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 ひよりのこと、ちゃんと向き合う。
 そう決めた俺だったけど……。

 なんで……?
 なんで全然会わないんだ?

 朝も逃げずにいつもと同じ時間に登校して、学校でも逃げ隠れせず過ごしてるっていうのに、ひよりに全く会わない。

 いつもならすれ違ったり、移動教室の時に待ち伏せしてたり、昼休憩に顔見せにきたりと一日に数回は必ず会ってたのに。
 ひよりに告白されて以来、一度も顔を合わすことなく週末になってしまった。



「――な、なんで……?」

 インターホンに映った人物を見て、俺は口をあんぐりとさせた。とりあえずカメラを切って、一呼吸していると、二階から姉ちゃんが鼻歌交じりに降りてきて「来た来た~」と言いながら玄関へ向かっていった。

「お邪魔しまーす」

 戻ってきた姉ちゃんの後ろから、長身の美男子が姿を現した。

「なんで中条が……?」
「私が呼んだのよ、フィッティングしてもらいたくて」

 いつの間に連絡先を交換してたんだ……?
 んで、なんで俺に知らせない?

「いや……聞いてないけど……」

 それもそのはず、俺を避けていたのはひよりだけではなかった。

 そう、中条もまた、あの日から俺を避けるように過ごしていた。
 避ける、と言うと語弊があるかもしれない。以前のように、俺に絡んでくることがなくなっただけの話だ。

 挨拶は交わすが、それ以上の会話や接触はない。
 あまりに寄り付かない中条を見た太一に『美男子と喧嘩でもしたのか?』と聞かれたぐらいだ。

 こうなって初めて、俺がいかに自分から二人に関わろうとしていなかったかを思い知らされた。

 そして、それを「寂しい」と思う権利はきっと俺にはない。

「うん、言ってないから」

 久しぶりに向けられたイケメンの笑顔は、どこかよそよそしく乾いているように感じたのは俺の気のせいだろうか。

『あのさ、俺が好きなのは――』

 あの日、透き通る紅茶のような茶色い瞳で俺を見つめてそう言いかけた中条。
 その続きを聞かされるのが、怖くもあり知りたくもあった。

「尊ー、後で麦茶持ってきてー」

 長年しみついた主従関係により、気づけば「うん、わかった」と了承の返事をしていた。そして、二階へ向かう二人を見送ってから俺は戸棚からガラスのコップを三つ取り出す。手に取ったそれをしばし見つめた後、一つを戸棚へと戻した。




 結局、麦茶を届けてすぐに退散した俺は自室で暇をつぶしていた。
 どうせ、そのうち向こうから顔をみせるだろう、と踏んでいたのに、用が済んだ中条はそそくさと帰っていった。

 帰るの一言もなしに、だ。
 俺に、怒ってんのかな……。
 それだけショックを受けてるってことだよな。
 あーもう、どうしたらいいんだよ。

 って、違う!
 俺が今考えるべきは、中条じゃなくてひよりだ。考えるって、そもそもがわからなくて詰んでるんだけど。

「――ねぇ、入るよー」

 悶々と頭を悩ませていると、ノックも無しにガチャリと開かれたドアから姉ちゃんが顔を覗かせた。にやける顔に嫌な予感しかない。

「佑太朗くん用の服できたらまた撮影するから付き合ってね」
「俺はいいけど……あいつはいいって?」
「うん、快く引き受けてくれたよー」
「……そっか」

 ちょっとほっとした。
 俺のせいで姉ちゃんの楽しみが減るのは心苦しいのと、撮影まで避けられてしまっていたらもう立ち直れなかったかもしれない……。

「で、尊くんはなにに悩んでいるのかな?」

 お姉さんになんでも話してくれていいんだよ、と何のキャラかわからん口調で言ってきた。

「……俺、そんなにわかりやすい?」
「私を誰だと思ってるんだい?」

 いや、だから誰だよ。

「ほらほら、言っちゃいなさい。話すだけで解決はしないかもだけど、スッキリするんだから」

 なんだかなぁ、と思いつつ、藁にもすがりたい程行き詰っていた俺は、姉ちゃんに全部を話してしまいたい衝動に駆られる。けれど、ひよりはこのことを姉ちゃんに知られたくないかもしれない、と俺は躊躇った。

「――まぁ、そうよねぇ、あんたももう高校2年生だもんね、お姉ちゃんに言えない悩みの一つや二つはあって当然よね」
「あ、でも、姉ちゃんだから言えないってわけじゃないんだ……、なんかごめん。……ってかさ、中条なんか言ってた?」

 ちょっと気まずい空気になったのをごまかすように、話を逸らす。

「白状するとですね、なにを隠そう佑太朗くんから頼まれたのでした。尊が悩んでるから気にかけてあげてって」
「え……」

 中条がそんなことを……。

「誠に面目ないことに、私は作品作りに集中してて可愛い弟君の苦悩に気づけなかったのだよ……」

 だからいったい誰なんだ……。

 内心で突っ込みつつ、俺は落ち込んでる姉ちゃんに「そんなこと気にしなくていいから」と励ましの言葉をかける。

 なんだか立場が逆転しているようにも思ったけれど、そこはスルーして姉ちゃんの面目をこれ以上潰すことの無いよう、いい弟を演じることにした。

 すると、来客を知らせるインターホンが鳴り、姉ちゃんが「私見てくるねー」と部屋を後にする。再び訪れた静寂の中、胸のざわつきが落ち着いていくのを感じていた。

 中条……、俺のこと気にかけてくれてたんだ……。
 ってことは、俺に怒ってるわけじゃない、んだよな?

 避けられているのは、中条も俺にどう接したらいいのか戸惑っているだけなのかもしれない。

 そう思えたことは一歩前進だ。
 おかげで、このまま縁を切られてしまったらどうしよう、という底知れぬ不安が和らいでくれた。

 ――カチャ

 ドアが開く音がしたから、俺は振り向きもせず「ピンポン誰だった? 宅急便?」と聞いた。ノックなしで入ってくるのなんて、もう慣れっこで怒る気力などもはやない。

「ひよりでしたー!」
「うわぁあっ!」

 文字通り飛び跳ねた俺。
 ドアの方には、にししと小悪魔な笑顔を顔に湛えるひよりがいた。

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