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 俺が白雪姫に出会ったのは、通っていた幼稚園の年長の時の劇発表だった。自分たちの発表が終わり、ほっとして観客にまわった俺は、違うクラスの発表で白雪姫を見て衝撃を受けた。

(あの子、かわいい……!)

 黄色いふわふわのスカートに青いTシャツという簡素な衣装にも関わらず、その白雪姫は一瞬にして俺の心を射抜いた。

 くりくりの瞳に、ちょっと凛々しい眉毛、そしてなにより白い肌と右目の泣きぼくろが特徴の、笑うと目尻が下がって、花がほころぶような子。

 こんな可愛い子が居たなんて知らなかった!

 宝物を発見した冒険者のごとく、俺は興奮が止まらない。

 これまで出会ったどの女の子よりも可愛いくて、俺は「ねぇ、あのお姫様誰?」と隣のやつの肩をゆする。

「知らなーい」
「え、ねぇ、ななみちゃんは知ってる?」

 気のない返事のやつは放っておいて反対側の子に尋ねるも、その子も知らないと言った。

 それも、仕方なかった。俺の通う幼稚園は、一学年4クラスもあるマンモス校だから隣のクラスの子の顔と名前が一致していることはまず稀だ。なら先生に聞けばいいじゃないかと思うかもしれない。俺もそうするべきだったと後で後悔するが、あの時は先生に聞いたらその子のことが好きだとバレてしまうのが無性に恥ずかしくて聞けなかった。白雪姫が誰だったのか俺は知ることができないまま卒園してしまった。

 でも、小学校で会えるかなと思っていたら俺は親の都合で隣町へと引っ越すことになり転校したせいで、白雪姫の真相は迷宮入りとなる。

 ずっと、忘れられなかった。

 あの時、あの白雪姫は、5歳の俺に衝撃を与え、その記憶は時を経ても薄まるどころか色あせもせず、鮮明に残っていた。

 それでも、俺だって男だから、可愛い女の子を見ればいいなと思うし、男女のあれこれにだってそれなりに興味を持っていた。
 だから誘われれば、デートもするしその先もそれなりに経験してきた。
 でも、いくら女の子と出かけても、肌を重ねても、いつも高い所から自分を俯瞰しているような、どこか冷めた気持ちしか生まれなかった。

 それもこれも、全部白雪姫のせいだ。

 なんて思ってたある日、俺はリンスタでおススメに上がってきた一枚の写真に衝撃を受ける。

 だって、そこに俺の白雪姫が居たから。

 くりくりの瞳に、少し凛々しい眉、そして白い肌と……右目の泣きぼくろ。
 間違いない。白雪姫だ。

 震える手でアイコンをタップする。プロフィールを見て、彼女が「micco」というアカウント名のモデルだと知った。
 けれど、モデルと言っても個人のデザイナーが作るオリジナルブランド服の広告塔兼ファッション紹介アカウントというだけで、どこかの事務所に所属しているわけでもなければ、雑誌に出るわけでもない、本当にリンスタだけで活動しているモデルだった。

 だからmiccoという名前以外、なんの情報もなく、俺の白雪姫は依然として遠い存在のままだった。

 幻のような存在だった彼女が、こうして生きている。
 こうして写真の中だけでも見れることは、俺にとってはとても有意義だった。

 それからというもの、miccoは俺の生活に彩を与えてくれた。更新が楽しみで仕方ない。例え、それが雲のような存在だとしても。

 なにを着ても可愛いmiccoは、どれだけ見ても飽きなかった。

(一目でいいから、実物に会いたいな……)

 アイドルに没頭するヲタクの気持ちが今ならわかる。一目見れて、あわよくば一言二言喋れて握手までできる機会を得られるのなら、全財産をつぎ込む自信があった。

 けれど、miccoはアイドルでもなければ芸能人ですらないからそれも叶わない。

 俺は、この先ずっと俺の白雪姫の呪縛から解放されないのだろうか……、と頭を悩ませていた。

  ――――そう

 あれは、そんな矢先の出会いだった。

 それを、運命と呼ばずしてなんと呼ぶのか、俺は知らない――――







「――うわっ」

 放課後に友だちと行ったカラオケの最中、忘れ物をしたことに気づいた俺は一人で学校に戻ってきた。明日英単語テストがあるのに、肝心の単語帳を忘れてきたのだ。
 急いで教室に向かっていた時、廊下と階段の曲がり角で誰かとぶつかり吹っ飛ばしてしまう。

「ったー……」
「悪いっ! 大丈夫か!?」

 尻もちをついた相手は、同じクラスの片瀬尊だった。話したことは、確かなかったはず。クラスでも静かで大人しそう、というのが第一印象。

 片瀬は、焦点の定まらない目をしたかと思えば、次には眉間にしわを寄せて地面をキョロキョロしだした。

「だ、大丈夫……、だけど、眼鏡が……」
「ここにあった。……良かった、壊れてはなさそうだけど……、ホントごめ、――あぁっ!」

 探してるのが眼鏡だとわかり、俺は急いで差し出すも、片瀬のこめかみを垂れる赤いそれに驚いて落としてしまった。

 ――カラン

 と音を立てて転がる眼鏡。それよりも、目の前の片瀬が優先だ。

「片瀬、血が出てる!」
「え……?」
「ちょっと見せて!」

 と、片瀬の顔を両手で挟んで、顔を隠す前髪をかき分けた俺は、息を呑む。

 まさか、そんな……。

「痛っ」

 視界の中の片瀬が、痛みに顔をゆがめる。脳裡に浮かんだ疑問に動揺したあまり、片瀬の傷口に触れてしまっていたようで慌てて手を引っ込めた。

 どっどっどっど、と全身の血液がものすごい速さで駆け巡る音が聞こえる。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 自分に言い聞かせて、俺は意識を目の前のことになんとか集中させた。

「あぁっ、ごめん! こめかみのところが切れてる、保健室行こう」
「だ、大丈夫だから……、それより眼鏡を……」
「わ、悪い! ホント、ごめん」

 足元に転がる眼鏡を今度こそ片瀬の手にのせてやる。すぐさま眼鏡をかけて片瀬はほっとした表情をみせたかと思えば、俺の顔をまじまじと見て「か、かわいい」とつぶやいた。

 聞き間違いかと思い「え?」と聞き返すも、片瀬は「な、なんでもない! じゃ、じゃぁ、俺もう行くから」と慌てて立ち上がる。

 俺は、帰ろうとする片瀬を引っ張って保健室へと連れて行った。保健室で傷の手当てを受ける片瀬の顔を改めて見て、俺の疑念は確信に変わっていく。

 


 ――見つけた、俺の白雪姫。




 miccoだということがバレて動揺している片瀬に、俺は言いふらすつもりなんか無いことを伝える。
 喜んだ片瀬に「お礼になんでもする」と言われて、俺はこの10年間溜め込んでいた願いを口にしてしまう。

『俺の彼女になって、片瀬』

 見れるだけでいいとか、思ってた自分はもうどこかに吹っ飛んでいたし、片瀬が男だとか女だとか、そんなことはどうでもよくてそもそも考える頭もなかった。


 とにかく、なんでもよかったんだ。



 白雪姫が手に入るなら……――――








「学校では、あまり俺に関わらないでほしいんだ」

 駅のホーム、ベンチに座った片瀬は膝の上で握りしめた両手をぼうっと眺めながら言った。「俺、目立つのとかそういうの苦手で……」と自分を主語にしたのは、きっと俺への配慮。

 本当は片瀬の願いなら、叶えてやりたいけど、関わらないなんてのは無理だ。

「やだ。俺は、片瀬と学校でも仲良くしたい」
「あ、あの、俺の話、聞いてた?」
「俺は、俺の意志で動く」
「……そこに俺の意志は……」
「悪いけど、ないかな」

 俺の身勝手な物言いに、片瀬は信じられないといった顔で見上げてきた。

 ホント悪いけど、俺、もう我慢しないって決めたから。ずっと追い求めていたものが目の前にあるんだ。手を伸ばさずにはいられないだろ。ましてや、掴んだ今、それを離すなんて愚か者のすることだ。

「ていうかさ、」

 俺は少しかがんで片瀬の耳元に唇を寄せて囁く。

「俺たち恋人じゃん?」

 バッ! と体を引いて過剰なくらいの反応を見せる片瀬が可愛い。そういえば、今日の昼の時も耳元で喋ったらビクついてたっけ。

「だぁっ! それ、やめろ」

 耳を押さえて顔を真っ赤にして、説得力の欠片もあったもんじゃないな。片瀬の弱点を一つ見つけて嬉しくなった俺は、気づかない振りをして「それって?」と敢えて訊ねる。

「耳元でささやくな!」
「あ、耳弱いんだ?」
「あぁーもうっ!」

 今にも頭からプシューっと蒸気がでそうなくらい、ゆでだこになっていくのを見て笑いをこらえるのが苦しい。

 すると、目の前の可愛い俺の白雪姫は、深呼吸をしだした。どうやら気持ちを落ち着けているようだけど、俺には子猫が「フ―ッ!」と威嚇しているようにしか見えない。

「――わかった、お前の好きにしろよ」

 少しして片瀬は、なにかを諦めたようにそう言った。

 投げやりな言葉に、ほんの少しの不安と罪悪感を覚えた俺は、ごめんと呟く。

 けれどその声は、電車が到着する音にかき消され、片瀬に聞こえたかどうかはわからない。

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