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第27話 目撃
しおりを挟む「ちょっと夜風にあたってくるよ」
グレースの旦那であるトールはそういうと上着を羽織って
家の外へと出て行った。
グレースはこの不可解な行動を見逃すほど愚鈍な女ではなかった。
彼にばれないように彼女も上着を羽織ると、バレないようにあとをつけた。
(もしや浮気か?)
トールは彼女の目から見てもいわゆる『イケメン』の部類に入る。
また、彼は自分の過去のことについてほとんどグレースに話をしていなかった。
もしかしたら、元カノが会いに来てるのかもしれない。
(もし馬鹿女と密会してたらボコボコにしてやる!)
内心、マグマのような闘志を抱えつつも「やはり間違いであってほしい」という
相反した感情が彼女の心をグチャグチャにかき乱していた。
トールの後をつけていると、何のことはない
彼は住居兼店舗の裏手にある井戸のほうへとやってきただけだった。
(夜風にあたるってのは本当のことだったのか…?)
そう思ってると、トールは井戸の縁に誰かが座っているのを見つけた。
バレないように壁に隠れてそのサマを観察する。
月明りの逆光でよく見えないが
その人物は銀髪のショートカットでスーツをしっかりと着こなしていた。
月明かりのせいか、なんだかこの世のものではないような神秘性すら感じてしまう。
見た目はただの美人なお姉さんといった感じだが
本能がそれだけではないなにかをグレースに告げていた。
グレースがまじまじと彼女の品定めをしていると、振り向きざまに彼女と
視線が交わってしまった。
(ヤバ!目が合った!)
だが女は憤ることも焦ることもせずに「ふっ」と笑うと
トールに何かを話しかけ始めた。
グレースのいる場所からでは距離が遠くてなにを話しているのか
断片的にしか聞こえなかった。
しかし、トールはなぜ一般人であるグレースの尾行にも気付かず
また隠れて様子をうかがっていることもわからなかったのだろうか。
実際のところ、これはトールの弱点の一つでもあった。
戦闘経験を積んだり場数をこなしている魔女、魔女でなくても傭兵や冒険者は
視線や敵意に敏感に反応できるものだ。
だからこそ、銀髪の女、クロウはグレースが壁からこっそりのぞき込んでいることに
すぐに気付くことができた。そして彼女はあえてトールにそれは伝えなかった。
逆にトールは魔法による探知能力は高レベル魔女らしくかなり広範囲で高精度のものを使うことができた。
だが、それは飽くまで「魔法を使おう!」と認識して自分から繰り出さない限りは探知ができない。
彼は戦闘経験も場数も乏しい。その人生経験の差から彼がグレースの存在に気が付かなかったのも
自然なことだった。
しかし、残念ながら彼が今後、視線や敵意に対して敏感になることはない。
なぜか?
それは、トールは相手が敵意をもって行動を始めてから対処しても十分対処できるからである。
敵意や視線に気を配るのはそれによって急襲されたり罠にハメられたりすることを警戒するためだ。
だがトールはそもそも攻撃されようが罠にハメられようが強引に場をひっくり返るだけの
力を持っていた。だからそんな彼がわずかな視線や違和感に気付くことはない。
通常の高レベル魔女は、最初から高レベルだったわけではなく
それなりの下積みを経てやっとその域までたどり着く。
だがそれをすっ飛ばしているトールは、レベルと行動がちぐはぐになってしまうのだ。
そういうわけで、グレースはクロウには気付かれつつも
トールには気付かれていないという奇妙なシチュエーションが成立してしまった。
二人は月明かりの下でなにかを話し込んでいる。
クロウはグレースに気付いているはずなのだが、特に声を絞るというようなこともしなかった。
だがそれでも、やはり距離もあってか何を言ってるのかほとんど聞き取れなかった。
そんな中
「―死別」「―子供ができない」
という言葉はうっすらと聞き取ることができた。
二人の様子を見ていると、どうみてもランデブーには思えなかった。
しばらく話すと、トールはイスにがくっと崩れ落ちるように座った。
クロウがなにかを話すと、そのまま彼女は立ち去ろうとした。
…グレースの方に向かって!
「やば!」
グレースが隠れている壁は大通りから店の裏手までの通路になっていた。
つまり、大通りに出るためにはこの道を通るしかない。
話が終わったらこちら側に来るということを彼女は失念していた。
一応クロウにはバレバレだったとはいえ、知らなかったという体を崩してはならない。
グレースは慌てて空の木箱の陰に身を隠す。
クロウは彼女の前を悠然と通り過ぎていった。
彼女が目の前を通りかかった時、初めて間近でその顔を見ることができた。
美人だ。
しかし、今の彼女の顔にはなにか暗いものをとらえているようだった。
それは夜だからというわけではなく、彼女自身が背負っている何かだった。
彼女はそんな顔をしていて、トールはうなだれたかのようにイスに座り込んでいる。
きっと何かあるのだとグレースは思った。
それは浮気だとか不倫だとかそういう軽薄なものではないのだろう。
「………」
問い詰めることもできた。
今の女なによ!アンタ何隠してるの!ハッキリしなさいよ!
それがいつものグレースだった。
だが、今日の彼女は違った。
これはきっと気軽に触れていい内容ではない。
だから…
彼女はトールが話してくれるまでそれを待つことにした
それからは結婚式の日に向けていろいろ準備に忙しくなった。
多忙でいろんなことに意識を向けないといけないことは
トールにとってもグレースにとってもある種の救いとなっていた。
トールは普段の店のお仕事のほかに、クリスに頼まれたピアノの手配を行うことにした。
とはいえ、現代日本でもないのにどこでピアノを手配すればいいのか彼にはわからなかった。
なのでとりあえず道具屋の婆さんにその辺を相談してみることにした。
「こんにちは」
「あぁ、ドラゴン屋の坊主か」
店主の婆さんはトールのことを『ドラゴン屋の坊主』と呼んでいた。
「今日はなんだ?剣でも刃こぼれしたか?」
「いや、実は必要なものがあるんだがどこで手に入るかわからないんだ」
「ん?なんだ歯切れが悪いねぇ。アンタらしくない」
婆さんは昼飯で食べた唐揚げのスジが歯に挟まっているらしく
爪楊枝で一生懸命シーシーとかき出そうとしていた。
「で、なんなんだい?」
一生懸命に爪楊枝を操りながら器用に話しかけてくる。
「…アノ」
「なんだって?」
「ピアノだよ!」
「あん!?」
婆さんは驚いたようにトールのほうに振り向いた。
「ピアノなんざ高級楽器、アンタ、手ェだせるんかい?」
「いや、購入はしなくていいんだが貸してもらえるところはないかって思って」
「なるほどねぇ」
婆さんはうーんと唸り始めた。
見た目と口調はイジワルババアみたいな婆さんだが
彼女はこれでかなり人情深くこの町の人たちからかなり信頼されている御老輩であった。
その証左としてトールの無茶ぶりともいえる問いかけに彼女は真剣に答えようとしてくれていた。
「教会のはオルガンだし、聖教徒の連中が楽器を貸してくれるはずもないか
とすると、あとは…」
婆さんは机の中をゴソゴソと探ると1枚の紙きれをトールに手渡した。
「街の外れにあるボロボロの廃墟あるだろ?ありゃー元学校だったのさ
中級貴族とか商人とかが通ってたんだが、キュクロープスが現れてねぇ
なんとか退治したんだが、死者もいたし校舎もボロボロ。ってなことで
あそこは廃校になったわけよ」
「ほぅ、それで?」
「察しが悪いね坊主。学校なら音楽室もあるだろがい!」
婆さんに叱責を受ける。
「なるほど…しかし、廃校のピアノとかボロボロなんじゃないか?」
「とりあえず見てくるだけ見てきたらどうだい?
もしリカバリ可能なら修理師を手配すればいいさね
そうすれば購入するよりだいぶ安上がりで済むよ」
現代日本だと廃墟にあるからと言って所有権が放棄されているとは限らず
勝手に中のものを盗んでいくことはできないのだが
この世界ではそこまでの法整備はされていなかった。
とはいえ、見た目が廃校であろうと学校の関係者が管理を続けていたら
のこのこピアノを運び出したところを捕まえられるかもしれない。
なんにしろ、とりあえずは廃学校に行ってからの話だった。
「わかったよ、婆さん。サンキューな」
店を出て以降とするトールを婆さんが呼び止めた。
「おい!坊主!アドバイスしてやったんだからなんか買ってけよ!」
「へいへい」
トールは机の上にあった未開封のキャンディを手に取ると小銭を机の上に置いた。
「じゃ、これ購入するよ。それじゃ!」
そういうとトールは足早に店を出て行った。
「ヤレヤレ、ヤンチャ坊主め」
婆さんは呆れ返っていた。とはいえこれはトールが日常的に
この店で買い物をしているからこそ成しえることであって
いわば二人の間の冗談めいたやりとりでしかないのだが。
とにもかくにもトールはその足で廃学校へと向かった。
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