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「あ、中条センパイだ」
「ご尊顔を拝めるとはなんという幸運……!」
「え、こんなとこに何の用? てか、誰に?」
「あれが噂の国宝級イケメンか」
「俺もあんな顔に生まれてぇ」

 ひそひそ、ちらちらと声と視線が飛んでくる中を、俺は気にせず目的の教室まで進んでいく。幼いころから人の注目を集めていた俺は、いつしか人の目を気にしなくなっていた。というか、いちいち気にしてなんていたら身が持たないから諦めたっていうのが正解。

 こんなのは、もう慣れっこだ。

 好奇の目を流しながら辿り着いた1年3組の教室の前。ちょうど出てきた女子生徒に「ちょっといい?」と声をかける。もちろん、笑顔を忘れずに。
 そうすれば、女子は顔をぽっと赤らめて俺を見上げた。

「は、はい……」

 女の子は、可愛いと思う。
 細くて小さくて、柔らかくて抱き心地もいいし、普通に好きだ。
 でも、最上を知ってしまったら、もう後には戻れない。
 より輝いて見えるほうを手に入れたいと思うのは、誰だって同じだろ。

「えーっと」

 あれ、あいつの苗字なんだっけ?

 どうにも思い出せない俺は仕方なく「ひより、居る?」と訊ねた。

「あ、います! ひよりちゃーん!」
「んー?」
「な、中条センパイが呼んでる!」
「……あー」

 なんとも失礼極まりない、やる気のない返事にイラっとしながら、俺は呼んでくれた女子に礼を言ってイノシシ女が来るのを廊下で待った。


「――なんの用ですか」
「ちょっと顔貸せよ」

 俺は、仏頂面のイノシシ女を人気のない裏庭まで引きずって行く。

 コイツの俺に対する悪態は思いのほか気分の悪いものじゃなかった。
 女子からは大抵好意的な眼差しや態度を向けられる俺にとって、逆に新鮮というか、面白くもある。

「で、決着ついたのか」

 裏庭の花壇に腰かけて、俺は話を切り出した。昼休みの今は、ベンチやそこらに人がちらほらいるが、みんな周りなど気にする様子もなくそれぞれ喋って時間を過ごしていた。イノシシ女は、俺の向かいに突っ立ったまま、俯いて地面を無言で睨みつけている。

 その様子だけで、聞かなくても結果はわかったが、本人の口から聞く必要があった。

「俺は、ちゃんと約束守って1週間距離置いたぞ」

 コイツが尊に告白したつぎの日、学校の最寄り駅で俺を待ち伏せていたイノシシ女。なにかと思えば、「告白の返事を聞くまで、一週間みっくんに近づかないで」というもの。
 そして、告白の結果を俺に報告するという交換条件のもと、コイツと約束を交わし、この一週間尊とは挨拶しかしてない。

 だからもう尊不足でたまらない。
 キスはもちろん、触れるのも会話すらできないのがツラくて一週間がものすごく長く感じた。
 さっさと結果を聞いて、接触禁止令を解除しなくては、どうにかなってしまいそうなんだ。

「振られたっ! 聞かなくたってわかるでしょーよ!」
「そっか……残念だったな……」
「ふんっ、そっちはどうせみっくんは自分のものだって自信満々でしょうけどね!」
「……自信なんかねーよ」


 好きだと伝えて断わられるくらいなら、尊の優しさに付け込んでそばに居ようと気持ちを言わずにいる卑怯なやつだ俺は。自信なんか、これっぽっちもない。

『あのさ、俺が好きなのは――』

 イノシシ女に「付き合ってないなら私にだってまだチャンスはあるわよね」と言われて焦った俺は、あの時衝動的に気持ちを伝えてしまいたいと思った。
 結果的にイノシシ女に阻まれたわけだが、まぁ、邪魔されなかったとしても、その先を伝えていたかどうかは正直なところわからない。

 こんなヘタレだから、振られる覚悟で面と向かって尊に思いを伝えたコイツのこと、本気ですげぇと思った。
 そして、そんなまっすぐなコイツを尊が受け入れたら……って、ずっと不安で過ごした一週間だった。

「でも振られてスッキリした! 最後のお願いにキスしてもらえたし、悔いはないかな」
「は?」

 思わぬ話に顔をあげれば、にたぁっと挑発的に笑うイノシシ女の顔。
 コイツ、ほんと俺の癇に障る天才だな。
 男を見る目だけは褒めてやるけど、それ以外は全くもって相容れない。

「なんだよ、キスって」
「キスはキスよ。もちろん無理やりじゃなくて、みっくんからしてもらったの! イケメン先輩には関係ないからこれ以上は教えないもん。あ、そうそう、みっくんは今誰とも付き合う気はないんだってー。残念だったねイケメン先輩」

 あっかんべーを置き土産に、イノシシ女は去っていった。

 尊からキス?
 誰とも付き合う気はない?

「なんだそれ」

 口からこぼれた声は誰にも届くことなく虚しく消えていった。


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