かみさまコネクト

辻 欽一

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1章 姉妹

05 その夜、過去へ

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十五分ほどして―――
 先程のジャージ男が礼装(れいそう)(白色無紋の袍と袴)で現れた。
手には二合ほど入る大きめの徳利(とっくり)と杯(さかずき)が二つ、
それと何かが盛られた器を一緒に持ってきた。
元ジャージ男は私の前でまた一礼し其れを白木の机の上へ供えるように置くのだった。
 今私は、一般人がしたら非常に失礼というか、あり得ない程の常識外れなことをしている。
神殿に招かれて、主であるジャージ男より先に着席している。しかもあろうことか神座に。
まあ戦国時代にこんな事をしたら即戦または、即首が飛ぶだろう。
それをこのジャージ男は一礼してお供え物だ……礼装までしている。
と言うことは、この元ジャージ男は確実に私の正体を知っている。でなければ、高校生に酒など出すはずが無い。
「……―――」

 ようやく頭を上げた元ジャージ男であったが、私を見て怪訝な顔をしている。
 これは梨華が私を初めて見た時と同じ反応だ。んー、やはり前の姿のほうを見知っているのか?
「どうも初めまして……。えーと……二十年くらい前から貴方とは何度も夢の中で出会いました。
 ただ、その時の貴方はもっと大人っぽかったような……? 違いますか桃華様?」
 やはり、知っていたか。
「………」
「いや、間違っていないよ。何故かな……今回はこんな姿になってしまって、
 おまけに妹の父親は私の遠縁らしいのだよ。更に困ったことに土地神になってしまった。
 まあそんな訳だから私を奉るこの神社に来たのだが、お主は何か解らんかね?」
「うーん―――。私も祖母からこの神社を引き継いだだけなのでなんとも……。
 ただ、前の私は悪いことをして、其れを貴方が救って下さったことしか覚えて無いのです」
「なるほど、そうか……。ならば、お主は問題なしじゃ。
 恐らく……其の後の私の行いに問題があるのだろう。まあ、其れは今晩にでも確かめてみるとして―――
 そろそろ酌をしてくれないかな」
 言われて、元ジャージ男の顔から緊張がほどける。
「そうでした、そうでした―――」

 そう言って、当然の様に、当たりまえの様に、とても自然に酒を注ぐ様を見て、
いままで置物のように緊張していた梨華が、ようやく口と開いた。
「あの……。お姉ちゃんと元さんの間に何があったか知らないけど―――
 高校生にお酒は駄目なんじゃないかな……!?」
 まあこれは普通だと常識外れだな。そんな時、子梅が私の袖を引っ張ってこう言った。
「主よ……。私は童の姿だと酒に酔ってしまうじゃろ、だから元の姿に戻ってもよいかの?
 然もあれ、ここには儂が見える者しか居ないわけだし、問題ないじゃろ?」
「いいじゃないか、あの姿を見れば私達を完全に神と認めるだろうし」
 私がそう言うと、口もとを小さく動かし私にしか聞こえない呪文を唱える。
気が付けば子梅の体は光だし―――あっと言う間に姿を変えた。
其の姿、透き通る様な白い肌、絹のような白い髪、妖艶な色気をもった体躯に変化した。
「ふう―――。神気がこれだけ満ちあふれていると、こっちの姿のほうが楽でいいわい。
 どうじゃ、儂に見惚れてよいのじゃぞ―――」
「これは……また……」
 と、元ジャージ男は畏怖していた。で、梨華はというと子梅の髪を弄り
「猫さんみたい!!」と言ってじゃれついた。それを見て私は―――。
「おい梨華、流石に失礼だぞ。コレでも子梅は主神なのだから……」

「……」
「主も十分に失礼じゃ、儂を主神と知っていて『コレ』とはなんじゃ!!」
「いや……そう言われても今の子梅には貫禄がないし、童か昔の私の姿しか見たことないからな……。
 だが、通力の強さは感じているよ」
「あー、もうよいわ。それより酒じゃ、酌をしてくれい―――」
 言われると、礼装の男は黙って私達の杯に酒を注いだ。
白い杯に注がれた酒は薄い琥珀色をしており、強い酒気を感じる。
「どうぞ、お上がり下さい―――。こちらは黄桃の糖蜜漬けです。
 酒の当てになるかは分かりませんが、家の名物ですので、どうぞ―――」
 と、男は私達への礼節を欠かさず畏(かしこ)まる。それを見て子梅は―――
「気にせんでよい。儂は酌をしてもらうのが有り難いのじゃから、そう畏まるものではないぞ。
 ところで……主の事はなんと呼べばよい?
 今のままだと『ジャージ男』か『礼装の男』になってしまうのだがのー」
 そう訊くと、注がれた酒をグィと飲み干し「美味い酒じゃ―――」と一言。
私も其れを見て、思わず一気に飲み干してしまった―――。
「………此は美味いな」
 私も子梅と同じ感想を述べてしまう。芸が無いと言うか、
子梅と同レベルというのがなんともまあ……だが其の酒は、
琥珀色で果物のような香りとアルコールのピリッとくる刺激すらサラリと感じられ、
水のように呑みやすいが、十分な酒気があり、とても心地よい口当たりであった。
此は、よき杜氏(とうじ)が仕込んだ酒なのだろう。
とまあそんな訳で、私達は直ぐさま手酌で二杯目を注いでいた。其の様を見て男は―――
「ああ……そんな手酌なんて、私にお任せ下さい。
 それと私の名ですが、川上元州(かわかみげんしゅう)と申します。
 ここらは田舎ですから川上姓が多いので、大体は下の名か屋号で呼び合っております。
 だから私は元(げん)と呼ばれております。あと此方の桃も当神社秘伝の味ですので……」
と言ったところで子梅が「なんじゃ此は凄く美味(うまっ)!! 主も喰ってみよ、凄いぞ」
もはや主神の威厳とか無いな。と思いつつ私も桃を口に運んだ―――。
「美味(おい)しい…………!?」
 なんともまあ、芸のない美食番組のようなことを言ってしまった。
人は…あ、人じゃ無くとも本当に美味しい物を口にするとこんな感想しか出ないのだ。
気がつけば、二つ三つと食べていた。隣を見れば、その桃を次々と頬張る子梅。
普段は上品でおとなしめの梨華でさえもパクパクと美味しそうに食べている。
私も食べるまでは、ただの桃の糖蜜漬でしかも実は小さくて一見すると、
祭りの屋台の飴の中に入っている杏のようだが、味、食感、香り、どれも比べるに及ばずであった。

 さて、私は元とたわいもない話を一時ほどすると神社を後にして元来た道を戻る。
そして小梅がこう言った。
「何故、あの男がこの神社の神主なのじゃ? それとも主がなにかしくじりおったのか?」
「どうだか、あの男の存在を消すまではいつも通りだったはず。
  問題はその後だが、あの大戦(おおいくさ)だったから、今一つ何処でしくじったか分からぬ」
「相も変わらずいい加減じゃのう主は」
「まぁなってしまった事はしかなないだろう」
「そんな事だから儂はいい加減だと言っておるのじゃ!!」
 そんな私達を見て梨華が口を出す。
「あれだけお酒飲んだのに、お姉ちゃん達は元気だね。何かあったの?」
「ん……。まあ楓の死に関係することだよ。こう言う事は早い方がいいから今晩にでも私の部屋に来なさい。
 全てをお前に教えてやろう」

 深夜になって、私は姉の部屋へ行った。殺風景な部屋にベッドが一つ。
今夜は一緒に寝ようということだろうか? 私が戸惑っていると姉が手招きをする。
「早くこっちに来ぬか? 今宵は一緒に寝るぞ」
 言われて私はベッドの端に座った。姉は私に白い液体の入った湯飲みを差し出す。
中身は甘酒のような物であった。
「ほれ、其れを飲んで床に入り私の手を握れ。其れで朝までぐっすりだ。
 その間にここまで私が来た経緯(いきさつ)を見せてやる。
 其れは私の通力を込めたジュースだよ、時間がないからとっとと飲み干してくれ―――」
 私は仕方なく其れに口をつける。「あ、飲むヨーグルトだ……」そのままコクコクを飲み干した。
 そのうち倦怠感に襲われ姉の手を握ったままベッドに倒れ込んでしまう。

 すると、見慣れない夜の街が見えてきた―――。

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