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バイト
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ネットバンクの残金が大きく目減りしているのに気がついたのは、男子陸上部の夏合宿が打ち上げになった翌日の朝だった。
ちなみに男子陸上部は人数が多いため、合宿予算が十分に得られず、
なんと学校の体育館に寝泊まりするか、
普通に通うか、
というどうしようもない選択肢を与えられただけだった。
楽しく合宿旅行ができた女子陸上部とは、大きく待遇が違うのは、人数の差だけでは無く、
教職員によるえこひいきが原因である、というのが男子陸上部部員の総意であった。
俺は汗臭い体育館に泊まるという苦行は当然に選択せず、自宅から通った。
これは合宿とは言わないよな。
まあ、それはともかく金が無いのは大問題だ。
洋服のネット通販からの引き落としが原因だ。
俺は使ったことが無いぞ?!
これはもしかしたら。
そう言えばサリーが何回か宅配便を、喜々として受け取ってたのを思い出した。
うかつだった。まったく、もう。
朝ご飯を片付けた後、サリーを居間のソファーに座らせる。
なにかあるなと感づいたらしく、妙に大人しい。
俺は、ネットバンクの通帳画面をサリーに見せながら言った。
「まさかとは思うけど、この洋服のネット通販は、サリーが使ったんじゃないのか?」
わっ、気付かれた,という表情を一瞬してから、開き直った表情になってサリーは言った。
「だって、夏物のお洋服は用意してなかったんだもん」
小学生じゃあるまいし、「だって」、「だもん」じゃないだろ。
俺は溜め息をついて言った。
「どういう魔法を使ったのかは知らないが、その魔法を使ってサリーの洋服代を調達できないのか?」
サリーは答えた。
「うん、できないよ」
そして、てへべろ、としか言いようのない表情をした。
すげえ可愛いけど、そんなものに俺は騙されないぞ。
俺は少女に申し渡した。
「いいか、これからはこういうことをしないこと。それから秋冬物の購入のためにバイトをすること」
えー、と少女は小さな声で抗議の声を上げる。
「私、バイトなんかしたこと無いよ」
俺は、大きく溜め息をついて、ちらしを机の上に置いた。
「通学路の途中にあるファミレスでバイトを募集している。高校生は時給850円。俺と一緒なら大丈夫だろ?」
サリーは、ちらしを手にとって眺めた後、嬉しそうに言った。
「あそこ、制服可愛いからいいね!」
そこかよ。
俺はまた大きく溜め息をついた。やれやれ神様のお守りも楽じゃない。
「二人とも南高か。シフトは一緒の時間でいいんだね。夏休みの間、週に3日、一日6時間勤務希望、か。結構働くねえ」
店長が、俺達二人を前に座らせて面接をする。
「じゃあ、今日から宜しく頼むよ。制服のサイズは自分で選んでね。仕事でわからないことは、僕か先輩の辻さんに聞いて」
店長が控え室から出て行った。
ふう、と少女は溜め息をついて、はあ緊張した、と俺に言ってから笑った。
じゃあがんばりますか。俺も立ち上がって男子更衣室へ行った。
「天本ちゃんは、江藤の彼女?」
辻さんがストレートな質問をしてきた。こりゃ面倒だな。とっさに俺は言った。
「ええ、そうですけど、なにか?」
辻さんは、残念そうな顔をしてから言った。
「そりゃそうだよな。あんな可愛い娘を放っておく男なんかいるわけないよな」
見かけは可愛いけど、泣き虫で、おこりんぼうな上、とんでもない浪費家ですよ、とは言えず、俺は曖昧に笑った。
「めっちゃ可愛いし、良く気がつくし、江藤は幸せ者だな」
このこの、と小突かれる。痛いっすよ。
それより変な噂がどこから伝わるかわからないから釘を刺しておこう。
俺は言った。
「天本と俺のこと、秘密にしておいてくださいね。学校でも一応秘密なので」
おう、わかった、と辻さんは答えて、じゃあ仕事に戻るわ、といって控え室を出て行く。
「お疲れでーす」
と言いながら入れ替わりに、休憩のためサリーが控え室に入ってくる。
手にはフルーツチョコパフェを抱えている。
「新作だって。試食だよ、試食」
パフェにぱくつきながら、サリーが言い訳がましく言う。
「また太るぞ」
と俺は言って、
ぷうっと頬を膨らませて怒り顔をするサリーを後ろに残して立ち上がった。
さあ仕事、仕事。
家に帰る道すがら、サリーは横を歩く俺を見上げて言った。
「あのね、今日、辻さんから、勇気は私の彼氏か?って聞かれた」
ああ、裏取ってるんだ。辻さん、サリーに結構気があるのかな。それで?
少女はニコニコしながら答えた。
「そうですよ、って答えた!」
やれやれ。俺は言った。
「俺も辻さんにサリーが俺の彼女かって聞かれたから、面倒なのでそうだと言っておいた」
おお!とサリーは満足そうな声をあげる。
なんなんだお前は。まあ、これでやっかいごとは起こらなさそうだ。
俺のスマホにメッセージが入る。佐々木からだ。
うーん、これはだめだな。
「どうかしたの?」
サリーが俺に尋ねる。
俺は答えた。
「佐々木から遊園地行こうって誘いなんだけど、ちょうどバイトの日だからな」
うーん、そか、と、サリーは残念そうな声を出す。
しばらく歩いてから、俺はサリーに言った。
「バイトの無い日に、遊園地に二人で行こうか?」
わあ、いいの?と少女が歓声を上げた。嬉しいな!
俺は少しおどけて言った。
「バイト代も入るし、『彼氏彼女』なんだろ、俺達?!」
少女は顔全体で笑いながら言った。
「うん、『彼氏彼女』だからデートで遊園地に行こう!」
そう言って、サリーは手を繋いできた。
やれやれ、世話の焼ける神様だ。
ちなみに男子陸上部は人数が多いため、合宿予算が十分に得られず、
なんと学校の体育館に寝泊まりするか、
普通に通うか、
というどうしようもない選択肢を与えられただけだった。
楽しく合宿旅行ができた女子陸上部とは、大きく待遇が違うのは、人数の差だけでは無く、
教職員によるえこひいきが原因である、というのが男子陸上部部員の総意であった。
俺は汗臭い体育館に泊まるという苦行は当然に選択せず、自宅から通った。
これは合宿とは言わないよな。
まあ、それはともかく金が無いのは大問題だ。
洋服のネット通販からの引き落としが原因だ。
俺は使ったことが無いぞ?!
これはもしかしたら。
そう言えばサリーが何回か宅配便を、喜々として受け取ってたのを思い出した。
うかつだった。まったく、もう。
朝ご飯を片付けた後、サリーを居間のソファーに座らせる。
なにかあるなと感づいたらしく、妙に大人しい。
俺は、ネットバンクの通帳画面をサリーに見せながら言った。
「まさかとは思うけど、この洋服のネット通販は、サリーが使ったんじゃないのか?」
わっ、気付かれた,という表情を一瞬してから、開き直った表情になってサリーは言った。
「だって、夏物のお洋服は用意してなかったんだもん」
小学生じゃあるまいし、「だって」、「だもん」じゃないだろ。
俺は溜め息をついて言った。
「どういう魔法を使ったのかは知らないが、その魔法を使ってサリーの洋服代を調達できないのか?」
サリーは答えた。
「うん、できないよ」
そして、てへべろ、としか言いようのない表情をした。
すげえ可愛いけど、そんなものに俺は騙されないぞ。
俺は少女に申し渡した。
「いいか、これからはこういうことをしないこと。それから秋冬物の購入のためにバイトをすること」
えー、と少女は小さな声で抗議の声を上げる。
「私、バイトなんかしたこと無いよ」
俺は、大きく溜め息をついて、ちらしを机の上に置いた。
「通学路の途中にあるファミレスでバイトを募集している。高校生は時給850円。俺と一緒なら大丈夫だろ?」
サリーは、ちらしを手にとって眺めた後、嬉しそうに言った。
「あそこ、制服可愛いからいいね!」
そこかよ。
俺はまた大きく溜め息をついた。やれやれ神様のお守りも楽じゃない。
「二人とも南高か。シフトは一緒の時間でいいんだね。夏休みの間、週に3日、一日6時間勤務希望、か。結構働くねえ」
店長が、俺達二人を前に座らせて面接をする。
「じゃあ、今日から宜しく頼むよ。制服のサイズは自分で選んでね。仕事でわからないことは、僕か先輩の辻さんに聞いて」
店長が控え室から出て行った。
ふう、と少女は溜め息をついて、はあ緊張した、と俺に言ってから笑った。
じゃあがんばりますか。俺も立ち上がって男子更衣室へ行った。
「天本ちゃんは、江藤の彼女?」
辻さんがストレートな質問をしてきた。こりゃ面倒だな。とっさに俺は言った。
「ええ、そうですけど、なにか?」
辻さんは、残念そうな顔をしてから言った。
「そりゃそうだよな。あんな可愛い娘を放っておく男なんかいるわけないよな」
見かけは可愛いけど、泣き虫で、おこりんぼうな上、とんでもない浪費家ですよ、とは言えず、俺は曖昧に笑った。
「めっちゃ可愛いし、良く気がつくし、江藤は幸せ者だな」
このこの、と小突かれる。痛いっすよ。
それより変な噂がどこから伝わるかわからないから釘を刺しておこう。
俺は言った。
「天本と俺のこと、秘密にしておいてくださいね。学校でも一応秘密なので」
おう、わかった、と辻さんは答えて、じゃあ仕事に戻るわ、といって控え室を出て行く。
「お疲れでーす」
と言いながら入れ替わりに、休憩のためサリーが控え室に入ってくる。
手にはフルーツチョコパフェを抱えている。
「新作だって。試食だよ、試食」
パフェにぱくつきながら、サリーが言い訳がましく言う。
「また太るぞ」
と俺は言って、
ぷうっと頬を膨らませて怒り顔をするサリーを後ろに残して立ち上がった。
さあ仕事、仕事。
家に帰る道すがら、サリーは横を歩く俺を見上げて言った。
「あのね、今日、辻さんから、勇気は私の彼氏か?って聞かれた」
ああ、裏取ってるんだ。辻さん、サリーに結構気があるのかな。それで?
少女はニコニコしながら答えた。
「そうですよ、って答えた!」
やれやれ。俺は言った。
「俺も辻さんにサリーが俺の彼女かって聞かれたから、面倒なのでそうだと言っておいた」
おお!とサリーは満足そうな声をあげる。
なんなんだお前は。まあ、これでやっかいごとは起こらなさそうだ。
俺のスマホにメッセージが入る。佐々木からだ。
うーん、これはだめだな。
「どうかしたの?」
サリーが俺に尋ねる。
俺は答えた。
「佐々木から遊園地行こうって誘いなんだけど、ちょうどバイトの日だからな」
うーん、そか、と、サリーは残念そうな声を出す。
しばらく歩いてから、俺はサリーに言った。
「バイトの無い日に、遊園地に二人で行こうか?」
わあ、いいの?と少女が歓声を上げた。嬉しいな!
俺は少しおどけて言った。
「バイト代も入るし、『彼氏彼女』なんだろ、俺達?!」
少女は顔全体で笑いながら言った。
「うん、『彼氏彼女』だからデートで遊園地に行こう!」
そう言って、サリーは手を繋いできた。
やれやれ、世話の焼ける神様だ。
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