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第73話 地方都市

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「コホン」

眼鏡をかけた魔族の女は顔赤らめながら咳払いをした。
ここは魔界にある冒険者ギルドの建物の中だ。
魔界本土に上陸した俺たちは彼女にここに案内された。
彼女はこのギルドの職員だったようで、一回部屋の奥で服を着替えてきたようだ。

「さっきは失礼しました」

「いえ、こちらこそ」

お互いにお決まりの定型文のようなものを述べる。

「しかし驚いたぜぇ、魔界にも冒険者ギルドなんてもんがあるんだな」

デイモンドはそういって興味深そうに建物の中をキョロキョロと見回していた。
さすがに人間界と魔界では作りはだいぶ違う…が
俺は全体的に魔界の建物の様式や内装に見覚えがあった。

そう、現代日本とよく似ているのだ。

もちろん科学が発展してるわけではないし、電灯などは魔道具で代替されている。
日本語が使われているわけでもないしなにからなにまでそっくりというわけではないが
これまでの街並みが中世ヨーロッパ風だったり中東風だったりするところをみると
こうやって街ごと日本風なところに来るのは何とも違和感があるものだ。

「改めまして、私はこのバンベルグの町の冒険者ギルドで受付嬢をしている
タカナシです。よろしくお願いします」

「あぁ、タカナシさん。よろしく」

まさかの名前まで日本風だった。とはいえ目の前の女性は額から角が生えており
髪の色も銀髪っぽい。目の色も赤く、日本人とはかけ離れた容貌をしていたが。

俺がまじまじと観察して自己紹介を忘れていると、後ろからデイモンドがそれを補ってくれた。

「こんちは。俺たちは勇者パーティのもんだ。俺はデイモンド、こいつらはモミジ、セーラ、そしてトールだ」

指をさしながら各々の名前を伝える。

「あぁ、お付きの方ですか。よろしくお願いします」

タカナシさんは悪気がない感じでそう言った。

「お、お付きじゃねー!俺が勇者。こいつらがお付きなの!」

「ふん、私はキサマの付属品ではないがな!」

セーラが妙なところで張り合いを見せる。
それを聞いてタカナシさんはやや困惑気味に俺に聞いてきた。

「? トール様。これは一体どういう」

「あぁ、気にしないで。そのままの意味よ。私は彼の冒険に付き添っているの」

どうやらクロウの協定の話は魔界とはいえ末端までは降りてきていないようだった。
当然といえば当然だろう。

「よくわかりませんが、納得はしておきます。それで本日はどのようなご用件で?」

「えーっと…」

俺は言葉に詰まってしまった。俺は一体どういう立場でここにいるのだろうか。
俺が困っているのを見るとタカナシさんは慌てて手を振りながら言った。

「あ!すみません。案内人のおじいさんいたでしょ。あの人から
魔女を保護したからこちらへ送迎するって連絡を受けて私は待ってたんですよ」

「はい…」

「でも、まさかトール様が魔女狩りから逃げてくるわけもないので…
当然保護されにきたわけじゃないんですよね?」

「それは…まぁ」

これは参った。この世界は魔界だ。人間界の王がプローゼ帝国やアルム聖国にいるように
俺たちが倒すべき相手はこの魔界の王、魔王なのだ。

つまるところ、この女性の所属する組織のトップを今から害しに行こうとしているということだ。
それを馬鹿正直にこの場で述べてメリットがあるとは思えない。
その反面、どうせ魔王討伐のことはすぐに知れ渡るのだから隠し通す意味がないとも思えた。
デイモンドも同じ結論に至ったようで、彼は歯に衣着せぬ言葉でそれを語った。

「俺たちは魔王を討伐しに来た」

デイモンドの率直すぎるセリフにセーラとモミジはぎょっとした顔で彼の顔の方を見る。

「…そう、ですか」

タカナシさんは特に表情を変えることもなくそう言った。

「驚かないのかい?君のボスだろう?」

「それはそうですが、私のような末端職員にはいまいちピンと来ていないというのが実情ですね」

「…。そうなのか?」

デイモンドの不思議そうな反応に対してタカナシさんは言った。

「あー、そうか。人間界には私たちの情報が下りてないからわからないのかもしれませんね」

そういうと彼女は俺の方をちらっと見て話をつづけた。

「魔界は確かに人間界から追いやられた魔族たちがたくさん暮らしています。
基本は私たちのような魔族が生息していて、次に多いのが魔女族。そして人間たち。といった人口比になっています」

「ほぅ、こんなところに住んでいる人間もいるのか」

セーラが悪気なしで感嘆しながらそう言った。現地住民に対して失礼な物言いである。

「まぁ、人間界に住みたくないって人もいますし、そりゃあそう言った人たちに対する差別だのが
ないわけじゃありませんが、それでも人間界で生きるよりマシ。みたいな人がたまに紛れ込んでくるみたいです」

「俺たちですらかなりの手順でやっとバリアを突破したってのに、ただの一般人で魔界に行けるやつがいるのかよ…」

「ほとんどは壁ができるより前にこちらの地域に住んでおり、そのままここに住むことを選んだ者たちの子孫とかですけど
ごくまれに人間界を追いやられた極悪犯罪者とかが海を泳いできたり、モンスターのうようよいる地帯を運よく
潜り抜けてきたりしてこちらまでくることはありますね」

「ま、俺たちは衛兵じゃないから魔界の人間についてはどうでもいいや。結局なにがいいたいんだ?」

デイモンドの問いかけにタカナシさんは慌てて続きを話す。

「おっと、これは失礼しました。要する魔界の王は魔王で、彼がこの魔界を統べているのだから
住民はみな彼を崇拝しているはずだ。…と人間界の方は思ってるんじゃありませんか?」

「違うのか?」

「もちろんそういった信仰心を持つ魔族はそれなりにいます。けどそうじゃない魔族も多いのですよ。
私みたいにね」

「どういうこと?」

モミジが彼女に聞いた。

「つまり、この世界を作り上げたのは結局魔女族なんですよ」

「え?」

これにはモミジだけでなく俺も驚いた。

「不思議なことではないでしょう?トール様。貴方だって
魔女だから好き勝手なことができたんじゃありませんか」

「好き勝手なことって…」

「魔女のルールは私たちも知っています。勇者への肩入れは禁止事項に含まれるはず。
しかし貴方は公然とこうして活動している。私は取り決めなど知らない下っ端ですけど
貴方ほどの凶悪…失敬。強大な魔女が動いているのに上から音沙汰がないということは
予めそういう取り決めが成されてたんじゃないですか」

まったくその通りだった。彼女の慧眼には恐れ入る。

「それで、魔女が世界のルールを作ってるからなんだっていうんだ?」

「人間と魔族が争い合わないように壁を作って取り決めを作り、無駄な死を減らした。
それは魔女がやったことです。だからそこに魔王がなにかしらの影響を及ぼしたわけではないのですよ」

なるほど、末端社員だから雇われ社長がどうなろうとどうでもいい。と、そう言った話のようだった。

「タカナシさんの魔王に対する姿勢はわかった。それで…」

俺はデイモンドの方をちらっと見た。彼もこくりと頷く。

「魔王城へはどうやっていけばいいんだ?この都市景観だ。なにもアクセス手段がないわけじゃないだろう?」

この町の風景は小さな違いはあれど現代日本の地方都市に似ていた。
…ということは『あれ』があるんじゃないかと見当をつけていた。

「まぁ、一番早いのはこれですね」

そういうとタカナシさんは奥の書類棚から三つ折りにされたリーフレットのようなものを
俺たちに見せてくれた。

「なんじゃこりゃ」

「みたことないぞ、こんなもの」

「………?」

デイモンド、セーラ、モミジは三者三様といった反応をする。
そして俺はそのリーフレットを見て俺の見立てが当たっていたことを知った。
そんな俺の内心など知らずにタカナシさんは勝ち誇ったように俺たちに言った。

「これは『電車』と呼ばれる乗り物ですよ」

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