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第二章

第16話『剣術も案外難しい』

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「そんじゃ、実技授業を始めるぞ」

特別講師になってからの、或る日のことだ。アレスの呼びかけで、よろしくおねがいします、と生徒が一斉に頭を下げる。私も遅れて頭を下げる。

剣術科一年の実技授業である。生徒は皆左腰に木刀を差して姿勢を正している。この間の世界史の授業とは違い誤魔化しが効かないから、皆しっかりとアレスに身体を向けている。ところだ幾人かはそのアレスの隣にいる私に視線がちらちらと移っている。それで私と目が合うとやっぱり逸らされてしまう。授業開始前にも何回かあった。

「の、前に。今日は特別講師がいるぞ」

アレスがそう言い私に挨拶をするように手で合図をする。私は一歩前に出て自己紹介をした。

「特別講師のレインです。よろしくお願いします」

私が今一度礼をするとアレスが拍手をしてきた。それに反響するように生徒も拍手をする。先生に比べ、生徒の拍手は控えめだ。

「レイン先生は魔法使いだから、今日は魔法を絡めた授業をしていくぞ」

レイン先生、とアレスに呼ばれる。彼はグランドの或る位置に指を差している。そこへつけ、ということだろう。私は駆け足でそこに位置すると、アレスは話を続けた。

「戦闘はいつも一人で戦うとは限らん。あるときは同じ剣を扱うものと共闘するかもしれんし、弓を扱うものと共闘するかもしれん。ということで、今日は魔法を扱うものと共闘するシチュエーションを想定する」

擬似的なパーティ練習というわけか。確かギルド規約には、討伐依頼や護衛依頼、緊急依頼は複数のチームで依頼を請け負うことがある旨が書かれていた。立ち位置を考えたら戦士は前衛、魔法使いは後衛だから、一番典型的な陣形だろう。

「んじゃ、レイン先生と連携してみたいやつはいるか?」

アレスが促すように手を挙げるが、生徒は誰も手を挙げない。周りをキョロキョロとして、押し付け合うような雰囲気が生まれる。いくらなんでもほぼ初対面の私との連携なんて不安を覚えるに決まっている。

いや、授業の趣旨としては、いつでも魔法使いと連携できるようにする、という話だ。だから、今私がいる位置に、私がいても、魔術科の生徒がいても、魔術科教頭レミがいても関係なく立ち回る練習だ。むしろ初顔合わせの人とも上手く立ち回れるように、不安を払拭する機会なのだ。

遂に手を挙げる生徒はいなかったので、アレスは痺れを切らして私に一番近い生徒を指名した。生徒は、はい、とおどおどと返事をしてゆっくりと前に出る。

「設定はこうだ。戦士と魔法使いが魔物退治に出た。魔法使いは基本的に魔法を放つのに集中するため一歩も動かない。その中で魔物と戦う。ちなみに魔物役は俺な」

アレスが剣を抜いた。生徒と同じ木刀である。それを見て生徒も木刀を両手に握った。私も戦闘のため鉄の杖を両手に持つ。

【名称】アレス・ケンフュー・モンテオーネ
【種族】人間
【性別】男
【年齢】45
【職業】戦士
【体力】7,400/7,400
【魔力】500/500
【属性】地
【弱点】水
【スキル】剣技Lv7・弓技Lv3・斧技Lv8・槍技Lv4・身体強化Lv6・ガードLv6
【異常】-

以前戦ったレミ教頭よりもステータスは低い、ように見える。しかしスキルレベルはこちらのほうが高いように思える。そうか。魔法使いはいくつもの属性魔法を習得し、戦士は武器を一つ選んで極めるのか。広く浅くが魔法使い、狭く深くが戦士、といった形だろう。

「レイン先生は地水火風どれかのレベル1の魔法を適度な間隔で俺に打ち込んでくれ。ただし一歩も動くなよ」

来い、という掛け声を受けて生徒はアレスに斬りかかる。アレスは真剣な顔をしつつ、難なく生徒の攻撃を受け流している。

観ている生徒の半分ぐらいがその二人の太刀合いに目を向けている。もう半分はいつ魔法を放つのかと私を見ている。そろそろ、参戦しないと。

<<ファイアボール>>!!

火の玉は真っ直ぐアレスに向かっていく。しかし生徒と剣戟けんげきを交わしているのにも関わらず難なく避けられてしまった。そして生徒の近くの地面に私の火の玉が打ち込まれた。するとアレスが解説し始めた。

「周りと連携を取ることに慣れていなかったら、こうやって同士討ちの危険性がある。じゃあ次はレイン先生の魔法に注意しながらかかってみろ」

はい、と返事をした生徒は再び先生に斬りかかる。今度は、私と先生の間に入らないように、つまり私の魔法の導線を邪魔しないような立ち回りをしている。しかしちらちらと私の様子を窺っている。そのせいで敵に対する攻撃が散漫になってしまっている。あちらが立てばこちらが立たぬとはこのことだろう。

「そうだ。そうやって敵の位置だけでなく、味方の位置もしっかり把握しろ。後衛の魔法使いは全体を把握するのに容易いが、前衛の戦士は味方の位置に気を配らないといけない。背中に目はないからな」

その言葉を聞いた生徒の顔つきがよくなった。自信がついたのだろうか、さっきよりも木刀の振りが鋭くなっている。さすが指導者だな、も思った。私に前衛、戦士の心得はない。まだこれは練習の段階なのだから、指導はアレスに任せるべきだろう。下手に出しゃばるのは指導の歪みになる。

さて、それはそれとしてどうしたものか。火魔術は簡単に避けられてしまった。いや、タイミングが良ければ避ける隙は与えなかった可能性もある。魔法だって数を撃てばいいってもんじゃない。生徒がアレスに怯ませる攻撃を与えれば…。いや、あの二人の力量の差を考えるとそれは期待できない。どちらかというと、生徒の動きを、利用する、ぐらいの見方をしてもいいだろう。それには果敢に攻める生徒の動きも同時に観察しないといけない。

例えば、そう。生徒が斬り掛かって、先生が受け身になった瞬間を狙うとか。

「やぁあ!」

生徒が地面を蹴ってアレスに立ち向かってゆく。アレスは私に気を回しつつ正面から突撃する生徒に迎撃の構えを見せる。

…今だ!

<<ファイアボール>>!!

火の玉は生徒の攻撃をあしらったアレスの方へ飛んでゆく。ちょっとタイミングが遅かったか。これではまた避けられてしまう。ところがアレスはニヤリと笑ったまま私の魔法をモロに受けた。大した傷は負っていない。

「上出来だな。このように、魔法使いとしっかり連携ができれば、多少強い相手でも追い込むことができる」

それで実践に応じた生徒を拍手で讃えると、次やりたいやつはいるか?とアレスが挙手を促す。今度はちらほらと手を挙げる生徒がいた。



それから暫く同じようなことを繰り返した。後半、時間が押しているとわかって、生徒二人と連携を取ることにもなった。一人の時とは違い、私の方も気を配る相手が増えたというのは地味に収穫だった。

授業終了の合図が鳴る。鐘の音は生徒たちの、ありがとうございました、の一声で一時かき消された。次の授業の準備で生徒たちは木刀を置いて急いで学院の中へ戻ってゆく。

「それじゃあ、片付けは俺らでやるぞ」

アレスは生徒の木刀を拾っていった。急いで私も端から拾っていき、全て回収してアレスに渡すと、彼はそれらを紐で縛っている一纏まりにした。

「あの、アレス先生なら戦士と魔法使いの二人が相手でも、どちらの攻撃もなせますよね?」

授業序盤のときからの疑問をぶつけた。最初の生徒から、ある程度生徒の動きが良くなるとそれで合格にしていた。そのときは決まって、生徒の攻撃を躱して私の魔法を受けるか、私の魔法を躱して生徒の攻撃を受けるかのどちらかだった。

「少なくとも、例えばアポロンとレミ教頭、とかの組み合わせなら間違いなく負けるだろうな」

「じゃあ、私と生徒の場合は?」

実践中のアレスには明らかに余裕があった。それは私や生徒の攻撃を多少なら受けられるという余裕ではなく、相手の攻撃を観察する暇がある余裕。あのときのニヤリとした笑いはその表れだろう。身体強化で避けたり、ガードスキルで防御行動をとったりできたはずだ。

私の問いにアレスは黙ったが、暫くして言葉を選ぶように口を開いた。

「いいことを教えてやる。実践において最も大事なのは技術でも体力でもない。成功体験だ。それを味わっちまえば、その後失敗しても自ずと力をつけようと努力するもんさ」

「成功体験、ですか」

「あぁ。例えばそうだな、レインちゃん、ギルドメンバーだろ?依頼を始めて成功した時、どうだった?」

はじめて依頼はボアゴートの毛皮採取だ。そのときは近くにトリッシュがいて、私の依頼成功を喜んでくれた。

「そのときは、嬉しかったですし、安心しました」

「そう。それが成功体験。もし、今日の実技指導で俺が全部の攻撃を避けて生徒たちに、良くなってるぞ、などといっても説得力がないだろ?だから、多少演技になっても、できた、と実感させるのが大事なんだ」

「…なるほど」

そういえばさっきの授業は一年の授業だった。まだまだ卵の生徒に、できる、と実感させるのは先駆けとしてとても大事なことなのだろう。

私の疑問が消え去ると同時に、アレスは束になった木刀を学院玄関横にある、上面に蓋がされていないドラム缶に仕舞った。丁度鐘の音も鳴った。授業開始の鐘だ。

「そういえば剣術科の実技って、剣しかないんですか?」

学院内に戻る際、私はふと頭に浮かんだ疑問をアレスに投げた。既に授業が始まっているから廊下に生徒の姿はない。

「そんなことはないぞ。確かに剣術は必修科目だが、斧、槍、弓、短剣、体術、色々選択できる」

一般的なロングソードを扱う剣術が必修科目なのは納得できるが、他にも武器の選択ができるのか。きっとそこで向き不向きを確かめることができるんだろう。しかも実技授業を伴うわけだから、より高いレベルの技術を習得できるというわけか。

「まぁそん中でも短剣を履修する生徒は滅多にいないんだがな」

短剣といえばトリッシュを思い浮かべる。…というか、宿屋や繁華街で見かけた冒険者の中にも短剣を腰に用意している人を見かけたことがないかもしれない。

「どうしてですか?」

「単純な話さ。武器っつーのはそれぞれ利点欠点がある。オーソドックスな刀剣に比べて短剣の利点はなんだ?」

「…軽さ?」

「正解だ。他には?」

短剣の利点…。軽いからだれでも扱える?だがそれなら世間に布教されているのは、普通の剣ではなく短剣になっているはずだ。実際は、見かけた冒険者は男女問わず背中にロングソードを背負っている。じゃあ、なんだろう。護身用にちょうどいい?いや、護身用の時点で普段使いする用途ではない。第一冒険者が護身用の短剣を使う時点で劣勢な状況になっていると考えるべきだ。

と、あれこれ考えていると、アレスがついに答えを出した。

「そう。短剣は、軽さ、しか利点がない。リーチはどの武器よりも短いし、殺傷能力も低い。投げて使うには矢に比べて嵩張る。それで人気がないから短剣が市場に出回ることも少ない。選ぶ理由が殆どないんだ」

私の解答は百点といっても差し支えなかった。そこで更に気になることを思いつく。

「トリッシュはどうして短剣を使ってるんでしょうか」

「さぁな。そもそもアイツは学院卒の身じゃないけどな。むしろ独学で、短剣使って、よくギルド運営って地位に上り詰めたもんだよ」

使用人口が少ないからならう人もいなかったんだろう。独学になるのは必然だ。だがそれでかなりの実力を持っているのは相当な努力を要するだろう。

悪党とトリッシュの戦闘を思い出す。相手は普通の剣だったのに対して、人数やリーチといった不利な要素を微塵にも感じさせない剣捌きだった。

「気になるなら本人に聞けば良いんじゃねぇか?パトリシアちゃんなら答えてくれるだろ」

そうだ。本人に聞けばわかる話か。なら今度_仕事中は流石によくないから、昼食のときとか、仕事終わりに食事へ誘っていろんな話をしてみよう。

そうこうするうちに、私たちは既に講師室の扉の前まで来ていた。

「じゃあお疲れさん。今日はもう自由に過ごしてくれ」

講師室の扉を閉められると、廊下には私一人しかいなくなった。

それにしても、トリッシュってすごかったんだな。いや、実際間近で見ててすごかったんだけど。かなり特殊な部類の人だったんだ。

まだ昼前だが、実技授業もあったためにお腹は空いていた。ちょっと早いがレストラン街に出よう。それでその後は図書館へ行くか、依頼を受けるか、食べながら考えよう。

いや、まず今日は何を食べるかから決めないとな。私は学院を出てレストラン街へと向かった。
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