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2章 罪
03 咎
しおりを挟むそれともう一つ、私は友を蘇らせたいだけだ……。
そんな通力を使ったエゴ―――。
ただ、この男の殺人衝動ぐらいは取り除いてやらないといけない………。
「そっか、うん――よく分かりました。ならば、最後に私を殺してみなさい。
それで、自分のやってきたことがよく分かるから……。さあ―――」
そう云って、私は男を挑発するように顔を突き出す。
「ならばこの細くて、白くて、長い首を思いっきり縊(くび)るといい―――
さすれば、今の自分がよく分かる。簡単だろう、ほれ――遣れよ!?」
その言葉を聞いた途端、男は乱暴に私を壁へ叩きつけた。
直後に両の掌が私の頸部を信じがたい力で締めつけてくる。
「うっ――――――!!!」
想像以上だ……。これじゃ二〇秒も掛からず絶命してしまう……。なんて…握力……。
それでも私は、両の掌を優しく男の頬に添える。そして――しっかりと男の目を見詰めた。
その直後、親指に凄まじい力が入り、自分の喉仏(のどほとけ)が潰れる音が耳に響く―――
「ゴキン――!!!」と鈍い音の後で血の味が口に広がる―――。
その後、霞む意識のなか男の頬に添えた手だけは決して離さない、
何があっても絶対に……。しかし……これはなかなか心地いいな。
本当に、逝ってしまいそうだ………。私は一分と持たずに……。
…………………………………………絶命した…………………………………………。
だが、形式的な死、なのですぐに目覚める。
そして周囲を見渡すと、男はまだ其処にいた。
男は両膝を地べたについて、ぼろぼろと涙を零していた。そのそばには嘔吐物もあった。
私はゆらりと立ち上がると男のそばにいって頭を撫でてやる。
すぐにでも声を掛けてやりたいのだが、喉が潰れて血液が気管支に詰まり声が出せない。
………なので、しばらくそのままでいて「こふっ」と咳払いをした。
すると、どろりとした赤黒い血を吐き出し、ようやく声が出せるようになった。
「やあ……、おはよう、ずいぶんと取り乱しているな。
私を殺してそんなに辛かったのかい?」
意地の悪い問いに男は俯き泣き崩れたまま答えた。
「ごめん……なさい……。ゴメンナサイ……。ゴメンナサイ………」
と―――男は、ただただ「ごめんなさい」と私に謝罪する。まるで拝むように謝った。
「もう……いいよ。お前は愛を知らなかったのだね……。
それは、酷く不幸なことだよ……。だから、すべてを許す――」
「許す」と云われた男は、泣きじゃくった―――。
泣いて、泣いて、アスファルトに涙の溜まりを作った。
泣女ならば二升泣きといったところだ。
男は泣くだけ泣いたら涙を拭い立ちあがって、やっと私と向き合い口を開いた。
「あんたは、本当に神様だったんだな……。
顔に添えられた掌がとても暖かかった……。
最後まで………。
最後まで見詰めてくれた目がとても悲しかった………。
ありがとう……、救われたよ………。
あのまま死なれていたら俺は今頃ビルの上から飛び降りていた………。
もう思い残すことも無い、だからあんたを信じよう……」
云って、男は何かを考えているようだった。
「それで、俺は何をしたらいい……?」
そんな事は今の一言で十分。この男は私を神と認め崇めてくれた。
それで、十分。
私は今までの緊張をほどき男に話し掛ける。
「今の言葉で十分だよ……。あー、それと名前を教えてもらえるかな?」
「俺は、川上玄宗(かわかみげんしゅう)―――。親とはもうずいぶんと会っていないな……」
これで条件は調った。
私は、男の額に手を翳(かざ)し通力を籠める―――。
しばらくして、男の起源が私に流れ込んできた。
先祖、川上忠堅(かわかみただかた)。
時は、一五八四年――天正(てんしょう)十二年の春。
場所は、肥後八代(ひごやつしろ)(今の熊本県南部地方)
そこで、この男の先祖は縁を結んだ。
川上氏だとすると……戦国時代、島津方の武将が先祖に当たる……か。
私が神に転生してから約五百年。
暇で、暇で、やることがなくて、あまたの書物を読みあさった。
なかでも好んで読んだのは軍記物や史実の事件などを記述した書物だった。
これら歴史物は精読して事柄の原因や戦の流れ、
勝敗を追求していくと風土、習わし、食文化、戦術戦略、
など一つの事柄で百の知識を得ることが出来た。
そんなこともあってか、ここ百数十年は教師として人の世を過ごしてきた。
というわけで、過去の戦、事件などに関わる人物ならば、たやすく把握することが出来る。
そして、今回は戦国時代、島津方の若き侍大将。
この世でこの男を消すと先祖の縁が切れて歴史に改竄が発生する。
当然、この男が云ったように改竄されたままだと罪も無い人がこの世から消失してしまう。
なので、私は先祖のいた時代に遡り切った縁を違うかたちで結び直すのだ。
すると、結ばれる相手が同じであっても微妙な改変がおこる。
それが、この男だけに適用される改変だ。
こうすることによって、この男は罪を犯さず違う人生を歩むこととなる。
だが、そんな大罪を犯した私だけは「咎(とが)」を負うことになる……。
それは、友や知り合いの居た元の世に戻っても年月に誤差が生じて時系列がずれる……。
そして、友とは決して出会うことがない……。
例外として、通力を持つ者、または私の遠縁にあたる子孫とは再開できるらしいが……。
この五百年で一度も出会ったことが無い……。
まあ、世の中そんなに都合よくできていないのだ。
霊感や通力をもつ者と知り合う可能性など奇跡に等しい……。
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