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「ひ、ひより……! びっくりしたなもう……」

 心臓が飛び出るんじゃないかと思った、マジで!

「ドッキリ成功~!」
「……勘弁してくれ……」
「ごめんって! だってこうでもしないとみっくん普通に話せないかなーって思って」
「ぐっ……」

 痛い所をつかれてしまった。
 ひよりにこんなに気を使わせてしまってホント申し訳ないと思うけど、俺のこれはもうどうしようもないんだ。
 ポンコツっぷりを認めた俺の口からは「面目ない……」と、記憶に新しいどっかの誰かのセリフが零れ落ちる。

「みっくん、久しぶり」
「ひ、久しぶり……、とりあえず、座る?」

 ベッドを背にちゃぶ台の前に座っていた俺は、近くにあったクッションをひよりに差し出す。促されたひよりは、その上にちょこんと座った。

「なんか飲む?」
「ありがと。でもいいや。長居するつもりないから」

 それは、どういう意味だろうか。
 告白の返事を聞きに来たんじゃないのか、と浮かんだ疑問を俺は飲み込んだ。ひよりがなにをしに、俺を訪ねてきたのかは、俺が決めることじゃないから。視線をひよりに移すと、彼女はちゃぶ台の上でぎゅっと握りしめた両手をじっと見つめていた。

 その思いつめたような不安そうな姿を見て、俺はハッとした。
 そうだ、不安なのは、俺だけじゃないんだ。
 この1週間、俺からの返事がどっちに転ぶかわからない状況で、きっとひよりこそ不安だったに違いない。

 俺のそれなんか比じゃないくらいに。

 そんな当たり前のことに今さら気づいて、俺はものすごく申し訳ない気持ちになった。

 まるで悩んでるのは自分だけだ、みたいに被害者面して……、ひよりの気持ちなんかこれっぽっちもわかってやれてなかった自分が、ひどく情けなかった。

 まるで悩んでるのは自分だけだ、みたいに被害者面して……、ひよりの気持ちなんかこれっぽっちもわかってやれてなかった。

「――この1週間、私のこと考えてくれてた?」

 ひよりは、不安気に揺れる瞳をゆっくりとこちらに向けてそう聞いてきた。

「考えてたよ、もちろん」

 それは、ひよりの望むような内容ではないかもしれないが、俺は俺なりに精一杯考えていたつもりだ。

 俺の返しに、ふっ、とひよりの顔の緊張が解れたのがわかった。
 たった一言で、ひよりを一喜一憂させてしまうんだ。
 それが、すごく、怖い。

『私は、片瀬くんが好きだから』

 あの日のクラスメイトの女子の声が頭に響いたのと同時に、それを聞いて俺の横で固まる親友・洞口の表情がはっきりと蘇った。

 一緒に帰ろう、と誘った洞口に女子が放った言葉だった。

 「好きな人」の言葉は凶器にもなり得るのだということを、あの時知った。

 彼女のたった一言で地に落とされた洞口の、傷ついた表情は二年以上経った今も忘れられない。

 そんなこと、いくらでもあるじゃんと言われてしまえばその通りなんだろうけど。俺にとっては忘れられないくらいショッキングな出来事だったことは間違いなくて、できることなら自分が誰かにとってそういう「影響力」のある存在にはなりたくない、とすら思っていたんだ。

「結論、出た?」
「あ……いや、そのさ、俺、誰とも付き合ったこととかないから、正直、好きとか付き合うとかピンとこなくて……」

 ウソを言っても仕方がない、と俺は正直に心の内を話した。

「やっぱりねー! そんなことだろうと思ったよ」

 ひよりは、「あーあ、緊張して損したー!」と天を仰ぐ。
 ホント、ポンコツですみません。

「みっくん、手、貸して」


 言われるがまま、右手を差し出せば、ひよりが包み込むようにして両手で握ってきた。
 そしてそれを見つめてしばし固まっていたひよりは、ややして俺をまじまじと見た。

「な、なに?」
「みっくんさぁ……、私に触られてドキドキしてないでしょ」
「え……っと……」

 言われて、そういえば、と気づく。ひよりは、俺にとって家族みたいに近い存在だからだろう。なんて言葉を選べばいいのかわからないでいる俺に、ひよりは続ける。

「みっくんて、私のことふつーにさわれるよね。しかも、それってほぼ無意識だから質が悪い」
「す、すまん……」
「私は、今ドキドキしてるよ。――だって、好きな人にれてるから。好きな人には触ってもらいたいし、触りたいって思うんだよ」

 もう結論は出ているんだよ、と言われたも同然のその言葉にどうしようもないほどの自責の念に駆られる。

 ――最低だな、俺。

 わからない、なんて言って逃げて、結局ひよりに答えを言わせてしまった……。
 これ以上、情けなさを晒すわけにはいかない、と俺は慎重に言葉を選んだ。

「……ひよりごめん。ひよりは俺にとって大切な存在だけど……、付き合えない」
「そんなの、わかってたわよ。ただ、最後くらい私のことで頭いっぱいにして欲しいって思って告白しただけだから」

 だから気にしないでね、とひよりは笑う。その取り繕った笑顔に、胸がぎゅっと締め付けられた。
 俺が傷つくのは、間違ってる。
 きっと、ひよりの痛みは俺の痛みの比じゃないはず……。経験したことがない俺に、その痛みを理解することはできないけど……。

「でも、最後に一つだけお願い聞いてくれる?」
「う、うん? 内容によるけど、俺にできることならいいよ」

 なんだろう、とちょっと構える俺にひよりはとんでもない事を言った。

「最後にキスして! お願い!」

「……は?」


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