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第71話 彼女は先回りすることにした

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バーシュの町は砂の中へと消えた。

一つ幸いだったことは彼女が『エンタープライズ号』の秘密について
気が付いていなかったことだった。
崩壊した街を背後に彼女は砂漠の上を歩き出した。
そのとき強い風が吹いた。

「やだなぁ。髪が痛んじゃうじゃない」

そういうと彼女…メアリーは髪についた砂をさっと払った。


(さてと、これでお姉さまの後片付けはだいぶ済んだ。
もうそろそろお姉さまはバリアの向こうに行ってる頃合いだろう)


しかし、メアリーは解せなかった。
というかここまで来てもまだトールがなにをしたいのかいまいち理解はできていなかった。
おそらくおままごとをしているのだろうということは予想している。
しかし、トールのレベルがあればバリアなんて余裕で超えられる。
それなのにわざわざ勇者パーティに付き合って三種の神器を集めるのは
率直に言って無駄手間でしかないように感じる。

…そもそもこのバリア、実は魔女には効果がないのだ。


この世界では魔女は迫害の対象となっていた。

トールやケイ、セブンスのような高レベル魔女ならいい。
いくら人間が群れて攻撃してこようと単体でそれを蹴散らすことができる。
アエキジェンヌに至っては人間の町を支配するまでに至っていた。

だからこそというわけではないが、幼児や子供の魔女。低レベル魔女は
その分のヘイトを買って迫害の対象となっていた。
それだけではない。この世界にある『レベル』『経験値』という概念。
魔女を殺すことでレベルが大幅に上がる。しかし高レベル魔女に勝てるわけがない。
汚い人間たちが低レベルの子供魔女を殺害しようと目論むのはごく自然なことであった。

クロウはこの事態を憂慮していた。

彼女は目に留まった魔女はなるべく保護するようにしていた。
しかし、それだけですべての魔女を助けられるわけではない。

彼女は考えた。

魔女にとっての楽園。安全な場所が必要であると。


それこそがバリアの本当の意味だった。
実際のところ、海に隔てられたバリアは突破するのは至難の業だ。
しかし、ここさえ突破出来たら魔界には彼女たちにとって安息の町を
用意することができた。
これは人間界には一切知られておらずに魔界、それもごく一部の者しか知らないことだった。


しかし、トールもメアリーもそんなことは一切認知していなかった。

「バリアを突破したってことはお姉さまの旅も終わりが近い…ということですわね」

メアリーは考える。

この世界はドーナツ状の地形をしている。
ちょうどアルファベットのCを逆にしたような地形だ。

だからこそ、実は魔王城と魔女の城の距離はそれほど離れていない。
勇者があえて回り道をしてバリアを解除したうえで魔界に突入したのは
ひとえに、途中に迷いの森、そして魔女の城が存在するからだ。

それだけ高レベル魔女の住処である魔女の城は人間界で警戒されていたともいえる。
そりゃ魔王のレベルが1000前後、クロウのレベルも同じく1000前後
ただし魔女の城には同レベルの凶悪な魔女がウロチョロしており
迷いの森のケイに至っては悪意のあるものを無慈悲に抹殺することで知られている。

ならば、遠回りしてでもバリアを突破したほうが望みがあるというのが人間界の考えであった。

実際、人間界・魔界・魔女たちの三者で魔女による不可侵条約のようなものが結ばれているのだから
魔女の森を突っ走らなければ、挟み撃ちで攻められることはないという計算もある。

「………」

メアリーは指にはめられた指輪を撫でた。
もちろん、それで何か起きるでもない。
彼女はもう一般人に擬態するということはしていないのだから当然である。

「なんか、やだな」

メアリーは思った。

(このままいくとお姉さまは魔王と対峙する。その時お姉さまがどういう対応をとるのかはわからない。
勇者ごっこをして魔王を倒す可能性もあるし、勇者パーティが無様に死ぬ様を観察するために
このようなおままごとを続けているのかもしれない…)

彼女はため息をついた。

(でも、もし魔王とお姉さまが真剣な戦いに興じるとすれば…。それって二人の間に
絆が生まれるってことじゃないだろうか?殺し殺される関係。それはもはや愛に近い。
見ず知らずのオッサンとお姉さまがそんな関係になるのは嫌だ…!)

メアリーは知らず知らずのうちに唇をかみしめていた。

「絶対に阻止しないと…!」

今彼女がいるのはバーシュ砂漠だ。
彼女には二通りの『道』がある。

彼女がこれまでにお片付けしてきた順路を逆走して、カンヌグの町から魔女の城まで戻り
魔女の城から魔王城へ向かって、魔王の代わりに彼女がお姉さまと『愛し合う』というパターン

もしくは、このままバリアを突破したうえで
勇者パーティが途中の町で時間を浪費するだろうことを計算して
魔界を東の方角へ爆走して先に魔王城へ向かうというパターン。

「……」

考えるまでもない。
メアリーは黙ってカンモンの町の方角を目指した。




―そのころ、バーシュ砂漠の外れ。

「ふぅ、ふぅ」

一人の男が汗を垂らしながら砂丘を登っていた。

「この砂漠を準備もなく踏破するのは無謀だな」

男は自嘲気味にそう呟いた。
しかし、彼にはそうせざるを得ない理由があった。

「国王は殺され、街は完全に崩壊してしまった。あの魔女のせいで…」

垂れてくる汗をぬぐう。
バーシュ砂漠にはサンドワームなるモンスターも生息している。
本来なら学者が一人で飛び込んでいい場所ではなかった。

そう、男の名はハワード。ハワード博士だった。

彼はメアリーの襲撃から間一髪逃れて町の外まで逃げてきたのだ。
しかし悪いことにここはバーシュ砂漠のど真ん中。
準備不足で踏破できるほど甘くはない。
それはこの砂漠で長年研究している彼が一番よくわかっていた。

「ここがワシの墓場になるかもな」

学者として研究対象の中で死ねるのはある意味幸運なことかもしれなかったが
それでも彼はまだまだ生きていたかった。

「このままじゃ日が落ちる…氷点下まで気温が下がるこの砂漠で
何の準備もしてないのは無謀どころか自殺行為だ」

いよいよ自分の命運が尽きかけている。
そう覚悟して瞼を閉じた。それが気力が尽きる合図になったのか
彼はそのまま意識を失ってしまった。



「………」

暗闇…
それは単純に瞼を閉じていたから前が見えなかっただけだった。
ゆっくりと瞼を開く。
彼は何が何だか全くわかっていなかった。
しかし、瞼を開くのと同時に脳の中に記憶がよみがえってくる。

「…!」

バッ

彼は勢いよく飛び起きた。

「ここは?」

そこは砂の上などではなかった。
温かい家の中。ご丁寧に毛布まで被せてもらっている。

「…ワシは助かったのか?」

そう呟くと

「目が…覚めたんですね」

ドアの向こうから声がした。どうやらハワードに声をかけているようだった。

「あ、あぁ。助けてくれたのかい?ありがとう」

ハワードは声の主に感謝を伝える。

「構いませんよ……それに…まだどうなるかはわかりませんし…」

ドアの向こうの声。若い女の子の声のようだがボソボソ喋っており聞き取りづらい。

「あの…」

「あぁ、ごめんなさい」

そういうと声の主はドアを開けて入ってきた。
両手にカップを持っており扉を開けるのに手こずっていたようだ。
改めて彼女の顔を見てみるが、ハワードはその顔に心当たりはなかった。

「スープ…温めた。飲む?」

少女は彼にカップに入ったスープを差し出した。

「あぁ、ありがたく頂戴するよ」

彼はそれを受け取った。
彼女はもう一方の手に持っていたスープをスプーンでかき混ぜている。

「それで…君は一体誰だい?ワシは…いや、世界はどうなってるんだ?」

「そこに気が付くとはさすが学者ですね」

「…?ワシは名乗ったかな」

「いえ、私と貴方が会うのはこれが初めて…でも、もう何回も会っている
そうでしょ?ハワード博士」

「二律背反かね?」

「まぁ似たようなものです…」

そう言いながら観測の魔女、リンゼイは手に持っているスープを啜った。
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