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第68話 爆発

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フラット国王はまさしく『苦虫を嚙み潰したような顔』をしていた。


暗黒教団の襲撃を退けた俺たちはバーシュ王国の市街に戻り
宿で一夜を過ごした後、報告のために王城に向かった。
ハワード博士も同行している。


「それは…まことなのか?」

「それは…その」

フラット国王の問いかけに対してハワード博士は助けを求めるように
こちらを見てきた。この件についてなにか隠すことは無駄だろう。

「ええ、すべて本当のことです」

「我が国の領土にそんな大型爆弾が…」

「………」

王の悲痛な顔に対して俺たちは何も言うことができなかった。
…デイモンドを除いて

「そんじゃま、依頼は達成したんで約束のモン貰ってくぜ!」

「え?あ、あぁ」

国王は近くにいた配下に目配せすると、配下は仰々しく
豪華絢爛に飾られた台座に金色の鍵をのせて運んできた。

「ほれ、持っていくがよいぞ」

「ありがとYO!」

デイモンドは台座からひょいとカギをつまんで取った。
なかなかに不敬な動きではあるが、国王はそんなことを気にしている余裕はないようだった。

「…その、なんだ、えんたーぷらいずだったか?他国に捨てることはできんのか?」

「魔女の力によるものもありますがバーシュ砂漠の『老朽化を遅らせる』特徴と
ダブルで発動することでやっと今の状態を保っているものだと思われます。
他国に移せば、その国が滅ぶのはもちろんのこと、バーシュ王国とて無傷では済みません」

ハワード博士の熱弁に俺は補足を入れた。

「無傷で済まないどころか、おそらくこの世界のすべてが真っ黒こげになるでしょうね」

「…なぜそんなことがわかるんだ?」

「…これは私の故郷の話です」

俺は一息入れてから話し始めた。これは日本人でないと話せないことだと思った。

「同じような大型爆弾が使われたことがあります。爆心地にいた人たちはどうなったと思いますか?」

「…そりゃ、死んだのだろう?」

「えぇ、爆弾の近くにいた人は跡形もなく消し飛びました。肉片すら残らないほどにね」

「そりゃいくらなんでも大げさだろう」

国王は引きつった笑いをするが、俺は黙って首を左右に振った。

「それだけ大きな爆弾なのだから、それから80年間同じ爆弾を戦争で敵国に使った馬鹿は
他にはいません」

「………」

「この爆弾はその出来事よりさらに後の時代に作られたものです。私は専門家ではありませんが
大昔に専門家がこの爆弾について鑑定したようなのです」

「ジェタイの戦士か」

「ご明察のとおりです」

「ふーむ」

フラット国王は頭を抱えるようにうつむいてしまった。

「まぁ今の状態を維持できれば爆発は起きないのだからこのまま現状維持するのが
最良の手かと」

「…わかった。しかし魔女の手を借りないと世界を維持できないなんて…どうしたものか」

「もともとこの世界はかなり不安定な状態で成り立っています。もしおかしな高レベル魔女が
世界を滅ぼそうとしたら、それだけでこの世界は終わってしまう」

「殺戮魔女のことか?」

フラット国王は悪気なしでそう聞いた。彼は俺が殺戮魔女と呼ばれていることを知らない。

「…まぁ、そうかもしれませんね」

俺は思わず苦笑しながら答えた。
ハワード博士は昨日の暗黒教団とのやりとりを聞いているので
俺が『殺戮魔女』と呼ばれていることを知っている。
それだけに俺がどんな反応をするか横目で伺ってきたが
とりあえずは俺が怒り狂って王城を破壊したりしないと知ってほっとしたようだった。

「ま、私たちは約束を果たしてそちらも報酬を渡した。これでおしまいだ」

セーラが会話を打ち切るように言う。まぁ彼女の言う通りだ。
ここから先は政治の話だ。俺たちのような現場に出る人間が関わるようなことではない。

「それもそうだな。調査ご苦労だった」

「まぁいいってことよ」

「この世界に平和をもたらしてくれることを期待するぞ勇者デイモンド」

「任せてくれ」

デイモンドは自分の胸をぽんと叩いた。


こうして王との謁見は終了した。



ここから最後の町カンモンまではまたバーシュ砂漠を抜けていかなくてはいけない。
前回は南から北上するように街へ向かっていたが、今回は町から西へ向かうことになる。
町まではまだまだ距離はあるものの、砂漠地帯は前回より短いはずなので
そこまできつい旅になることはないだろう。

それでも砂漠を抜けるたびになることには変わらないので
俺たちはさらに宿で一泊して英気を養った後、翌日の朝にバーシュ王国を出発することにした。

今回もハワード博士に案内人を頼むことにした。
彼は異世界語が読める俺が国から離れることを惜しんでいるようだった。

「この旅が終わったらまたこの国に来てくれないか!?いや、アルム聖国の大学で高ポジションを
用意するからぜひそこに来てくれ!!」

「…か、考えておきますよ」

修士号も博士号も持ってない俺が大学で教鞭をとるのは気が進まない。
いや、別に教授として学生を教えてくれと言われているわけではないが
それに近いようなことなのだろうと推測できた。

それに旅が終わったらグレースとお店を再開しないといけない。
今頃彼女は何をしているのだろうか。

俺は左手にはめられた結婚指輪をそっと撫でた。
もちろん何も起こるはずがない。

この指輪は指輪の魔女メビウスの特注品だ。
二人が物理的に近くにいるときに指輪を撫でると光り輝くのだ。
気の利いた指輪である。

その指輪も今はしんと静まり返ったままである。
グレースが近くにいないのだから当然であろう。

オスカーの町ではバーグ君と再会することができた。
それにこの旅でいろんな経験をすることができた。

いよいよ魔界と人間界を隔てるバリアを突破するアイテムを
すべて集めきった。
旅も終盤戦…ということになるのだろうか。
思えばいろんなことがあったものだ。



そして、砂漠を抜けて俺たちはハワード博士に報酬を支払って別れ
再び元の砂利道をたどっていく旅に戻ることになった。

セーラとモミジ、そしてデイモンドは雑談をしながら俺の前を歩いている。
俺は彼らの後ろをいろいろ考えながらぼんやりと歩いていた。


バリアはカンモンの町でさらに船で飛び地のようなところに渡る必要がある。
管轄的にはカンモンの町なのだが、ガンリューという離れ小島があり
ちょうどそこを二分するようにバリアが敷かれているのだ。

つまるところ、俺たちがバリアを突破しようと思ったら
カンモンの町で船をチャーターしてガンリュー島に向かい
そこでバリア突破の儀式を行って魔界へ突入すること言うことになる。

魔界については俺もまったく情報を知らなかった。
さすがに人間が生息できないような瘴気が蔓延しているということはないだろうが
どういう生態系でどういう文化を形成しているのか。
人間界の方はいわば中世ヨーロッパ的な世界観に近い部分があった。
しかし魔界が同じような文化を継承しているとは限らないのだ。

と、同時に懸念していることもあった。
俺はバレないように前を歩く3人をちらっと見つめる。

俺の役割はヒーラー、回復役。そして支援魔法。補助役だ。
それが俺が旅に同行する条件ということでクロウが課した条件であり
魔界と人間界で了承されたルールだ。

「………」

ゲームとかだと魔界に入ったとたんに高レベルのモンスターがわらわらと
襲い掛かってきたりするものだ。
そうでなくても最終目標はレベル1000越えの魔王なのだ。
あれからいくつもの経験を経て勇者パーティもみんなレベル500前後にまで成長した。

概ねの指標でいうなら人間で武闘の達人と言われる人物でレベル100前後
魔族で幹部だのエリートだのいわれる連中でレベル150前後

強いことは強い。
それでも…もしものことがないほど安心なパーティとは言えない。
レベル500が3人でレベル1000に挑むのだ。

もちろん、戦闘不能になったら3人を抱えて戦場外まで離脱するつもりだった。
それは彼らに伝えたら不服だろうし怒るだろうから伝えてはいないが
補助役として瀕死のパーティを連れて離脱するくらいのことはルール違反にはならないだろう。

…だが、もしも。

離脱するような余裕もないほど瞬殺されてしまったら?

俺は目の前で仲間を失うことになる。

それに俺は耐えられるのだろうか。


ふと、脳裏に会社員時代の桐生先輩の笑顔が思い浮かんだ。

「ふふ…」

なんでこんなときに妻のグレースじゃなくて先輩の顔が思い浮かぶんだと自嘲気味に笑う。

「どうかしましたか?」

桐生先輩にそっくりな顔のモミジが俺が笑ったことに気が付いて後ろを振り向いていた。

「いや、なんでもない」

俺はそう誤魔化した。いよいよ旅も終盤に近いのかもしれなかった。
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