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 昼飯を食べ終わってから、なにかしたいことがあるかと聞かれた俺は、ちょうど昨日リンスタで欲しい新作グッズが投稿されていたのを思い出した。
 その雑貨屋がこの駅ビル内にあるのだ。
 ダメ元で言ってみれば、中条は二つ返事で承諾してくれた。

「ありがとな、付き合ってくれて」

 目当ての物をゲットした俺は気分がいい。隣を歩く中条からは、どういたしまして、と笑顔が返ってきた。

「中条って、やっぱ色々と慣れてるのなー」

 中条は、女性客しかいないファンシーな雑貨屋に躊躇う様子もなければ、俺が物色している間も文句一つ言わずに待ってくれた。
 それどころか、中条も一緒になって店内を楽しんでいる様子だったおかげで、俺も気兼ねすることなく見て回れた。それが、彼の素なのか気遣いなのか、俺には判断がつかない。

 俺の言葉に彼は「なにが?」と振り向いた。

「デート」
「あぁ」

 否定しないんだな。
 まぁ、このレベル(どのレベル)になると否定したところで謙遜通り越して嫌味だもんな。

「なんで彼女作らないの?」

 俺は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。高校に入ってから耳にする、女子の会話に頻出する「中条佑太朗」は、いつでも「みんなの佑太朗くん」だった。誰とでも仲がいい彼の周りには、いつでも可愛い女子が群がると言うのに。

「彼女にしたいなーって思える子に出会えなかったから、かな?」
「うわ、理想高すぎ」
「ははっ、まぁそうなるか。でも、俺の理想は目の前にいるんだけど?」
「いや、俺男だから」
「知ってるって」

 いや、なんか、ホント男でごめんって思った。

「あ、片瀬」 
「え?」

 突然、ぐい、と腕を引っ張られた。

 よろけるように中条に肩がぶつかるも、それをやさしく受け止めてくれたのはやっぱり中条の手だった。

 軽く抱きしめられて、ふわりと香るフレグランス。
 柔軟剤か香水か、どっちだろうと一瞬考えるも、目の前に中条の口元が見えたことで、どこかへ飛んでいく。あまりの近さに心拍数があがった。

「ちゃんと前みて歩けよなぁ」

 がやがやと通り過ぎていく男女数人の大学生っぽいグループの背中に向かって中条がぼやく。その声が、触れた体から振動として伝わってきて、どうにかなりそうだった。

「ご、ごめん、ぼーっとしてた」
「片瀬じゃなくて、あいつらだよ。あ、一回どっかで休憩するか」

 中条は、さりげなく俺の手を取ると、なんか小腹に入れたいなーとのんきな事を言いながら歩き出す。

 俺よりも一回り大きな、中条の手は、確かに男の手でごつごつとしている。そして、手の中で俺の手を持ち替えて指を絡めてきた。
 そのあまりにも自然な動作に、俺はされるがまま。すっかり抵抗するタイミングを逃してしまうも、現実が俺を正気に戻す。

「ちょっ、な、中条! 手!」
「あ、嫌だった?」

 バッと振り向いた中条は、その整った顔を悲壮に歪めている。そんなあからさまに落ち込まれるのは、こちらとしてもなかなかしんどいものがある。

「やだっていうか……、誰かに見られたらどーすんだよ!」
「俺は別にどうもしないけど? 片瀬が嫌じゃなければつなぎたい」
「つなぎたいって……、俺たち男同士じゃん」
「大丈夫だって、どっからどう見ても片瀬は女にしか見えないから」

 そういうことを言っているんじゃないんだけど……。

 ニカッと笑顔を向けられてしまえばなにも言えなくなるってもんだ。

 はぁ、俺、今気づいた。
 イケメンに弱いんだ。




 帰宅したのは、夕方6時前。
 日が長くなったとは言え、家に着く頃には空は薄暗く街灯に灯りがついていた。母親のおかえりーという声から逃げるように俺は自室へ向かい、後ろ手で閉めたドアに背中を預けるとずるずるとその場に座り込んだ。

 顔が、熱い。心臓が、うるさい。

 なんだこれ。

 自分の体が言うことをきかない。

 あいつは、今頃駅に着いた頃だろうか、とついさっき俺の家の前で別れたばかりの中条を思い出す。カフェで休憩して、スイーツを半分こして、たくさん喋ってたら、遅くなって、時間が遅いから送っていくと引かないあいつに折れる形で家まで送ってもらった。

 俺、男なのに。
 当たり前のようにリードされて、手をつながれて、守られて、笑顔を向けられて……。
 まるで彼女にするみたいに大切に扱われて、なんか頭が錯覚したんだきっと。

 恋愛慣れしてない超初心者が、熟練の師範クラスのやつに敵うわけがないんだきっと。

 だから大丈夫だ。

 なにが大丈夫でなにが大丈夫じゃないかわからないのに、俺は自分に大丈夫と言い聞かせる。

「尊、入るよー」
「いてッ」

 返事を待つ気のない姉ちゃんが、ドアを開けたせいで俺の背中が押された。慌てて立ち上がった俺を見て「なにしてんの、そこで」と呆れた顔をした。

「べつに」
「やだぁ、べつにとか、反抗期じゃあるまいし。今日朝からお支度してあげたお姉さまに言うセリフぅ?」
「うっ」

 それを言われてしまえば、もうなにも言えない俺は、素直にすみませんと謝る。姉ちゃんはずかずかと部屋に入ってきてベッドに座った。俺の部屋に来た理由は一つしかない。

「俺今帰ってきたばっかりなんだけど」

 一息つく間もくれないのか、とスマホや財布をジーンズのポケットから抜き取りテーブルの上に放り投げた。それから、被ってるかつらやつけているアクセサリーを一つひとつ外していく。ウィッグネットで押さえつけられた頭は汗ばんでいて気持ち悪いから早く取ってしまいたかった。こんな思いをするなら地毛を伸ばすのもありか、と一瞬思った自分をぶん殴りたい。

「待ってたんだもーん。――で、どうだったの、デート」

 ぶっちゃけ、すんげぇ楽しかった。

 なんて、言えるわけねぇ!

「どうもしねぇよ。普通だ普通」
「普通ってなによ、普通に楽しかったってこと? それとも退屈だった?」

 どうにも掘り下げたいらしい姉ちゃんに、俺は今日買った紙袋の中の物を取り出して渡す。

「ぎゃっ! なにコレ! おにかわじゃん」
「好きだろそれ」

 頭に角を生やした癒し系キャラクター「おにかわ」のキャラクターがデザインされたネイルチップだ。雑貨屋で見かけて買っておいて正解だった。

「やーん、さすが私の妹!」
「誰が妹だ」

 俺の頭をぎゅっと抱きしめてくる姉ちゃんを腕で押しのける。無駄にデカい胸のせいで窒息しそうだ。

「それで? 国宝級イケメンの中条くんは、どういうつもりなんだったの?」

「――あ……」
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