殺戮魔女と閉じた世界のお話

朝霧十一

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第37話 訪問者

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夜になった。


魔女の森を囲う迷いの森も日本の森と同様に
夜を迎えると静かになり、虫の音や動物の遠吠えなどが聞こえる程度だ。

「待たせたね」

クロウが城に戻ってきたということで、トールは彼女の部屋で
二人で話をすることにした。
すでに夜更けということもあってランタンの炎だけが灯った
薄暗い部屋でクロウは自分の執務机の腰掛けた。
トールはそれに向き合うようにイスを持ってくるとそこに座った。

「実は相談したいことがあって…」

「ま。私もこういう役割をしているからね。大体何を言いたいかは想像がつくよ」

「……そうですか」

トールが筋を通しておかないといけない相手、それこそこのクロウだった。

「魔女にはルールが存在する」

・魔女同士の殺し合いは禁止
・各勢力のパワーバランスが崩れる肩入れは禁止

これが以前トールがクロウから聞いていたこの世界のルールだ。すなわち―

「俺は今から勇者パーティに入って治癒士として世界中を旅したいと考えています」

「ふむ」

「俺がパーティに加入して魔族や魔王討伐に加担するのはルール違反になるんでしょうか?」

問題はそこだった。
クロウやセブンス曰く、トールのレベルだと単体でもこの世界で無双できるレベルだそうだ。
魔王がレベル1000前後なのに対してトールはレベル9万を超えているのだから当然といえば当然である。

「まぁ、君が積極的に討伐に手を貸したらルール違反ということになるだろうね」

「……そうですか。では諦めたほうがいいですね」

「まちたまえ」

クロウはトールの早とちりを手で制した。

「飽くまで『積極的に』手を貸したら、だ。治癒士として補助に入ること自体はセーフだと
私は考えているよ」

「そうなんですか?」

「私が今日なんで不在にしてたと思うんだい?ちゃんとその辺の根回しはしてあるさ」

どうやらクロウは関係各所に治癒士としてならOKという合意をもらいに行っていたようだ。
とはいってもそもそも、クロウ自体がこの世界ではかなり脅威な存在である。
魔族、人間、魔女で結んだ協定など実際は魔女が強引にごり押ししたようなものなのだ。

「だから、君は安心して旅に出るといい」

「ありがとうございます」

ここまでお膳立てされてやっぱり旅に出ないという選択肢はなかった。
クロウのお墨付きを経ることでトールの覚悟も決まった。

「ただ、くれぐれも注意してくれ。君が勇者パーティに随行できるのは
治癒士としてフォローに回るという前提があるからだ。
そりゃ世界中の危険な場所を旅することになるのだから
攻撃を一切禁じるとは言わん。けど、飽くまで世界の均衡を
崩さない程度の攻撃しか認められてないからな」

「世界の均衡を崩さない程度…っていうと?」

「まぁ町の2つや3つ、小さな国1つくらいなら潰してもいいが
大量の国家を破壊したり何百万人の人や魔族を殺すはアウト…って感じかな」

トールは苦笑した。
わざわざ念を押すくらいだからよほど厳しい制限が課されるのではないかと覚悟していたが
町を2~3個壊すなんてこと自分にとってはありえないことだと思っていた。

「まぁ、君にとってはおままごとのように感じるかもしれないけど
それくらいのデメリットは飲んでくれ」

クロウは笑いながらそういいながらガラスのグラスを取り出してワインを注いだ。
それをトールの目の前に差し出す。

「ありがとうございます」

「なーに、私たちの人生は長い……気が遠くなるほどにな
君は強いが魔女としての経験は私たちよりは浅い。今のうちにいろいろ楽しんでおくといい」

クロウは遠い目をしながら言った。

「ほんとにさ、最初のころは不老不死とか長寿とかで喜ぶもんだけどさ
どんどん、感性とか感覚が死んでいく。そんな感じがするんだよ」

トールは黙ってワインを飲みながら彼女の話を聞いた。

「今となってはわからないけど、最初のころは私も君みたいに
人間らしい感性を持っていたと思う。でも100年200年ならともかく500年も1000年も生きていると
いよいよ感受性がぶっ壊れてくる。自分で意識してそれを確立するようにしないと
ある意味、錯乱状態に近い精神になってくるものさ」

おそらく自己の経験談なのだろう。クロウは遠い目をしながらそう言った。
魔女の中でもクロウがまともそうに見えるのも彼女が意識的にそうしているのだろう。

「君はそうならないことを祈るよ」

そういうと、クロウは自分のグラスにもワインを注いでそれを一気に飲み干した。




―同じころ、カンヌグの街『ドラゴンステーキ レア』の店

住居兼店舗になっているこの店で、グレースは就寝しようと準備をしているところだった。
明日には料理人の子が店に来てくれる。まだ面接の際に1回会った程度であって
彼女がどういった人となりをしているかグレースは把握していなかった。
ただ、実際に料理している現場を見せてもらうと、この店で働いてもらうには十分な
スキルを持っていることが分かった。

彼女を雇うことができたのも父の代では店を回して税金を払い自分たちが食っていくので
精一杯だったところ、トールが店に来てくれたおかげで高級ドラゴンをどんどん討伐して
店のメニューとして提供することができたので、店の資金にゆとりができたからである。
そのトールが旅にでるのだから今までのようなやり方はできない。
つまり、料理人を雇ったからと言って従前のやり方で店を回していたらいつか資金が
尽きることは明白だった。

グレースは厨房の大かまどを手でなぞった。
このかまどは肉を高火力で焼いたり大きめの肉を焼いたりするのに使う。
結婚祝いということでセブンスなど結婚式に来てくれていたお客さんたちで
お金を出し合って買ってくれたものだった。
いわば、グレースとトールとの新しい生活の象徴ともいえるかまどだ。


トントン

そのとき、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
お店の部分ではなく、住居部分に通じるドアのほうだ。
グレースは扉の方へと歩いて行った。

防犯のため、ドアは開けずに中から外に声をかけてみる。

「はい?どちら様ですか?」

少しの間を置いて、ドアの向こうから返事が返ってきた。

「俺だよ、俺。わかるだろ」

わからなかった。だがなんとなく不快感のある声だとグレースは感じた。

「いえ、どちらさまです?」

「俺だよ!勇者デイモンドだ!!」

声の主はイラついたようにそう怒鳴った。

「それで、何か御用で?」

「とにかく中に入れてくれないか?」

グレースは迷った。だが相手が素性がハッキリしてる人なら危険はないだろう。
ドアの施錠を外してデイモンドを家の中に招き入れる。

「いやぁ、すまないね」

「いえ、それで」

グレースはこの男が嫌いだった。早く要件を聞いてしまおう。そう思った。

「なんのよ―」

グレースが言い終わる前にデイモンドは彼女の腰に手を回してきた。

「おいおい、こんな夜更けに男と女が二人きり、用事なんて言わなくてもわかるだろぅ?」

デイモンドはねっとりとした気色悪い声でグレースにそう言った。
彼はトールがしばらく家をあけることを知っていた。これはチャンスだと思ったのだ。

しかし

「やめろ」

グレースは思いっきりデイモンドの股間を蹴り上げると、よろける彼に平手打ちして
距離をとった。

「ふぐぅ!!」

デイモンドは高レベル勇者だ。村人の攻撃程度でダメージが通るわけもなかったが
それでもグレースに距離をとられるのには十分だった。

「なにしやがる!」

「私は人妻だよ?アンタなにかんがえてんだい!!」

「うっせぇ!俺は勇者だぞ!!俺に逆らうってことは王様に逆らうってことだ!!」

「で?」

「……で??だと」

グレースに冷静にそう返されたデイモンドはたじろいだ。

「じゃあ王様にお願いしてくるこったね。既婚者の村人の股を開かせたいんで命令してくださいってな!!」

グレースが大きい声でデイモンドに怒鳴りつけるように言った。
実際、グレースは王国の指示系統がどうなってるかは知らなかったが
デイモンドが好き勝手しているのは彼の独断ではないかと考えていた。

「くそぅ…」

デイモンドは少し考えるようなそぶりを見せると

「てめぇみたいなアバズレこっちがお断りだよ!」

そういって家から出て行こうとした。
最後に捨て台詞のように

「おい!このことは旦那にいうんじゃねーぞ!お前もあいつの旅の邪魔をしたくないだろ!!」

というと、グレースの返事を待たずにそのまま去っていった。
デイモンドが出ていくと、グレースは即座にドアを閉めて鍵を閉めた。
もちろん、相手は勇者なのだからこんな扉ごときすぐに破れるだろう。
それでもやらないよりはましである。

ドアを閉めたグレースは扉に背を預けるとそのままズルズルとへたり込んだ。



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