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第83話 リトライ
しおりを挟む「で?」
クリスはいきなりそう尋ねてきた。
もちろん、リンゼイは何を聞かれているのか心当たりがあった。
しかしそれを答えていいものだろうか、いまだに迷っていた。
「アンタの考えそうなことくらいわかるわよ」
「…えと」
「話すべきか否か迷ってるんでしょ」
「…うん」
メアリーの殺害未遂事件の翌日
ここは魔女の城の中にあるリンゼイの研究所みたいな場所だった。
いつもここで交換の魔女、クリスとダベりながら過ごすのが彼女の日課となっていた。
研究と言っても、特に何もすることはない。
観測の魔女である利点を生かして幻覚魔法だったり常識改変魔法だったりの
効果や効力について勉強しているだけだ。
しかし、それを使える魔女自体が魔女の城にはいないので
実際のところは紙の上でいろいろと考えているに過ぎなかった。
ともかく、ここはリンゼイの私室でもあることから
他に誰かにこの会話を聞かれる恐れはなかった。
ケイもクロウも口が軽い方ではない。
それなのにリンゼイがメアリーを殺そうとしたことをクリスが知っていたのは
つまりそういうことなのだろう。
リンゼイは観念して彼女にはすべてを話すことにした。
「これはクロウさんにもケイさんにも内緒だけど…」
「うん、なによ?」
クリスは微笑みながらリンゼイの話を聞いてくれた。
部屋の中をやけに冷たい風が吹き抜けていく。
リンゼイの話を一通り聞いたクリスは神妙な面持ちをしていた。
「なるほど、この世界はこのままだと滅ぶと」
「…信じて」
リンゼイが声を絞り出すように言うと
クリスは彼女の肩に手を置いた。
「こと観測の魔女であるあなたがそう言ってるんでしょ。信じない理由はないわよ」
「クリス…」
リンゼイの目尻がうっすらと濡れた。
「しかし厄介ね。確かに貴方の危惧する通り、クロウさんに話すとか何が原因で
未来が変わるかわからないわけか」
「それに不思議なこともある」
「不思議なこと?」
「なんでこの物語がループしているのか」
「というと?」
「これまでたどってきたいろんな運命。結果は同じだけどその過程はバラバラだった。
デイモンドによる寝取りが原因なこともあるし、トールの闇落ちが原因なこともある。
それだけ理由が違うのに最後には絶対にバーシュ砂漠の爆弾は爆発して
トールは自分の消滅を決定し、メアリーはそれを阻止すべく異世界へ突撃する」
「何かの原因で運命が収束しているのかも…いや、待って」
クリスは何か思いついた顔をしていった。
「メアリーはセーブの魔女なのよね」
「まぁ…そうね、流転の魔女って名乗っているけど」
クリスは壁に掛けてあった黒板にチョークを走らせた。
「それってこういうことなんじゃないかしら」
「…!!」
リンゼイはその黒板の説明を見て驚いた。
なるほど、その考えなら辻褄があう。
「でも…とすると…私は…もう何もできない?」
リンゼイは椅子に崩れ落ちた。
昨晩ケイにメアリー殺害を止められたのももしかしたら
ただの偶然ではなく運命の収束なのかもしれない。
あるいはメアリーが死んでも世界は滅ぶ運命にあるのかもしれない。
「このままループに囚われ続けるのか、ハハ」
リンゼイは自嘲気味に笑った。
ループ期間はトールがこの世界にやってきて消滅を選ぶまで
約7年半といったところか。
どうせ世界が繰り返すならそれを甘んじて受け入れるのも一つの手だった。
この世界は永遠に未来には進まない、それでもなにもなくなり破滅するわけではないのだ。
「方法は一つだけある…」
「え?」
リンゼイは素直にクリスの言葉に驚いた。
「…なに?」
「それは…」
彼女は口ごもった。とても言いにくそう、というか言いたくないといった感じだ。
「教えてよ、それを聞いて考えるから」
これは先ほどの意趣返しだった。
自分が言いたくないことを言ったんだからそっちも言ってくれ。とそういうことである。
別に意趣返しに負けたというわけではないが、クリスは自説を語り始めた。
「あのね―」
………
……
…
クリスはそれを語り終えた。
部屋の中はお互いに言葉を発することなくしんと静まり返っている。
しかし、クリスが考えていることとリンゼイの想いには若干の差異があった。
クリスが語る方法は確かに残酷かもしれない。
ある種の自己犠牲にも近かった。
それでも私にとってはそれは天啓に近かった。
「私、やるわ」
「そう…言い出しておいてなんだけど」
「いいの、これは私がやらないといけないことよ」
「…そう」
こうして、その日の話し合いは幕を閉じた。
―3年後
魔女の城の入り口にはトールとなじみの深い魔女仲間たちが集まっていた。
その中には当然、リンゼイとクリスも混ざっている。
この3年間、彼女たちはトールに一切を伏せて付き合うことにした。
リンゼイは前もって自分たちが仲良しグループになるということを知っていたが
結局この世界でも他の世界と同じように同様の展開となった。
そしてこの日はトールが魔女の城を旅立つ日。
アカシックレコードによるとメアリーが闇落ちしたきっかけの日でもある。
本来はこの日までにどうにかするべきではないかと思った。
しかし、リンゼイはあえてなにもしなかった。
「いよいよだな」
クロウが感慨深そうにそう呟いた。
「そうだ、これやるよ。普段使いできるだろ?」
そういうとケイがトールにプレゼントを渡していた。
「ありがとう」
それを皮切りにみんなが彼女にプレゼントを渡していく。
「……」
リンゼイが静かなことにトールは気が付いたようだった。
「どうしたんだ?リンゼイ」
「ん、これ」
これまでと同じように手作りの人形を渡した。
トールはこの人形をずっと大切にしてくれていた。
グレースと結婚後も店の棚にこの人形が飾られているのを見て
嬉しく思ったのを覚えている。
だが今のリンゼイにとっては昔に渡した人形を再度渡すという行事と成り下がってしまった。
それが少し心に寂しさを感じさせた。
「あぁ、ありがとう。貰うよ」
トールは満面の笑みでそう答えた。
リンゼイがプレゼントを渡したのを見るとクリスが
「私からは普段使い用の服です。魔女は普通の服は着られませんからね
マトリョーシカにいって特別に作ってもらいました」
といって赤い服を彼女にプレゼントした。普段使いにしては派手過ぎる気がするが
クリスはその辺抜けているところがあり仕方がないのだろう。
「あぁ。ありがとう。恩に着るよ」
彼女は屈託のない笑顔でそう答えた。
この世界が壊れたのはこの女にも大きな要因がある。
それは間違いないのだが、彼女自身は善人を絵にかいたような人間なのだ。
ただとてつもなく優柔不断で判断が遅く、運が悪い。
それがあのような悲劇を招いたともいえる。それがなんとも皮肉なものだとリンゼイは感じた。
そして、クロウが思い出したように言った。
「そうだ、これを渡すのを忘れるところだった」
彼女はトールに指輪を手渡した。
「君の魔力は魔力感知スキルを持つものなら一発で見抜ける。
その指輪は君のレベルや魔力を偽装し、別人に変身することができる。」
トールが試しに指輪をひねると前の世界でおなじみの大男の姿に変身した。
「容姿は事前に君の要望を聞いていた通りだよ、気に入ったかな?」
「えぇ、ありがとうございます」
トールの礼に対してセブンスが冗談交じりに言う。
「しかし、わざわざ男にならなくても…」
「まぁ俺の中身は男なんでね」
クロウが確認するように言う。
「それで、これからどうするのかね?」
「そうですね…旅に出たいとは思いますけど、まだいろいろ情報が足りないので
しばらくはカンヌグの町に留まりたいと思ってます」
「なるほど、まぁいい考えだと思う」
二人の会話が終わるとトールは周りを見回した。
「メアリーは…?」
トールの問いにクリスが苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながら答える。
「拗ねているのよ」
すると彼女は残念そうな顔をしながら言った。
「…いないものは仕方ないか」
そういった彼女の顔は本当に残念そうに思えた。
彼女がここで別の対応を取っていたら未来は変わったのだろうか。
私たちがトールに本当のことを伝えるチャンスはいくつもあった。
だけど、私は『あの日』に彼女にすべてを伝えることにしていた。
それは今ではない。
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