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1巻

1-2

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 先ほど私が気絶させたクロータイガーに、よろいを着た護衛らしき青年が武器を構え警戒しながら近寄っていく。
 事情を聞かれたら時間がかかりそうだ。
 男の子もこれで安全だろうし、私は面倒なことになる前にここから離れることにした。
 青年たちが倒れたクロータイガーを見て唖然としている今がチャンスだ。
 飛行魔法で身体を浮かせて、魔力を操って空中で体勢を安定させる。
 すると、男の子が叫んだ。

「まっ、待て――」

 もちろん待つ気はない。
 あの男の子がレックス様と呼ばれたので……私は嫌な予感がしたのだ。


 無事、屋敷に戻ってきた私は、書庫で今日の出来事を思い返していた。
 抜け出す前、執事に「絶対に邪魔しないで、この本は多分読み終えるのに三時間ぐらいかかるから」と言いつけていたおかげで、部屋には誰もいない。
 そして帰ってきた今、こうして読書をしていれば、誰も私が森に行ったなんて思わないだろう……完璧だ。

「あの子を捜していた執事らしき人、レックス様って言ってたけど……まさか、あの子がレックス王子?」

 確かにあの男の子が成長して髪が腰まで伸びて凜々りりしくなれば、ゲームの攻略キャラであるレックス王子にそっくりだ。
 つまり、さっき助けた男の子こそ、ゲームのメイン攻略キャラでリリアンの婚約者となるレックス・アークス殿下だ。けれど、まさかあんな場所で会うだなんて思わなかった。

「どうして森で、しかもクロータイガーと遭遇って……あっ!?」

 レックスとクロータイガー。
 その二つの言葉を思い浮かべたことで、私の脳裏にはゲームの一場面がよみがえった。
 レックスは子供の頃にクロータイガーに襲われて、頬に傷を負っていた。魔道具で隠していたその傷痕に、ヒロインのカレンが気づく。一方レックスは同じタイミングでカレンに一目惚れをする、というのがゲームの導入場面なのだけれど……

「あれ? さっき私が倒したのって……クロータイガーよね?」

 レックスが叫んでいたし、間違いなくあのモンスターはクロータイガーだ。
 もしかしたら……本当ならレックス王子は、さっきのクロータイガーから傷を受けていたのかもしれない。
 となると私が助けたせいで頬に傷があるという設定がなくなってしまい、カレンとのイベントが成り立たなくなる。
 今後ゲームで起こるはずだったイベントを一つ、潰してしまった。
 改めて考えると、転生してからの私は後先考えず魔法を使ってばかりだ。
 今日だけでもかなりやらかしている。レックスの運命を変えてしまったこともそうだし、そもそも禁止されているのに外へ出た時点でなかなかのやらかしだ。
 それも、屋敷を抜け出す時は二階から飛び降り……もし飛行魔法に失敗していたら大惨事だ。けれど、あの時の私は空を飛べるという自信があったし、実際に成功しているのだから問題はない。

「そうよ……今回の外出だって、バレなきゃ大丈夫なのよ」

 我ながら楽観的にもほどがあるとは思うが、私は気にしないことにした。
 今回、私はレックスを助けてしまったけど、レックスはカレンに一目惚れをするのだから、傷痕はなくてもさほど影響はない。これ以上未来が変わることがなければ、いずれ二人は付き合ってハッピーエンドになることだろう。

「森でレックス王子を助けた女の子が、まさかカルドレス公爵の令嬢だなんて誰も思わないだろうし……」

 私は自分に言い聞かせるように呟いて、何度も頷く。
 それに、もしこれでレックス王子とカレンが付き合わなくても、攻略対象は他にもいる。
 病弱だけれど、健気でひたむきなロイ。レックスと同い年で、彼の護衛を務めるルート。
 あともう一人のことはよく覚えていないけれど、三人も攻略キャラがいるのだから、カレンも誰かしらと幸せになれるだろう。
 もう気にするのはやめにして、森で今までよりも強力な魔法が使えたことを喜ぶことにしよう。
 そのうちまた屋敷を抜け出して森へ行こう――そう決意して、私は読書に集中することにした。


 その翌日――転生してから初めて目にするアークス王家のお城が豪華すぎて、私は唖然としていた。
 なぜか私は、アークス王家の城に招待されたのだ。
 昨日の夜に突然話が来たみたいなのに、いつの間にか城へ行くためのドレスも準備されていた。
 聞くところによると、どうやら前世の記憶を取り戻す前に私はレックスと面識があったらしい。
 お父様とお母様も当然レックスとは何度か会ったことがあり、「レックス殿下がリリアンを気に入って会いたくなったのかもしれない」などと期待しているようだ。
 七歳までの記憶がないからレックス――レックス殿下に気づかなかったけれど……向こうは私を見たことがあるから、森で命を救ってくれた女の子の正体がリリアン・カルドレスだとわかったのだろう。私としてはもう会いたくないが、お父様とお母様が期待しているようなので、拒むことができない。
 外出したことが二人にバレたらマズいので、とにかくあれは別人だと言い張ろう。
 馬車を降りるとすぐに執事の人がやってきた。どうやらレックス殿下の部屋まで案内してくれるらしい。長い廊下を渡り、部屋に到着する。
 歩いている最中、執事の人がなんだか嬉しそうにしているのが気になった。
 扉を開けてもらった私は頭を下げる。

「案内してくださり、ありがとうございます」

 お礼を言うと、執事の人が微笑みを浮かべて話し出した。

「どういたしまして。レックス殿下は昨日からずっとリリアン様の話をしておられるのですよ」
「えっ?」
「今まで同じ年頃では間違いなく自分が一番上手く魔法を使えると豪語なさっていたレックス殿下が、リリアン様には敵わないとおっしゃっていて……なにかおありになったのですか?」
「……なにも思いつきませんけれど」

 話に聞く自信家なレックス殿下は、ゲームで見ていた十六歳のレックスとは全然違う。
 私が知っているレックスは、魔法学園でも随一の成績なのに、それを誇示することなく、上には上がいるのだからと平民のカレンを見習うような、謙虚なキャラクターだった。
 私のやらかしで、頬の傷のことだけでなくレックスの性格まで変わってしまったのだろうか?
 ――そういえばゲームのレックス王子も子供の頃は自分の強さを過信していて、自分は他とは違う特別な存在だと思っていた、という過去があったっけ。
 もしかしたら……ゲームでのレックスはモンスターに襲われたことで、自分は決して特別な存在ではないと思うようになったのではないだろうか。
 その出来事はなくなってしまったけれど、私が助けたことで結果的にゲームと同じようにレックスが謙虚な性格になったのだとすれば、私がなにかを変えたとしても、ある程度ゲーム通りに修正されるのかもしれない。
 気が楽になった私が部屋に入ると、執事の人は部屋の外に出てしまう。私は中にいたレックス殿下と二人きりになっていた。
 座るよう手で示されたから、椅子に腰かけてテーブル越しにレックス殿下と対面すると……レックス殿下は私を見て、驚いた表情を浮かべていた。

「やはり昨日、俺を助けたのはリリアンだったか」
「いいえ。昨日は外に出ていませんから別人です。屋敷で本を読んでいました」
「……はっ?」

 返答を聞いたレックス殿下が唖然としたように、私を見る。
 こうして見ると、レックス殿下は可愛い子供にしか見えない。
 レックス殿下は少し考える素振りをし、再び口を開く。

「いや、どう考えても」
「別人です」
「姿とか声とか」
「別人です」
「そ、そうか……そのほうがいいというのなら、そういうことにしておこう」

 ようやく理解してくれたみたいで、私はホッとして席を立つ。

「わかっていただけたのならなによりです。それでは失礼しますね」
「ちょっと待て!? どうして帰ろうとする!?」

 いきなりレックス殿下が叫び始めたから、理由を説明する。

「私を呼んだのは森で出会った女性が私だと思ったからですよね? それが別人なら用はないはずです」
「場所を言った覚えはないのだがな……いや、俺はそういうことにしておこうと言っただけで、本心は間違いなくおまえだと思っているぞ! あれでごまかせたつもりなのか!?」
「なっ……」

 レックス殿下がものすごく呆れている……転生前は二十代の大人だった私としては、子供にあなどられるのはショックが大きい。
 呆然とする中、レックス殿下はベッドに向かい、謎の本を手に取り真剣な眼差しで話す。

「念のために用意しておいたこれを使うことになるとはな……俺は昨日助けられてから、おまえのことを調べたんだ」

 私が自分について調べられていたことに驚いていると、レックス殿下は本をテーブルに置いてこちらに見せる。
 その本をながめて――私は目を見開く。
 それは魔本と呼ばれる特殊な書物で……見ただけで魔力を宿しているものだとわかるこの世界特有のすごい本だ。
 存在を知ってから、一度は見てみたいと思っていたものだけど、アークス王家が所蔵していただなんて……流石さすがは王家だ。
 読みたい。
 目を輝かせた私を見て、レックス殿下はニコニコしていた。

「ふっ。これから俺と話をするなら、この本を譲ってもいい……俺の所有物だからな」

 そこまでして私と会話がしたいのか。
 なんだかレックス殿下って、みつぐタイプになりそう。
 殿下の将来を不安に思いつつ、私は首を左右に振る。

「そんな高価なものはいただけません。読ませていただくだけで構いませんよ」
「そ、そうか……わかった。好きなだけ読んでくれ!」

 返答が想像と違ったのか落ち込んだ様子だ。だけど、私の反応をじっと見つめている姿を見ると、次はなにをみつぐべきかと考えていそうで少し怖い。
 本をながめながら彼の話を聞いていたけど……レックス殿下は、やけに私のことを気にしているようだった。


 あれから一週間が経った。その間レックス殿下は二回もうちの屋敷にやってきた。
 お父様とお母様は、私がレックス殿下と過ごした日はどんなことを話したのか、などと嬉しそうに聞いてくる。きっと私がレックス殿下に気に入られたと思っているんだろうけど、二人の期待には応えられない。
 ゲームでは、主人公のカレンがどんな選択をしたとしてもリリアンは彼女を目の敵にして嫌がらせを重ね、そして断罪される。親が決めた婚約相手であるリリアンのことを、レックスは元々あまりよく思ってはいなかったらしい。
 この先の未来、私はレックス殿下に婚約破棄されると決まっているのだ。
 それがわかっているのだから、お父様とお母様をあまり期待させたくない。
 でも、レックス殿下が来ると話し相手にならないといけないから、私としては正直嫌だったりする。
 来ないでくださいと言いたいけど……お父様とお母様は私がレックス殿下と親しくなるべきだと考えているみたいだから、大っぴらに拒絶することはできない。
 それでもやっぱり親しくなりすぎないようにしたいし、魔法を使う時間を削られるのは嫌だから、それとなく拒むことにしよう。
 今日も私の部屋にやってきたレックス殿下に、できる限り穏便に「来るな」という意思を伝えようとしていた。

「あの、レックス殿下はどうして、何度もうちの屋敷に来るのですか?」
「いつでも俺の城に来ていいと言ったのにおまえが来ないからだろ!? どれだけ俺が待ち望んで……いや、なんでもない……」

 いや、待ち望んでって……それに城に来ないって理由だけで、週に二回も来る?
 そもそも先週行ったばかりなんだから、普通そんな頻繁に行かないでしょ。
 この調子だと来週もまた二回、いや二回以上来る可能性もあるから、強めに告げる。

「私は忙しいので、週に二度も来ないでほしいです」
「そっ、そうか……」

 部屋で二人きりだから思わずきつい言い方をしてしまった。レックス殿下は少し寂しげにしている。
 ゲームだと長い金髪と藍色の目が美しかったけれど、今は短髪と丸く大きな藍色の目が可愛い。確かに魅力的だとは思う。
 それでも数年後にはカレンに一目惚れするのだから、仲良くしても仕方ないのだ。
 それに、ゲームと違う状況になれば国外追放以上にひどい末路になる可能性だってある。そうなったらどう対処すればいいのかわからないので、ゲームの展開から大きく外れないようにしたい。
 そんな風に、今後のことを考えていると――

「――それなら、どれぐらいの頻度がいいんだ?」

 不安げにレックス殿下がたずねてきて、困ってしまう。

「一ヶ月に一度、いえ……半年に一度ぐらいでしょうか」
「リリアンにとって俺はその程度なのか!?」

 私の返答に、レックス殿下はものすごく驚いていた。
 実際私にとってレックス殿下はその程度の存在なんだけど……ここで頷いたら流石さすがに問題になるかもしれない。

「いえいえ。お互い忙しいと思って」
「そういうことか……俺のことは気にしないでいい。毎日でも会いに来るぞ!」

 ええっ……来てほしくないんだけど。

「い、いや。毎日はないか。ないな……」

 どうやら顔に出てしまったようで、私の顔を見たレックス殿下が落ち込む。
 それでもレックス殿下はすぐに立ち直り、私をじっとながめる。

「毎日がダメなら……そうだ、リリアンは外出を両親に止められているのだったな! 俺と一緒なら許可が出るはずだぞ」

 どうやら普通に会いに来ると私が嫌な顔をするから、交渉しようということね。
 先週会った時もそうだったけど、私の知らないところで、レックス殿下は私のことを調べているようだ。
 この子、この年でストーカーの素質があるわね……ゲームでは描かれなかったレックス殿下の一面だけど、正直知りたくなかった。
 少し引きつつも、レックス殿下の提案には乗りたい。
 屋敷の中ではあまり魔法を試せないし、外でも目立つから使うべきじゃないと注意されている。
 高い魔力を持つ子供は価値があるからさらわれる危険があるのだそうだ。それでなくとも私はそもそも外出自体禁止なのだけれど。だから、レックス殿下の言う通り外へ出られるのなら、その提案はとてつもなく嬉しい。

「それなら構いませんよ」
「そ、そうか……それはよかった」

 レックス殿下が私と一緒に外出したいと言えば、お父様とお母様は反対なさるまい。
 そう考えてレックス殿下の提案を受けることにしたのだけれど、レックス殿下の行動は思いの外早かった。

「おまえたち! ちょっと来てくれ!!」

 レックス殿下が叫ぶと同時に、外に待機していた執事の青年が入ってきた。そして殿下から話を聞くと部屋を出ていき、少しして慌てた様子のお父様が私の部屋にやってくる。
 どうやら私の外出許可をもらおうとしたようで、お父様は戸惑いながらレックス殿下と話す。

「レックス殿下……その、リリアンと外へ行きたいとのことですが……リリアンを外に出すのは……」
「心配するな。俺の護衛はみんな精鋭だ。リリアンのことはしっかり守ると約束しよう」

 その精鋭を連れていながら、あの森でレックス殿下は危ない目に遭っていた気もするけど、そんなことを言えば森へ行ったことがお父様にバレるから黙っていよう。
 レックス殿下の自信満々な様子に、お父様は苦しげな表情をしつつも頭を下げる。

「そうですか……では、もしリリアンが倒れてしまった時は、よろしくお願いします」
「倒れる? そんなことは絶対に起こり得ないが、任された」
「今のリリアンは……いいえ、レックス殿下がそこまでおっしゃるのなら、きっと大丈夫でしょう」

 おそらくお父様の真意は、レックス殿下に伝わっていない。
 お父様が私に、「絶対に倒れないように、魔法を使いすぎるなよ」とでも言いたげな視線を向けてくるけど、私はそこまで自己管理できないと思われているのだろうか?
 全く心外だ。
 それよりも、外出を許されたことが飛び跳ねたくなるほど嬉しかった。

「レックス殿下、ありがとうございます。これから毎日来ても構いませんよ!」
「あれだけ嫌そうにしていたのに、外に出られるというだけでそこまで態度を変えるとは……そういうところもいいな!」

 レックス殿下はどんどん盲目的になっている気がするのだけれど、きゅうを助けられたことがそこまで印象に残っているのだろうか。
 なんだかレックス殿下に懐かれてしまったようだ。


 あのあと私の提案で、私たちは再びあの魔力領域の森へ向かうことになった。
 それを聞いたレックス殿下の護衛たちは、明らかにハラハラし始めた。

「あの、護衛の人たちはどうしてあんなに怯えているんですか?」
「ああ。この間、俺を一人にしてしまって怪我をさせかけたからだろう。俺が勝手に行動したのが悪いのだから処罰させることは絶対にないと言っているのだがな……」

 それなのに再び同じ場所へ向かうとなれば、怯えるのも当然だ。
 馬車が目的地に着いたので、私は一人で飛び降りた。先に降りて手を差し出していたレックス殿下は寂しそうだ。
 特に必要もないと思ったから手を取らなかったんだけど、レックス殿下としては振られた気分なのかもしれない。

「さて……ようやく試したかったことができそうですね」

 そう言って私は森の奥へずんずん進んでいく。護衛の人たちは、怪我をさせたら問題になると焦っているようだけれど、私は強いのでそんな心配はいらない。
 まっすぐ歩いているとレックス殿下が慌てて追いかけてきた。

「リリアン……その、手を、いやなんでもない」

 レックス殿下は手を伸ばしては引っ込めている。
 ――今は私のことが気になっているようだけど、数年後にはカレンを好きになるのよね。
 そんなことを思いながら、私はしばらく森の中を歩いた。時間を気にせず魔力領域を堪能できることが嬉しくて浮かれていると、木々の葉が揺れてザアザアと音が鳴った。

「うわっ!?」

 レックス殿下が驚いて声を上げる。クロータイガーが一頭、木々の間から現れたのだ。
 先日レックス殿下を襲ったのと同じ種類のモンスターが現れたことで、護衛の人たちが慌てて前に出ようとする。

「二人ともお下がりください!」

 そう言ってくれるけど、下がるのはむしろ護衛の人のほうだ。私は彼らを手で制して言う。

「出なくていいですよ。私が倒しますから」
「はっ?」

 護衛の人たちが唖然とする中、私はクロータイガーに右手をかざした。
 あれから魔力のコントロールをさらに上達させたから、今度こそ一撃で仕留める。
 そう決意して――森の魔力でより威力を増した暴風が、モンスターの肉体を裂いていく。

「仕留めました。レックス殿下……護衛の人に解体をお願いしてもらえないでしょうか?」

 この森に棲むモンスターたちは、増えすぎると人里に出て人間を襲うので、討伐する必要があるらしい。
 私はただ魔法を試したかっただけなのだが、せっかく討伐したのだから、利用できるものは利用しておきたい。
 倒したモンスターを解体して皮や牙など役に立つアイテムを入手するのはファンタジーの常道だ。

「えっ!?」

 レックス殿下は、私が魔法を使うところを見たことがあるはずなのに、みんなと一緒に呆気に取られているようだった。だが、私の頼みを聞くとハッとする。

「わっ、わかったが、やはりリリアンの魔力はとてつもないな……マイク! 解体を頼む!」
「わ、わかりました……」

 レックス殿下に呼ばれて近づいてきたよろいまとった好青年、彼がマイクなのだろう。
 マイクは戸惑った様子ながらも、ナイフで鮮やかにクロータイガーを解体し始め、私はそれをじっとながめる。
 私の魔法ならモンスターを問題なく倒せるから、解体のやり方さえ覚えれば冒険者になれるかもしれない。
 冒険者というのは、各地を旅しながらモンスターと戦ったりダンジョンへ挑んだりして、貴重なアイテムを入手することで生計を立てる人々のことだ。
 ――将来、ゲームのシナリオ通り国外追放されたら、他の国で冒険者になるのもよさそうね。
 ゲームには冒険者になる、なんて未来はもちろんなかったけれど、魔法でここまで戦えるのだし、国外追放されて一人で生きていくのなら、冒険者になるのが一番のような気がしてきた。
 もしかしたら私は、冒険者になるためにこの世界に転生したのかもしれない。
 国外追放されるのは仕方ないと受け入れていたからこそ、冒険者という職に運命を感じる。
 そうと決まれば行動に出るしかない。私はまずマイクについてレックス殿下に聞いた。

「レックス殿下。今クロータイガーの解体をしている護衛の方は、もしかして元冒険者ですか?」
「ああ。マイクは冒険者から転職して護衛になったが、それがどうかしたか?」

 冒険者にとって、モンスターの解体は必須の技術だ。解体の手際がいいからもしやと思ったのだが、やっぱりそうだった。

「そうなのですね! ちょっとマイクと話をしてもよろしいですか?」
「それは構わないが……リリアンは俺よりも、マイクに興味があるのか……」

 レックス殿下が構わないと言ったので元冒険者のマイクに近づき、解体の仕方や冒険者について聞く。
 マイクは「なんで俺に話しかけてくるんだ?」と言わんばかりに困惑しながら教えてくれる。
 チラチラと私の後ろを気にしているから振り向くと、不機嫌そうなレックス殿下の姿があった。
 マイクに嫉妬しているようだから、釘を刺しておこう。

「レックス殿下、貴方は冒険者についてなにか知っていますか?」
「いや、知らない……」

 レックス殿下が不満げに返答する。冒険者のことなんて、幼いレックス殿下はまだ知ろうとしたことすらないだろう。
 私は諭すように、レックス殿下に語りかける。

「私は冒険者について知りたいので、マイクに聞くしかありませんよね。これは仕方のないことです」
「ぐっ……おのれマイク……」

 レックス殿下が悔しげな表情でマイクをにらむと、マイクは慌てた様子で両手をあげる。

「いや、ちょっと待ってくださいよ!? 俺は……じゃねぇや、私はどうしたらいいんですか!?」

 マイクはフランクな口調を言い直す。
 レックス殿下の機嫌を損ねたくないのだろう。


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