わせる。
これはこの数年で編み出した、魔力を一瞬で物質に変換させる魔法と、複数の属性を組み合わせた魔法の合わせ技だ。
「馬鹿な!?」
ネーゼが口を大きく開いて呆然とする。
「こんなことができるのは一握りの魔法士だけだ。わっ、わずか十一歳の少女が……!? 先ほどの発言は謝罪する! ぜひ私の手で、君を育てさせてほしいっ!」
この人、ちょっと態度変わりすぎじゃないかしら。
「そ、そうですか……」
ネーゼのテンションが急に高くなったので、私は内心引いていた。
杖を間近で見たいのか、ネーゼが近づくと、それを遮るようにレックス殿下が私の前に出る。
「おい、ちょっとリリアンと近いのではないか? だから男の家庭教師は嫌だったんだ……」
――どうやらレックス殿下やネーゼには、私の魔法が魅力的に見えてしまうようね。
そうして、ネーゼは私たちの家庭教師をすることになったのだった。
あれから半年――私は家庭教師となったネーゼから、様々な魔法を教わっていた。
私とレックス殿下は授業を受けるため、城を出てすぐの場所にある、兵士たちの訓練用広場で待機している。
最初は室内での座学ばかりだったけど、最近は実践が主だから、雨が降っていない限りはこの広場でネーゼの授業を受けていた。
待っている間……私は、ここ半年の間に起きた色々なことを思い返す。
王国随一の魔法士だからなのか、ネーゼの授業はハイレベルな内容だった。
転生前の私はそれなりに勉強ができたので、その頃の経験が生きた。それに私の魔法に対する探究心の強さのおかげで、そんな難しい授業もむしろ楽しんで受けられた。
レックス殿下も頑張ってはいるが流石についてこられず……今では私とネーゼによるマンツーマンの授業を見ているだけだ。
ネーゼの授業は週に一回。それとは別の日にレックス殿下に呼ばれて城へ行き、外で魔法を試すことにしている。
そういえば、いつも部屋まで案内してくれる執事の人が、レックス殿下は魔法を学びつつ、近頃は剣の習練に力を入れるようになったのだと話していた。
ネーゼの授業についていけなくて、他のことを試したくなったのだろうか。
ゲームでのレックスも、実は魔法より剣の才能があるという設定だった。けれどクロータイガーに傷を負わされたのがトラウマになり、モンスターに接近せずに戦える魔法を鍛えていたらしい。
そしてグリムラ魔法学園でカレンと出会い、魔法で彼女に負けたことから、剣の修業を始める。魔法だけでも、剣だけでもない魔法剣士としての力を手にしたい、カレンのことを守れるように、と……
そのはずなのだが、ゲームより先に剣に目覚めてしまうとは。
その日ネーゼは約束していた時間より少し遅れて現れた。広場に到着して準備を整えると、私たちの前に立って授業を始める。
「リリアン様、今日は新しい魔法を覚えましょう……まずは基礎鍛錬からです」
「わかりました」
「俺もわかる範囲で一緒にやるが、もうネーゼは、俺など眼中にないのだな……」
もはやネーゼはレックス殿下に興味がないようで、私の魔法と魔力にばかり関心を向けていた。
風や雷、火、水、鉄、土――各種属性魔法を一通り扱う基礎鍛錬を終えると、ネーゼは私を眺めてから言った。
「今日教えるのは回復魔法です。それでは早速試してみましょう。リリアン様の皮膚を斬りますが構いませんね?」
「ひっ!?」
ネーゼはいきなりナイフを取り出して突き出す。
レックス殿下が即座に動き、私とネーゼの間に割って入った。
「構いませんね。じゃないだろ!? おまえはなにを言ってるんだ!?」
レックス殿下の言う通りだ。
この家庭教師……いきなりナイフを突きつけてくるなんて、正気じゃない。
今のは本当に怖かった。ついすがるようにレックス殿下の腰に手を伸ばすと、ネーゼが肩をすくめる。
「回復魔法は自分の身体で試すのが一番いいんですよ。もし失敗しても私が治せますから問題ありません」
いや、ナイフで斬られるのは、痛いから普通に嫌だ。
レックス殿下に触れていた手が震える。
「リリアンが怯えているだろ! お前のやり方は危険すぎる!」
ネーゼはレックス殿下を見下ろしながら、溜め息を吐く。
「また邪魔をしますか……リリアン様はなぜそんなに震えているんですか? 怖がる必要はありません。それにレックス様よりリリアン様のほうが強いでしょう?」
「いっ、いきなりナイフを向けられたら、誰でも驚きますよ!?」
「そうですか? 貴方なら余裕で防げると思うのですが……」
確かにネーゼの言う通りで、もしナイフで襲われたとしても、魔法で防ぐことは簡単にできるだろう。
それでも普通に話してた人にいきなりナイフを向けられるのは怖い。
レックス殿下が盾になってくれたことに安堵するけれど……とはいえ、回復魔法は使ってみたいから、覚悟を決めるしかない。
「……レックス殿下はお疲れのようですね。馬車で休憩なさっては?」
「明らかに俺を除け者にしようとしているな!? そんなにマイクに興味があるのか!」
私の言葉は逆効果だったようで、レックス殿下がまたマイクを睨みつける。
「いやいや! 冒険者に興味があるんでしょ! じゃねぇ……興味があるのではないのですか?」
そう言ってマイクや他の護衛の人がレックス殿下を宥める。まさかここまでレックス殿下が嫉妬深いとは。
マイクがレックス殿下になにか耳打ちすると、ようやく落ち着いたレックス殿下が私を見る。
「と、ところでリリアン、おまえの魔法は凄まじいな! それだけの腕があれば、冒険者登録ぐらい余裕でできるほどだぞ!」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
きっとマイクが機嫌をとるために、どう褒めればいいのかレックス殿下に入れ知恵したのだろう。
レックス殿下は冒険者のことなんて知らないはずなのに、急に詳しいかのように話を始めてきたのがなによりの証拠だ。
私は溜め息を吐くと、レックス殿下も一緒に冒険者について学びましょう、と持ち掛けた。
マイクは冒険者の主な仕事を教えてくれる。大体モンスターの討伐がメインらしい。
他には、依頼を受けて要人の護衛をしたり、様々なトラブルを解決したりということもするらしいけれど、マイクは面倒だからモンスター討伐以外はしていなかったのだという。
モンスターを倒すだけでも冒険者としてやっていけるとわかって、私は今後のためにも魔法を使い続けると決めたのだった。
再び森を探索しながら、私はたびたび襲ってくるモンスターを倒していく。
モンスターとは、人間に敵意を持つ魔力生物だ。
魔力を持つ分、普通の動物よりも複雑な思考ができるようで、人間を明確に敵だと認識しているらしい。
数が増えると人間にとって脅威となるから、どこの国も冒険者にモンスター討伐の依頼を出す。
モンスターを倒して解体すれば、魔道具の素材となる様々なアイテムが手に入るから、貴族や商会が依頼者になることもあるらしい。
この近辺はモンスターが増えないようにと特に討伐依頼を多く出しているらしい。その割にモンスターの数が多すぎるのではないだろうか?
「この森はモンスターが多いですね」
「ああ、それはこの森が魔力領域だからですね。魔力に溢れているから強力な魔法を使えますが、その分魔力生物であるモンスターも集まりやすいんです」
レックス殿下の機嫌がよくなったせいか、マイクは落ち着いて話せるようになったらしい。
「なるほど……それにしても、マイクが持っているその袋はなんですか?」
「これはマジックバッグといいます。見た目は小さいですが、いくらでもアイテムを詰め込める便利な魔道具ですよ」
マイクが持っていた袋を示して得意顔をする。先ほどから、入手した素材を次々に放り込んでいたから気になっていたのだ。
「マジックバッグ! 四次元空間で便利そうです」
初めて見る魔道具に私が感嘆していると、レックス殿下が口をはさんできた。
「四次元? なんだかよくわからないが、欲しいのなら俺が手に入れようではないか!」
「いえ。まだ必要なさそうなので結構です」
「そ、そうか……」
すぐにものを貢ごうとするレックス殿下の将来が心配になる。
確かにマジックバッグは欲しいけれど、まだただの公爵令嬢でしかない今の私が持っていたら不自然だ。
こうして少しずつ興味を示し、それとなく冒険者に必要なものを揃えていってもおかしくないように印象づけよう。
今度はクマのモンスターが現れたので、私はてのひらから電撃を発生させて撃退する。
電撃の魔法は強力で、油断すると周りの人も巻き込みそうになったが、何度か使ううちに威力を調整して、対象にだけ当てられるようになった。
倒したモンスターを解体して素材をしまいながら、マイクが私をじっと眺める。そして、心配した様子で尋ねてくる。
「あ、あの……リリアン様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど、どうかしましたか?」
なぜそんなに恐る恐る尋ねるのだろう。そう不思議に思っていると、私の隣でレックス殿下が自慢げに言う。
「きっとマイクは疲れたのだろう。俺がモンスターを解体できるようになったら、そんな弱音は吐かないぞ!」
「いや解体に疲れたとかじゃないですから! まあ、リリアン様の魔力なら大丈夫か……」
マイクがなにを心配しているのか知らないけれど、今の私はかなり気分が高揚している。
いつも以上に魔力をうまく扱えそうな気がしていた。
それからも私は現れたモンスターたちを魔法で薙ぎ払っていった。万が一に備えてマイクや護衛の人たちが前衛を務めてくれるけれど、どんなモンスターでも一撃で倒すことができた。
魔法は使うほど強くなると知っていたし、実感としてもその通りだった。だから私は魔法を使うほどにどんどん楽しくなっていって、使い続けた。
成長を実感できると、休憩しようなんて一切思えないほど熱中してしまう。
前にレックス殿下に読ませてもらった魔本のおかげでさらに様々な魔法が使えるようになった。
この森の、魔力領域の力もあって、とにかく魔法を使いたくて仕方がない。
そうして魔法を使い続けていると、急に意識が朦朧として――私は立っていられなくなっていた。
「リリアン!?」
慌てた様子でレックス殿下が私を支える。けれど、この症状には覚えがあった。
魔力切れ――「大丈夫、気を失うだけ」と伝える前に、私は意識を失っていた。
ベッドにしては固い感触に目が覚める。どうやら馬車の椅子に寝かされていたらしい。
ゆっくり目を開けると、焦った表情のレックス殿下がいた。
目に涙を浮かべて、顔が赤くなっている……かなり不安にさせてしまったようだ。
「心配したぞリリアン! マイクから聞いたが、まさか魔力の使いすぎで倒れるとは……」
「倒れる直前まで元気そうだったんで大丈夫かと思っていたんですけど……気づけなくて申し訳ありません。リリアン様、疲れたりしなかったんですか?」
マイクに問われ、私は首を傾げる。
「魔力を使いすぎて倒れたことは何度かありますけど、疲れたことはありませんよ?」
そう答えると、レックス殿下はさらに驚愕したようだった。……余計なことを言ってしまった気がする。
「何度か倒れた!?」
レックス殿下が大きな声を上げる傍らで、マイクは納得したような表情を浮かべていた。
「ああ……そういう人種か」
「マイク! そういう人種とはどういうことだ!?」
殿下はテンションが高すぎる気がする。マイクが言い辛そうに口を開いた。
「えっと……魔法に夢中になってしまう人というか……魔力切れの疲労感より魔法を使う高揚感が勝って、魔力が尽きるまで自分の状態に気づけないって人が、稀にいるんですよ」
「なっ……そ、それは危険すぎるのではないのか!? お前が止めるべきだっただろう!!」
いや、あの時マイクは心配してくれていた。けれど、レックス殿下が口を挟んだことで止めるタイミングを失ったのだろう。
相手が王子だからマイクは言い返せない。ここは私が注意しておかなくては。
「レックス殿下、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。ですが、私を心配してくれたマイクにそんな言い方はよくないかと思います」
「なっ!? そ、そうだな……マイクよ、悪かった!!」
今にも土下座しそうな勢いで、レックス殿下がマイクに謝罪する。
自分より遥かに身分が高いレックス殿下の行動に、マイクは明らかに動揺していた。
「い、いえ、それはいいんですけど……リリアン様って、本当にレックス様と同い年ですか?」
マイクが私を訝しげに見るが、疑ったところで私が子供なのは事実だ。
それにしても、レックス殿下の行動を見てマイクだけでなく、他の護衛や執事たちも驚いているようだ。
特に、一番年配であろう執事は感激して涙を流している。
「レックス様がご両親以外の方に謝罪を……信じられませんぞ……」
――レックス殿下、そこまでなの?
一体、普段どんな態度なのだろうか。
ようやく身体に力が入るようになってきたので起き上がると、レックス殿下は俯いた。
「リリアンの父上が外出を止めていたのはこういうことだったのか……俺は、約束を守れなかった……」
「レックス殿下、気になさらないでください」
「そうは言ってもな……一時間も気を失っていたが、なんともないのか?」
確かに身体はものすごく疲れているけれど、私にはまだまだ試したいことがある。さっきモンスターを魔法で倒していた時に、閃いたことが山ほどあるのだ。
ここで疲れているなんて言ったら強制的に屋敷へ帰らされそうだから、大丈夫だと言っておこう。
「はい、もうすっかり元気です。夕方になるまで時間はありますし、まだまだ魔法を使えますね」
これでまた魔法を使える! と思っていたのに、マイクが血相を変えて叫んだ。
「いやいやなにを言ってるんですか!? 顔は真っ青だし、この状態で魔法を使う!? 下手したら数週間意識を失いますよ!?」
しまった。
元冒険者のマイクは私が倒れる前に心配していたくらいだし、魔力切れについても知識があるのだろう。うかつだった。
私の動揺が顔に出たようで、レックス殿下は溜め息を吐く。
「全く……魔力は三日も休めば回復するから、しっかり休んでからまた来よう。俺としてはリリアンの子供らしい一面を見られて嬉しいぞ」
「なっっ!? ……そ、そうですね。わかりました」
子供だと思っていたレックス殿下に子供扱いされて、私はさらに動揺する。
――魔力切れで倒れ、ここまで心配をかけてしまったからにはもう言うことを聞くしかないけれど、レックス殿下が上機嫌なのは少し腹が立つわね。
その後、帰る際にもレックス殿下がやけに私を心配していたのが気になった。
ゲームの中では悪役令嬢リリアンのほうが、レックスを気にかけていたはず。
それなのに……今の状況は立場がまるで逆だ。
でも、今はゲームが始まる九年前だし、もしかしたらゲームで描かれていないだけで、リリアンとレックス殿下にもそういう期間があったのかもしれないな、なんて私はまた楽観的に考えていた。
第二章 婚約者になりました
あれから数年経って、私は十一歳になった。
今日はレックス殿下に呼び出され、お城に向かっていた。
私とレックス殿下に魔法を教えてくれるという、家庭教師と顔合わせをするのだ。あと五年もすればゲーム通りグリムラ魔法学園に通うことになるのだが、それまでの間は家庭教師がつくのだという。
魔法についてしっかり教わるのは学園に入学してからだとばかり思っていたので、家庭教師の授業がある、と聞いた時は大喜びした。
他の貴族や、貴族でなくとも素質のある人も、親や魔法士から魔法のことを学ぶと聞いている。
そういえば、確かにゲームでもカレンは入学前に両親から魔法を教わっているという設定だった。
学園には入学試験があるのだから、それまでにある程度学んでおく、というのは考えてみれば当然の話だった。
私とレックス殿下は本を読んだり親から教わったりしてきたことで、知識も実力もかなりのものだけど、これから家庭教師のもとでさらに深く魔法を学べるのは嬉しい。
私は家庭教師がやってくるという、レックス殿下の部屋に着いた。
「レックス殿下、おはようございます」
「おはよう。今日のリリアンは元気そうでなによりだ」
開口一番、レックス殿下は私の体調を確認する。あの日殿下の目の前で魔力切れを起こして以来ずっとこんな感じだ。
ここ数年でさらに心配するようになったのは、あのあとも月に一度ぐらいの頻度で倒れていたせいかもしれない。
今でも三ヶ月に一度は倒れているけど……昔に比べるとマシになった。
本で読んだ知識を試すだけでなく、閃いたことを試していくうちに、私は既存の魔法を応用して新しい魔法を編み出せるようになっていた。しかし、どうやら応用魔法を使うと膨大な魔力を消費するらしい。そのせいでたびたび魔力切れを起こすから、レックス殿下は私に無茶をさせまいと、さながら運動部のマネージャーみたいに甲斐甲斐しく世話を焼くようになっていた。
こうして二人で一緒に授業を受けることになったのも、レックス殿下の提案だそうだ。
既に私たちの関係はゲームでの設定と違っていて、今のところレックス殿下がゲームのように私を煙たがりそうにはない。
こうなると、グリムラ魔法学園に入学した時になにが起きるか不安になってくる。
まあ、ゲームのレックスはカレンに一目惚れするのだから、きっとカレンに出会えば私のことなどなんとも思わなくなるはず。
でもそれは五年も先のことだから、今はこれから訪れる家庭教師の人に集中しよう。
「どうやら、父上が呼んだ家庭教師は、この国随一の魔法士らしい……それほどでないと、リリアンの家庭教師は務まらないだろうから、当然だな!」
「そうですか。楽しみですね」
「俺としては女性のほうがよかったのだが……男性になってしまった」
――ということは、今のレックス殿下は、年上の女性が好みなのでしょうね。
ついこの前まで子供だと思っていただけに、微笑ましい気持ちになる。
「それは残念ですね。ですが、この国で最も優れた魔法士とのことですし、どんなことを教えてくれるのか楽しみです」
「な、なあ、リリアン……もう長い間俺と一緒にいるんだから、そろそろその敬語はやめないか?」
レックス殿下が話題を切って、もう何度目かになる提案をする。
これまでにも敬語をやめてほしい、と言われているのだけど、それだとゲームと違いすぎる。
既にだいぶゲームとは離れた展開になっているとはいえ、魔法に関わらないことならゲームの設定を変えたくないので、ここは断言しておこう。
「いえ。もうこっちのほうが慣れてしまいましたから」
「そうか……おや、どうやら家庭教師が来たようだな」
扉をノックする音で、話を中断する。
入れ、とレックス殿下が声をかけると扉が開き、一人の青年が入ってくる。
黒衣を纏い、長い白髪で――目の下にクマがある、顔色の悪い青年だった。
どう見てもくたびれた怪しい人だけど、シャキッとしたらかなりの美青年になるのでは。
独特な雰囲気を持つその青年に少し緊張していると、彼は頭を下げながら自己紹介を始めた。
「私は家庭教師のネーゼです。リリアン・カルドレス様は貴方ですね。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「俺もいるのだが……まあいい」
ネーゼと名乗る、家庭教師の青年は、王子であるレックス殿下にはおざなりに一礼しただけで、なぜか私のほうをじっと見つめている。
私の名前だけを呼んだあたり、ネーゼは私に興味があるのだろうか……?
ゲームで見たことのない人が現れたことで、私は少し不安になる。
そんな私の様子に気づいてか、というより私のことばかり気にしているレックス殿下がネーゼの態度を窘める。
「ネーゼ先生だったか……リリアンが怯えているから、そう睨みつけるのはやめてくれないか?」
「睨んでいるわけじゃなく、目つきが悪いだけなんですけどね……しかし、聞いていた通りお二人ともまだ十一歳とは思えない魔力を宿しています。特にリリアン様の魔力はとてつもない。その年でそれだけの力を持っておられるとは、感動するばかりですよ」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
突然早口で述べられたネーゼの賛辞を、私は笑って受け流した。
そう、好き放題魔法を使いまくった結果、私の持つ魔力は尋常じゃないレベルになってしまったようなのだ。転生してからというもの、魔法を使えることが嬉しすぎて自由にやってきたけれど、流石にやりすぎたかもしれない。
レックス殿下もこの年代ではかなり上位に入る魔力と魔法の技術の持ち主のはずなのだが、私はそれ以上らしい。
ネーゼは私から目をそらし、今度はレックス殿下のほうを見る。
「さて、貴方がたは確かに子供にしては豊富な魔力を持っていますが、重要なのは魔力量だけではありません。私も暇ではないので、貴方がたが本当に、私の授業を受けるにふさわしいか……リリアン様、貴方の実力を見せてください」
「なんだと? 貴様、リリアンを愚弄するのか!?」
ネーゼはなかなか傲慢なところがあるようで、レックス殿下は気に食わない様子だ。私はレックス殿下を宥める。
「落ち着いてください、レックス殿下」
「そ、そうだな……つい熱くなってしまった」
いくら魔力があっても、しょせん子供なのだから大した魔法は使えないだろう――とでも考えているのだろうか。ネーゼはさっさと帰りたいと言わんばかりに遠くを眺めている。
この人は最初から家庭教師をする気などないのだ。
おそらく、王様に呼ばれて渋々来ただけで、適当に理由をつけて断る気なのだろう。
それならそれで構わないけど、この国随一という魔法士が、私の魔法を見てどんな反応をするか興味がある。
「ネーゼ先生。実力を見せるというのは、これでよろしいでしょうか?」
私はそう言いながら右手を伸ばすと、魔法で鉄の杖を作り出した。そしてその杖に風と雷を纏わせる。
これはこの数年で編み出した、魔力を一瞬で物質に変換させる魔法と、複数の属性を組み合わせた魔法の合わせ技だ。
「馬鹿な!?」
ネーゼが口を大きく開いて呆然とする。
「こんなことができるのは一握りの魔法士だけだ。わっ、わずか十一歳の少女が……!? 先ほどの発言は謝罪する! ぜひ私の手で、君を育てさせてほしいっ!」
この人、ちょっと態度変わりすぎじゃないかしら。
「そ、そうですか……」
ネーゼのテンションが急に高くなったので、私は内心引いていた。
杖を間近で見たいのか、ネーゼが近づくと、それを遮るようにレックス殿下が私の前に出る。
「おい、ちょっとリリアンと近いのではないか? だから男の家庭教師は嫌だったんだ……」
――どうやらレックス殿下やネーゼには、私の魔法が魅力的に見えてしまうようね。
そうして、ネーゼは私たちの家庭教師をすることになったのだった。
あれから半年――私は家庭教師となったネーゼから、様々な魔法を教わっていた。
私とレックス殿下は授業を受けるため、城を出てすぐの場所にある、兵士たちの訓練用広場で待機している。
最初は室内での座学ばかりだったけど、最近は実践が主だから、雨が降っていない限りはこの広場でネーゼの授業を受けていた。
待っている間……私は、ここ半年の間に起きた色々なことを思い返す。
王国随一の魔法士だからなのか、ネーゼの授業はハイレベルな内容だった。
転生前の私はそれなりに勉強ができたので、その頃の経験が生きた。それに私の魔法に対する探究心の強さのおかげで、そんな難しい授業もむしろ楽しんで受けられた。
レックス殿下も頑張ってはいるが流石についてこられず……今では私とネーゼによるマンツーマンの授業を見ているだけだ。
ネーゼの授業は週に一回。それとは別の日にレックス殿下に呼ばれて城へ行き、外で魔法を試すことにしている。
そういえば、いつも部屋まで案内してくれる執事の人が、レックス殿下は魔法を学びつつ、近頃は剣の習練に力を入れるようになったのだと話していた。
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そしてグリムラ魔法学園でカレンと出会い、魔法で彼女に負けたことから、剣の修業を始める。魔法だけでも、剣だけでもない魔法剣士としての力を手にしたい、カレンのことを守れるように、と……
そのはずなのだが、ゲームより先に剣に目覚めてしまうとは。
その日ネーゼは約束していた時間より少し遅れて現れた。広場に到着して準備を整えると、私たちの前に立って授業を始める。
「リリアン様、今日は新しい魔法を覚えましょう……まずは基礎鍛錬からです」
「わかりました」
「俺もわかる範囲で一緒にやるが、もうネーゼは、俺など眼中にないのだな……」
もはやネーゼはレックス殿下に興味がないようで、私の魔法と魔力にばかり関心を向けていた。
風や雷、火、水、鉄、土――各種属性魔法を一通り扱う基礎鍛錬を終えると、ネーゼは私を眺めてから言った。
「今日教えるのは回復魔法です。それでは早速試してみましょう。リリアン様の皮膚を斬りますが構いませんね?」
「ひっ!?」
ネーゼはいきなりナイフを取り出して突き出す。
レックス殿下が即座に動き、私とネーゼの間に割って入った。
「構いませんね。じゃないだろ!? おまえはなにを言ってるんだ!?」
レックス殿下の言う通りだ。
この家庭教師……いきなりナイフを突きつけてくるなんて、正気じゃない。
今のは本当に怖かった。ついすがるようにレックス殿下の腰に手を伸ばすと、ネーゼが肩をすくめる。
「回復魔法は自分の身体で試すのが一番いいんですよ。もし失敗しても私が治せますから問題ありません」
いや、ナイフで斬られるのは、痛いから普通に嫌だ。
レックス殿下に触れていた手が震える。
「リリアンが怯えているだろ! お前のやり方は危険すぎる!」
ネーゼはレックス殿下を見下ろしながら、溜め息を吐く。
「また邪魔をしますか……リリアン様はなぜそんなに震えているんですか? 怖がる必要はありません。それにレックス様よりリリアン様のほうが強いでしょう?」
「いっ、いきなりナイフを向けられたら、誰でも驚きますよ!?」
「そうですか? 貴方なら余裕で防げると思うのですが……」
確かにネーゼの言う通りで、もしナイフで襲われたとしても、魔法で防ぐことは簡単にできるだろう。
それでも普通に話してた人にいきなりナイフを向けられるのは怖い。
レックス殿下が盾になってくれたことに安堵するけれど……とはいえ、回復魔法は使ってみたいから、覚悟を決めるしかない。
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