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第8話 様子見

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クロウはその後、キッチンや中庭など城の中を案内してくれた。

「この城にいる魔女は全部で36名。ケイは森の方に住んでるからこの人数には含めていないけど
この『迷いの森』全体で数えるならケイも含めて37名だね」

あのパンクな格好をしていた魔女、ケイについてクロウはそう言及した。

「それじゃあ最後に君の寝るところを案内しよう」

クロウはいくつも扉が並んでる廊下を進み、その先にある扉の前で立ち止まった。

「ここが今日から君に使ってもらう部屋だよ」

「あの…」

「ん、どうしたんだね?」

「ありがとうございます」

「おいおい、当然どうしたんだい」

クロウは少し驚きながら言った。
俺は自分の置かれた状況について未だによくわかっていなかった、
それでも彼女が俺のために親身になってくれていることだけはわかった。
そうすると、自然のお礼の言葉が口から出ていたのだ。

「まぁ、私だって君が魔女でなかったらここに置いたりはしてなかったと思うよ」

クロウはやや照れながらそう言った。

「ご迷惑をおかけしてすみません。
わた…俺もできるだけ早くここを出て行けるように頑張ってみます。」

頑張るもクソもこの世界のお金も常識も一切持ってないのに
一体なにをどうすればいいのか皆目見当もつかなかったが
とにかく今のような頼りっぱなしの状況はよろしくないと思った。

しかし、俺の決意とは裏腹にクロウは俺の言葉を聞くとぎょっとした顔をして
諭すように言った。

「いや…その…すまないが、君がこの城をすぐに出ることはできない」

「…?どういうことですか」

「単純に今のような知識不足のまま街に出ると、君にとってもいろいろ不都合が出るかもしれないということだ」

そうか、この世界では魔女狩りが現在進行形で流行しているのだ。
そういう意味で俺が魔女狩りのターゲットにならないとは限らない。

「それじゃあ、俺は一体どうすればいいんですか?」

「うーん、そうだなぁ」

クロウは顎に手をやりながら、少し考えていった。

「3年だ」

「?」

「3年間ここでこの世界の常識や魔法について学んでいきなさい。
それは今後の君の人生できっと役に立つはずだ」

「でも…」

「反論は認めん。これは君のためでもある!」

「俺は…貴方たちがいいなら別に構いませんが…」

3年という数字は長いように思えた。
そんな長い年月を『魔女の城』とかいう狭いコミュニティで暮らすのは
いろいろ自分のメンタルに影響を与えそうだ。

だが、もう一つの側面として単純に俺はこの右も左もわからない状態で
何も持たずに異世界に飛び出していくことを恐れていた。
クロウの話が正しいなら異世界である森の外に日本大使館があるわけがない。
つまり、誰にも助けを求めることができないのだ。
バックパックひとつで外国を放浪するのとはわけが違った。

ここでしばらく過ごしてみて、ここが怪しげなカルト宗教団体だったり
わけのわからない生贄儀式等を行っていることが判明したら
その時はその時に全力で逃亡すればいい。

もちろん麻薬や覚せい剤の類を食べ物に混ぜられて
正常な判断能力を奪われる危険性があるのはわかっているが、
これまでのクロウの態度や施設内を見学している感じでは
そういった危ない団体である雰囲気は感じられなかった。
とにかく今は自分の状態を固めて様子を見るのが賢明だと判断した。

クロウは少し口元を緩ませながら言った。

「まぁ、納得はしてくれなくていい。ただ理解はしてくれ」

「もちろん…わかりますよ。私としては特に異論はありません」

やはり姿に引っ張られてどうしても一人称が「私」になってしまう。

「まぁ別にここは外界と断絶してるわけじゃない。
あくまで世間から隠れて集まって住んでいるってだけだからな。
君の状態が落ち着いたら、一回町のほうまで行ってみようじゃないか」

「ほんとですか!」

「嬉しそうだね」

「まぁ異世界の町なんて見れる機会はそうないですからね」

クロウは苦い顔をしながら言った。

「…まぁ、これからはずっと見続けることになるけどね」

「あ…はい」

クロウはどうやら自分の魔法によって俺をこの世界に呼び寄せてしまったことに
少し罪悪感を感じているようだった。
もっとも、彼女がこの世界で魔法を使ったからと言って
なぜ日本にいた俺がそれに巻き込まれたのかはまだわかっていなのだが…

俺は話題を変えるように言った。

「それより、ホントにわた…俺をここに置いてていいんですか?」

「どういう意味だね」

「俺は男です。なんというか、女の人の集まりに参加するのは気が引けるっていうか」

「そこは我慢してもらうしかあるまい」

「俺は全然かまわないですけど、周りの子たちがどう思うか…
もしかして、自分が男だってこと黙っといたほうがいいですか?」

俺はクロウに尋ねてみた。

「うーん、その辺の判断は君に任せるよ。私からは特に何か言うことはないかな」

ずいぶんと放任主義である。

「でも…」

「君は男だからとか女だからとか心配してるようだけど、ここにいるみんなは
人間と魔女との対立で傷ついたり思慮したりしてる子がほとんどだ。
そういうわけで、女だからとか男だからとか些事に過ぎないと思うんだがね」

「なるほど…」

異世界、その中でも魔女の考えることなんて平凡なサラリーマンの俺にわかるわけがなかった。
まぁなんにせよ管理者のクロウのお墨付きなのだ。
もし自分が男であることで問題が起こるならそれはその時に考えればいいだろう。

…ふふ、前世で同僚だった橋本健司には問題を見て見ぬふりをして先延ばしにするなと
よく叱られたものだ。なぜかこんな時にも関わらず会社での健司の言葉を思い出して
心の中で苦笑した。

「ま、そういうことだから。あとはわからないことがあったら随時聞いてくれ
夜飯の時間は8時だ。ダイニングに集まってくれよ。そこで自己紹介してもらうからな」

「わかりました」

そういうとクロウはその場を去っていった。










 ―その日の夜

クロウは酒をあおりながら昼間にあったことを思い返していた。

(やれやれ、あれはヤバかったな)

謎の少女、トールがここを早い目に出ていくことを考えていると知った時は
正直肝が冷えた。

レベル9万越えは正直厄災そのものだ。
それがどこにいったかわからなくなるなんて冗談ではなかった。
別にクロウ自身は世界の管理者を気取っているわけではなかったが
それでも、わけもわからないうちに人類も魔族も含めて
全てが潰されていることだけはまっぴらごめんだった。

レベル9万という数字は本来、世界中の全人類や魔族を抹殺しても
到底届かないはずの数字だ。
もちろん、レベルは序盤ではサクサク上がるが
レベル自体の数値が上がるにつれて必要な経験値数も増大し、レベルアップがしにくくなる。

たとえば、今の彼女がこの世界のすべてを破壊しつくしてやっとレベルが1000上がるかどうかってところだろう。
なのに、彼女のレベルはすでに9万だ。

(わかっている。彼女は異世界から来た。つまり、こことは違う世界でレベルアップをした可能性は
十分ある。だが…)

クロウにはトールが殺戮の限りを尽くす狂気の魔女には到底見えなかった。
クロウは彼女を部屋に送り届けたときのことを思い返す。
トールは自分が元男であることを思い悩んでいるようであった。
そんな些事に気をとられるような人が、好き勝手に殺戮を繰り返すものだろうか。

まだ情報が足りないな、とクロウは思った。

とにかく3年の猶予ができた。
その間に彼女の正体を見極める。

そして彼女が危ない思想を抱いているようならば
この城にいる間になんとかそれを矯正しなくてはならない。
それがこの世界に彼女を呼び寄せた自分自身の責務だとクロウは感じ
手元にあったグラスの酒を一気にあおった。


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