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 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 佑子ちゃんになっているはずの中条は、そのスラリとした体躯に男物の衣装をまとって立っていた。

「あらやだシンデレラフィット! さすが私、見立てバッチリ!」
「なんで女装じゃないんだよ!」
「俺女装させられる予定だったの?」

 そうだよ、お前は今頃「男の娘(こ)」になってたはずなのに……。
 俺はそれを楽しみにしてたのに!

 軽く衝撃を受けている中条は無視して、話が違うじゃんと姉ちゃんに詰め寄る。

「イケメンの美女も魅力的だったけどねー。さすがに180センチ越えの美女が着れるサイズ持ってなかったわ」

 残念だけど、と言う姉ちゃんはちっとも残念そうには見えない。どうせ、創作意欲が沸いてそっちに路線変更したんだろう。

「でも、写メで佑太朗くん見て、miccoの相手役にピッタリだと思ったのよ!」
「これも環さんの手作り?」
「ブラウスだけね! miccoのコレに合わせて大急ぎで作ったからすごくシンプルデザインなんだけど」

 中条が着ているのは、俺が着ている服と同じ生地で作られたブラウスだった。スタンドカラーでボタンが右側にある軍服をイメージしたデザインのそれは、さすが姉ちゃんとだけ言っておこう。

 そして、それを難なく着こなしてしまう中条は、やっぱりカッコいい。

 小さな顔にスラリと伸びた手足のそのバランスときたら……まさに黄金比率だな。なんでこいつモデルの道に進まねえの。もったいない。

「片瀬、どう? 変じゃない?」

 こういうの着慣れなくて、と頭をかいた。

 変じゃない。
 変じゃないどころか、すごくいい。

 なんて、言えるわけがなくて、

「ね、姉ちゃんの見立てが間違うわけないだろっ」

 と、またしてもシスコンを晒してしまう俺。

 褒めた訳じゃないのに、中条は顔をくしゃっとさせて嬉しそうに笑った。


「じゃ、ちゃちゃっと撮っちゃおー」

 まずはピンで撮影。
 中条は、さすがモデル経験者だけあって、ポーズの取り方とか目線とか表情とか文句の付け所がない。
 いや、俺のことかっけーとか尊敬とか言ってたけど、恥ずかしくなってきた。

「さすが経験者は違うわ。服が喜んでる!」

 姉ちゃんもめっちゃ喜んでる。

「じゃぁ、次はツーショットいくよー。とりあえず、立って並んでもらおうかな」

 急に緊張してきた。
 中条の隣に立った俺は、気まずくてギクシャクしてしまう。距離の取り方もよくわからないでもじもじしていると、姉ちゃんが「あー、そっか」となにやら納得した。

「誰かと一緒に撮るなんて初めてだもんね、そりゃ難しいか」

 そうだ、それだ。
 相手が中条だから、じゃなくて、それだ。
 俺は激しく同意して首をうんうんと縦に振った。

「かくいう私も、アレなんだけど……。じゃぁ、ポーズ指定するから、佑太朗くんは尊のフォローよろしく」
「はーい」

 ホームなのに、なにこのアウェイ感。
 くそ、悔しい。
 俺だってやるときゃやるんだぞ……!

 変なところで負けず嫌いが顔を出す。

「もっとくっついて、二人とも目線こっち」

 負けてられねぇっ。
 俺は姉ちゃんの指示通り必死に動いていく。

 ――パシャ、パシャ

「向かい合って、両手軽くつないで見つめ合って」

 うぅ、イケメンが目にツラい。

「尊ー、照れない」
「うっ……」

 んなこと言われても……直視は、無理だって。
 視線を逸らす俺の頬に、中条の手が触れたかと思えば、次の瞬間にはグイっと腰を抱き寄せられて体が密着する。

「お、おい」

 そんな指示は出ていないぞイケメン。

「黙って」

 不満を訴えた俺は、中条の顔を見てハッとする。
 伏目がちにこちらを見つめるその表情は、真剣そのもの、プロの顔だった。

 ふざけてるわけでも、からかってるわけでもなくて。
 こいつ、今、モデルやってんだ。

 俺の中でなにかが吹っ切れたように、心が落ち着きを取り戻す。

 一つ深呼吸をしてから、俺は目の前の中条を真っすぐ見つめ返した。

 ――パシャ

「いい感じー。続けて続けて」


 中条のリードを受けながら、ポーズを変えていけば、都度シャッターが切られていった。

 途中衣装チェンジも挟んで、撮影は順調に進む。
 ソファで膝に座らせられたり、壁ドンされたり、お姫様抱っこもされた。

 あまりの恥ずかしさに叫びそうになりながらも、なけなしのプロ根性でなんとか踏ん張る。

「じゃぁ、次で最後! とびっきりのちょうだいっ」

 なんだよ、とびっきりって。
 まったく……。
 撮影でテンション上がってる姉ちゃんには手が付けられないんだよな。

 どうしたものか、と悩んだのもつかの間。

「micco」

 不意に響いたなんとも甘い声に釣られて見上げた先、これまた極上に甘いほほ笑みの中条がいた。

 ――視界いっぱいに。

 そして、ちゅっというリップ音を立てて、柔らかな唇が頬に触れる。

 ――パシャ

「――――っ⁉」

 俺よりも早く反応したのは、姉ちゃん。シャッター音よりもワンテンポ遅れて俺は後ろに飛びのいた。

「おっ……おっ、おまっ……」

 今っ、ほっぺにちゅーしただろ!

「とびっきりのやつ」

 したり顔の中条を前に、俺の叫びは声にならず、頬を押さえたまま口をパクパクさせるだけしかできない。

「あーもう、二人とも最っ高! お姉ちゃんは鼻血出そうだった」

 姉ちゃんの意味不明な発言で撮影はお開きとなった。

 片瀬尊、17歳。
 一生の不覚である。




「佑太朗くん、今日はありがとう! おかげで良いのが撮れたー!」
「俺もちょー楽しかったです!」

 撮影の後、俺たちは打ち上げと称してファミレスに来ていた。

「撮影料の代わりにごちそうするから好きなの頼んで!」
「やった、あーざーっす」

 俺は、女装を解いて通常スタイルに戻っていた。姉ちゃんはカメラを手に今日の撮れ高を確認してはニタニタしている。

 わかる。
 すげぇわかる。
 絶対いいのが撮れてる自信あるもん。

 俺も見たいが、姉ちゃんの二の舞になること間違いなしだから今は我慢だ。
 後でデータを回してもらってゆっくり見よう。

「片瀬はなに頼む?」

 広げたメニューをちらりと見て、俺は「かつ丼」と即答。このファミレスはかつ丼一択。あまり冒険しない派。

「環さんは?」
「あー、どうしよっかなー。シーザーサラダと煮込みハンバーグにしよっかな。あと、ポテト」

 中条は店員を呼び出すと、俺と姉ちゃんの分まで注文してくれた。こういうスマートなことをさらっとできちゃう中条は、すごいと思う。

「飲み物取ってくるけど、なにがいい?」
「あ、俺もいく」

 立ち上がった中条の後を追う。
 少し前、それこそ先週まで、俺と中条は挨拶程度の仲だったのに、今こうして普通に友だちとして過ごしているのがなんだか不思議な気分だった。

「今日はありがとな。あんなに嬉しそうな姉ちゃん久しぶりだ」

 あぁ、俺は、また、素直になれずにシスコンを拗らせ中の弟になってしまう。

 もちろん、姉ちゃんが喜んでるのは普通に嬉しいが、そうじゃない。俺自身も、楽しかったんだ。中条のモデルの姿に刺激を受けたし、勉強にもなった。

「俺も楽しかったよ、すごく」

 中条は、まっすぐに気持ちを伝えてくる。
 やっぱり、俺とは大違いだ。

「可愛いmiccoを間近でたくさん見れたし。触りたい放題だったし。役得役得」
「おまっ、その言い方! いちいちいやらしいんだよ。それに、第一見た目は女でも体は男だからな」

 そこ忘れんなよ、と釘をさしておくが、中条は気に留める様子もなくメロンソーダを注いでいた。

「あ、環さんなに飲むかな?」
「コーラでいいんじゃん」
「尊は?」
「俺もコーラ。……って、な、なんでっ、名前」

 いきなり過ぎるだろ!
 心臓に悪いんだよ、このイケメン野郎が!

「だめ?」

 この顔に弱いんだよなぁ。
 捨てられた子犬みたいな、しゅんってした顔。

「す、好きにしろ」
「じゃぁ、尊も俺のこと名前で呼ぼうか」
「な、なんでそうなるんだよ! ほら、さっさと戻るぞ」

 中条の手からコーラを奪い取って席に戻れば、なにやら姉ちゃんが項垂れている。さっきまでのにやにやはどこへ消えた?

「ね、姉ちゃん、どした?」

 とりあえずコーラを置いて、訊ねれば姉ちゃんはむくりを顔をあげて中条を見た。

「佑太朗くん……、リンスタで顔出しはやっぱりダメだよね……」

 そのことか、と妙に納得した俺は苦笑いを浮かべるしかない。
 今日の撮影は、顔は出さないから協力して欲しいと頼んだものだった。こればっかりは、中条の私生活に影響することだから強制はできない。

 しかし中条からは、「別に出しても大丈夫っすよ」と、こちらの予想に反した回答が帰ってきた。

「え、いいの?」
「え、いいのか?」

 驚きのあまり姉弟でハモってしまう。

「うん、事務所に所属してるわけでもないし、問題ないよ」
「でも、クラスメイトとか近所とか、見られる可能性もあるんだぞ?」

 miccoのアカウントは数万人のフォロワーだが、実際、クラスの女子でさえmiccoのアカウントをチェックしてたんだ。一人が気づけば学校中、近所中に知れ渡ることになるかも知れないのに。

「まぁ、それ言ったら読モはもっとだし……変わんないかなって」
「佑太朗くんがそう言ってくれるなら、私としては万々歳なんだけど……、miccoって今まで誰かと撮影したことないから、あれこれ聞かれるかもだよ? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。それよりmiccoの初めての男になれて光栄じゃん」
「だ、だから、おまえ、言い方!」
「佑太朗くんのmicco愛半端ないわね。尊も諦めて操を捧げたら?」
「姉ちゃんまで!」

 あーもう! と俺は頭を抱えて天を仰いだ。
 
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