殺戮魔女と閉じた世界のお話

朝霧十一

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第49話 登山準備

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大広間はやはり豪華な外観と比例するように煌びやかな内装をしていた。
大きなシャンデリア、高そうな絨毯、調度品もいちいち気取った感じのものが置かれている。

だが、なぜかこの部屋からは温かみのようなものは感じ取れなかった。
確かに立派な部屋なのだが、どこかモデルハウスのような虚無感を感じてしまう。
しっかりと照明も灯っているのだがどこか薄暗く冷たい感じがした。
もちろんそれはただの感覚であって実際に冷房器具もないのに温度が
低下しているとかそういうわけではないのだが。

だからこそなのかもしれない。
これだけ大の大人がドッタンバッタン大騒ぎしていたというのに
平気な顔をしてティータイムを過ごしていた目の前の少女が
どこか化け物じみた『異分子』のように見えてしまった。

「それで、説明してくれるかしら?」

少女、ジュネーリアはほとんど感情をのせない口調でそう言った。
それは悪の組織の本部にいる人間の言葉とは思えなかった。
しかし、少女と俺たちとの間で持ってる情報に差があるのかもしれない。
実際、事前の情報では少女は闇の商売には関わっていないと言われていたのに
本人はここでティータイムを楽しんでいるのだ。何の関係もないわけがなかった。

俺は特に隠すようなことでもないので単刀直入に聞いた。

「俺たちはバーグ君を探しているんだ。心当たりがない…わけはないよな?」

カマかけだが、実際彼女の父親が動いてる案件で彼女が何も知らないとは思えなかった。
俺は彼女の顔をじっと眺める。少しだけ眉がぴくりと動いたような気がした。

「おいおい、こんな少女に何ができるっていうんだ?」

デイモンドがしょうもない擁護を入れた。
この野郎、このタイミングでそんなこと言ったら彼女が同調するだろうが!
こいつ女ならなんでもいいのだろうか。
俺はデイモンドの横やりを完全に無視してジュネーリアに問いかけを続けた。

「なぁ、俺はお前はカタギの店をやってると聞いている。なのにこんな犯罪紛いのこと―」

俺が言い終わる前に彼女は被せるように言った。

「メルケルの花」

「ん?」

「今度私が作るケーキ、材料でメルケルの花が必要なの」

俺はモミジの方に視線をやった。
彼女は軽く頷くと内容のフォローをしてくれた。

「メルケルの花はこの時期にポーテム山に咲く花の名前。花ではあるけど
すりおろしてケーキの生地に混ぜ込むことでおいしさを引き立たせることができる
ある種の『高級食材』」

「ふーん、なるほどね。それがなんだっていうんだ?」

正直、子供のころからRPGゲームに慣れ親しんでいる俺としては
このあとでどういう展開が来るのか薄々予想はしていたが
あえて彼女にそれを聞いてみた。

「メルケルの花をとってきてくれたら、バーグの居場所を教えてもいいわ」

はたして彼女は予想通りのセリフを吐いた。
ジュネ―リアは自分の髪の毛を人差し指でくるくるさせながらそう言った。
そのサマは憎たらしいクソガキとでもいった感じか。

「なんだぁ、クソガキぃ、ここで指切り落としてテメェが吐くまで
根比べしてもいいんだぞぉ?」

セーラがジュネーリア相手に凄む。子供相手に大人げないともいえるが
残念ながら今回はほかの人の命もかかっている。多少の乱暴は仕方あるまい。

しかしセーラの脅しに対しても彼女は怯むことなく

「私に危害を加えたら彼が永遠に見つからないことになるかもしれないわよ?」

とのたまった。なかなか強心臓をしているなと敵ながら少し感心してしまった。

「とりあえず聞くが、バーグ君の現在の状況について君は把握してるのか?」

俺の問いかけにジュネーリアは答える。

「もちろん、把握してるに決まってるじゃない」

「じゃあ無事ということでいいんだな」

「今のところはね、今後どうなるかは貴方次第よ」

そういった彼女の言葉にセーラは

「しゃらくせぇな。ぶっ飛ばして吐かせようぜ。そっちの方が早い」

と鞘に納めていた剣を再び抜刀する。

「………」

ジュネーリアは相変わらず黙ったままだった。
平静を装っているのか本当に何も感じていないのかいまいち読み取れない。

と、そのときモミジが言った。

「まぁいいんじゃない?私たちの目的もポーテム山に登ることなんだから
そのついでで採取したものを彼女に渡す、と考えればそこまで非効率なわけでもないし」

この手の犯罪組織が人質をとって要求したことだ。
このあと要求がエスカレートすることだって考えられる。
もしくは依頼内容的に時間稼ぎのためのニセミッションかもしれない。
でもモミジだってそれは百も承知なはずだ。
それを踏まえてこういうことを言うということは彼女にも何か考えがあるのかもしれない。
ここはモミジの言い分にいったん従ったほうがよさそうだ。

「わかった…ジュネーリア君だったかな。バーグ君のこと、よろしく頼むよ」

俺がそういうと

「言われなくても…わかってるわよ…」

そう言いながら彼女はどこか拗ねたような顔をして俺たちから視線を逸らせた。
ここに来てからずっと平静な顔をしていたので、彼女が感情を露わにしたのは
この時が初めてだろう。とにかく、今は彼女の言う『メルケルの花』を入手するほかなかった。

「メルケルの花の生息地は知ってるよね?山に登るための準備を整えたいんだが…」

デイモンドがわざとらしくニヤニヤ笑いながらそう言った。

「わかってるわよ、さすがに装備一式程度はこちらで用意するわ」

なるほど、うまい手段だ。こうやって経費削減をしていくわけか。

こうして俺たちはポーテム山に登る装備一式を入手すると屋敷をあとにした。


…屋敷から去る際にボロボロの黒服護衛達が視線で人を切りつけられるんじゃないかと
思うくらい睨んできた。俺は少し肩身の狭い思いでそれを見ないようにしながら出て行ったが
一緒にいたデイモンドたちはまったく気にも留めていない感じだった。
これが修羅場をくぐってきた数の差ということか。


その後、宿で一泊して俺たちは体力を回復させた。
翌朝、宿の1階で朝食をとりながらポーテム山の天候を確認する。
冬眠しているドラゴンから『銀のドアノブ』を入手しなくてはいけないとはいえ
さすがに猛吹雪の中、登山を行うような自殺行為はしたくなかった。
幸いなことにこの日は山の方もほぼ晴天ということで山を登るのに適した気候のようだ。

もっとも山の天気は変わりやすいという。実際に登っている最中にどう天気が変わるかわからない。
万一に備えた万全の装備が必要だったのだが、なぜかジュネーリアが俺たちに渡してくれた装備は
その辺の一式も完備したものだった。

…というか、もしかしたらこの装備は俺たちではなく別の人が使う用だったのかもしれないとすら思った。
それだけ気合の入った装備なのだ。

「よし、出発前に再度おさらいしておくぞ」

デイモンドが机の上で地図を広げながらそう言った。

「ポーテム山は標高はそれほど高くないが、今の時期は雪が積もっている。いわゆる『雪山』だ。
本来は冬の登山はベテラン勢が行うものだが、今回俺たちはこの時期に登山をしないといけない理由がある。
すなわち、ポーテム山に棲むドラゴンが冬眠している間に彼らが守護する『銀のドアノブ』を奪わないといけない。
ドラゴンはレベル1000だの2000だのの高レベルモンスターの可能性が高くまともに戦うわけにはいかない」

デイモンドのセリフにセーラが複雑そうな顔をして頷いた。
彼は話を続ける。

「このミッションの最中にサイドミッション?とでもいうのかな、ポーテム山にこの時期に咲く
『メルケルの花』を採取する必要がある。冬の雪山という厳しい環境下で咲く花だ。
取りに行く条件こそ厳しいが、見つけるのは簡単らしい。マフィアの連中が次にどう出るかわからないが
とりあえず花をみつけることで相手の様子をうかがうことにする」

俺はその言葉に頷いた。

「最後に…ポーテム山は霊山だ。治癒魔法(ヒール)もバフ・デバフ魔法も、また魔法アイテムの類も一切無効化される」

「アイテムまで…強力なアイテムや高レベルの魔法なら使えたりするのかな?」

俺は何の気なしに確認してみた。

「いや。俺たち人間がどうあがいても空を飛べないように、ポーテム山で魔法が使えないのは魔法磁場の影響だ。
だからレベルは関係なく一律につかえない」

なるほど、地球でどれだけ筋トレしようが重力を無視して空を飛べるようにはならないのと同じ理屈か。

「本来は魔導士のモミジと治癒士のトールはこのミッションに随行すべきではないと思うが
幸い、ポーテム山はドラゴンの住処なだけあって中途半端な魔物は一切生息していない。
つまりこのミッションで大変なのはバレずに龍の住処から銀のドアノブを盗むこと。これにつきる。
それを考えると戦闘場面は全くないことが想定されるし、逆に戦闘になったら俺たちはピンチだ。
そういう意味でも、戦闘を避けるために人手が必要だ。だから一緒についてきてもらいたい」

「あぁ。もちろんだ」

ここまできて俺だけお留守番でもないだろう。

「よーし、みんな、気合はいいか」

デイモンドは前に拳を突き出した。俺たちもそこに拳をつき合わせる。

「オー!!」

俺たちは自分に気合を入れる掛け声をあげた後、ポーテム山に向けて出発した。
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