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第一章 『誰が為の異世界』

12  『怪奇!恐怖の視線!?』

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 ポツンと取り残された私。
 仕方ないので言われるがままにアイナを家の中で待つことにした。
 アイナ、遅いなぁ。

「思った以上に広いなぁ」

 ドーム状に広がる室内は土壁のおかげで全体的に茶色の色合いが強い。

「モンゴルの……ゲルってやつに似ているけれど、ちょっと違うかな」

 確かに遊牧民族であるモンゴル人が使用しているゲルと呼ばれる移動式住居に似てなくもない。
 しかしあれよりも室内は広く、そして質素であると感じる。

「部屋は無いから、ここで雑魚寝になりそうだな」

 扉は屋外と屋内を仕切るものしか設置されていない。
 そのため個別の部屋は存在しないので、室内そのものは広く感じる。
 家具や調度品も種類、個数と共に極端に少ない。
 タンス、ベッド、机といったような大きめなもの。
 食器、武器、本、紙といったような小さめなもの。
 それらで形成されたこの家屋は物に溢れた生活を送ってきた人間にとって、少々寂しい感じがした。

「ちょっと休憩っと……」

 私は一人が寝るにはかなり大きなサイズのベッドに腰を下ろす。
 
 この手触り、おそらくあのキーチェという動物の毛皮を使っているに違いない。
 ふっかふかだ。
 そんな心癒される材質のベッドを擦りながら、ようやっと私は自身の状況確認を始める。

「ここはケルザの集落で、今この世界では戦争が起こっていて、アーク語が共通言語と」

 覚える事柄を声に出しながら、私は普段から肌身離さず携帯していたメモ帳に書き込んでいく。

「木の化け物ブルグ、馬羊牛のキーチェ、私を助けてくれた少女アイナ、集落の長エーファ」

 こうして書いておくことで様々な重要な語句を忘れないようにしなければ。
 それにこれからはこの世界の公用語であるアーク語を理解、習得しなければいけないのだ。
 今のうちに海外のどの言葉とも違うニュアンスのアーク語に慣れておかないとこの先思いやられる。
 それにこの世界が私のよく知るファンタジーな世界であることを強調している部分にも着目しなければならない。

「生まれてこのかた剣なんて振ったことが無いのに、果たして生きていけるのかね」

 溜息が零れる私の頭の中にあるのは、ズバリ魔物のことだ。

 そりゃあ小さい頃にテレビで活躍していたスーパーヒーローに憧れて、おもちゃの剣を振り回して遊んでいたことは、勿論やんちゃな男子小学生だったので痛いほど経験している。
 だがそれはあくまでもお遊び、ここでは剣の扱い方次第で生き死にが決まる。
 あれだけ多くの人間に心配されていたということは、おそらくあの大樹の化け物が並々ならぬ力を有しているということの裏付けに繋がる。

 私はもしかしたら死んでいたのかもしれない。

 そう考えるだけでゾッとする。
 そもそも林檎を取っていた時に襲われなかったこと自体、一生分の幸運を使い切っていてもおかしくないほどの出来事だったのだろうと今にして思う。
 命のやり取りなんて経験したことない私にとって、異世界に来たことと同じぐらいふわふわしている内容だった。

「けどこのままここにいても、元の世界に戻れない可能性は高い」

 正直何の手がかりも掴めていないが、ここは長年生きてきた人間の勘に従う。

「いつかこの集落を出ないといけない、そのためにはまずここで生きる力を付けないと」

 そのためにしないといけないことはこの三つ。

「集落の人と交流を深めこの世界の知識を得つつ、腕っぷしが強そうなアイナに剣を教わることと並行しながらアーク語の習得……とんだハードモードだなー」

 授けられた力は吹き替えとかいう異能なんて呼べるかどうかも怪しいもので。
 そもそも普通の異世界召喚では言葉はなんやかんやで通じるから、より欠陥さが際立つのだ。
 グダグダ言っても仕方ない。

「まぁとりあえず当面の予定はこれで決まり……ん?」

 どこからか何者かの視線を感じる。
 物があまり置かれていない広々とした室内を見渡しても私以外に誰もいない。
 暖簾がぶら下がっている出口をの方を覗いても、影はおろか人の姿は見当たらない。

「うーん、疲れてるのかな……」

 慣れない事態を転々と行き来してきたせいで、疲れてるに違いない。
 いくらファンタジーの世界だからといって幽霊なんてそんな非科学的なもの! 
 いや科学はこの世界で果たして存在しえるのか……? わ、分からん!
 荒ぶる気持ちを静めるべく俯きながら目頭を抑える。
 私はその際に見てはいけないものを視界の端に映りこませてしまった。

「(っ!? 何か人がいたような!?)」

 位置としてはちょうどベッドに腰かける私の股の辺りだ。間違いない。
 どこから現れたんだとか一体何者だとか置いといて。
 怖くて目が開けられない……。

『ここまで読んできた読書諸君ならお気づきだろうが、私は幽霊が苦手である』
『正直に言うとあの黒くてカサカサした名前を言ってはいけないあれよりも苦手である』

 しかし五感の一つを遮断したせいで他の感覚が鋭敏になっている。
 だからだろう、幽霊にズボンを引っ張られている気がするのは。
 ただ強く引っ張ってベッドの下に引き摺りこもうとする意志は感じられない。
 もしかたらめちゃくちゃ優しい良い幽霊なのではないだろうか。
 幽霊でない可能性をすでに捨てていた私は決心し薄目を開けるどころか両目を見開き幽霊の正体を暴く!

 ‹…………›




 その正体は幼女だった。
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