我慢を止めた男の話

DAIMON

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第三十六話『地竜の巣穴』

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 思いがけず異世界のワカメを手に入れた俺とキャスは、当初の目的である冒険者ギルド・ビクスビー支部に辿り着いた。

 建物の規模としては王都には劣るものの、同系のダンジョン都市であるマーセンの支部と同程度に感じる。

「ふ~む」

 依頼書の掲示板を眺めてみると、やはりダンジョン探索やダンジョン内の採取の依頼が多い。
 報酬も中々高く、中でもドラゴンに関する依頼の報酬が高額だ。
 ドラゴンの骨でも鱗でも、それこそ糞の化石でさえ高額で買い取るという依頼が多数貼られている。

「(ウ◯コの)化石ですらこの額が付くのか……。やっぱりドラゴンの素材って貴重なんだなぁ」

「そりゃそうよ。武器・防具の素材とか、伝説級の薬の材料とか、その道の専門家が喉から手が出るほど欲しがる代物だもの」

「しかし、生きたドラゴンはそう簡単に狩れるもんじゃない、と」

「当然。何たって最強種の魔物だもの。倒せたら英雄よ、英雄」

 キャスが言うには、そんな竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーの御伽話もあるにはあるが、寧ろソレを夢見た冒険者なり騎士なりが挑んであっさり返り討ちにあった挙句、怒り狂ったドラゴンにそいつらの出身国まで滅ぼされた~という類の実話寄りの昔話の方が遥かに多いという。
 地域によってはドラゴンを信仰の対象にしていたり、その怒りが自分達に向く可能性を恐れて討伐はおろか接近すら禁止しているところもあるとか。

 この世界でもドラゴンは最強か、触らぬ神に祟りなしってヤツだな。
 俺も気を付けておこう……こっちに来てから何かとトラブルに巻き込まれる事が増えたからな。

「よっしゃー!行くぜリリー!」

「うん!」

 む?

 元気な声に思わず振り向くと、灰色の短髪の若い男と茶色の長い髪を三つ編みに纏めた若い女が走ってギルドを出て行った。
 2人とも歳の頃は18歳前後だろうか。
 見たところ駆け出しかな――って、偉そうに出来るほど俺もベテランではなかった。
 何にしても、頑張れ青少年ってところだ。

 さて、俺も少し見習って、程々に頑張ってみようか――。

 早速受付に行き、ダンジョンの探索について話を聞いた。
 探索許可証と探索の基本的な規則はマーセンと大体同じだった。

 金を払って、探索許可証を発行してもらう。
 あとは依頼を受けるなり、俺達で独自に探索するなり、自由にダンジョンに入れる。

 ただ、許可証を受け取る時に職員から少し気になる話を聞いた……。

 近頃、地下に出る魔物に変化が生じているらしい。

 地竜の巣穴に出る魔物は元々ゴーレムや蝙蝠、虫、蜘蛛、蜥蜴など自然生息系ばかりだったが、ここ数ヶ月リザードマンやゾンビ、スケルトンなど今までにいなかった種類が現れる様になり、冒険者・探索者が死傷する事が増えているそうだ。

 リザードマンと聞いて思い出されるのは、少し前に村が襲われたあの事件……。

 いや、まさかな……?
 アレとここのリザードマンが同系統とか、帝国に関わりがあるとか……無いよな?

 帝国となんか関わりたくないっつーのに……。
 いや、王都で襲撃された事を鑑みれば、もはや手遅れだとは思うが……それでも厄介事・面倒事は御免被りたい……。
 こうやって頭を悩ませる事自体が厄介事に振り回されている事実か……ちくしょうめ。

 ダンジョン探索で気分を変えよう――!

「俺達はどうやって探索する?何か依頼を受けるか?それとも自由に探索するか?」

「そうね~、とりあえず試しに潜ってみましょう。感じを掴んでおきたいわ」

「了解」

 という訳で、先ずは自由探索でダンジョンに潜る事に――。

「じゃあ、先ずは地図を買うか」

「買ったわよ」

「早ぇな!?」

「こんなのダンジョン探索の常識よ、常識」

 なるほど、確かに。
 思えばキャスは元々ダンジョン探索を主に活動していた冒険者、ダンジョン関連はお手のものか。

「他に必要なものは……」

「潜る前から全部なんか揃わないわよ。オーソドックスな装備で潜ってみて、必要な物が分かったら買い足すの」

「なるほど」

 ダンジョン探索はキャスに教えてもらうのが良さそうだ。

「よろしく、先輩」

「ふふん、任せなさい!後輩!」

 得意げに胸を張るキャス――まあ、と言ってもキャスに胸は無――おっと。

「何すんだよ?」

「今何考えた!?」

「別に何も」

「嘘吐きなさい!バレないとでも思ってんの!?このッ!」

 殴る蹴るの暴行を仕掛けてくるキャスを体を捻って避ける。
 まったく野蛮な奴だ、妄想に罪はないと知らんのか?

「知るかぁー!!」



 そんな茶番を挟んだが、準備を早々に済ませてダンジョンに向かった。

 ダンジョン『地竜の巣穴』は町から少しだけ離れた場所にある。
 ダンジョンの前には広場があり、そこでは露店の市場が開かれている。

 聞いた話では、鉱山だった頃はもっと近くまで町が広がっていたが、ダンジョンと繋がった後は魔物への備えから近くの建物が取り壊され、代わりに防壁が築かれたそうだ。
 そうしてダンジョン前には広いが何もない場所が生まれ、そこで商売人達がテントや露店を広げ、ダンジョンに潜る人間を相手に商売をする、露店市の原型が形作られる事になった。
 最初の頃は半ば闇市状態で、何かしらの粗悪品や偽物が出回ったり、詐欺やぼったくりなど悪い商売が横行し、犯罪の温床にまでなっていた。
 その状況を打開する為、王国と商業ギルド・冒険者ギルドが協力して闇商人達を一掃し、ルールを設けて管理を徹底し、健全な商売を行う正式な露店市となった――という経緯がある。

 まあ、どんなに管理を徹底しても、人間のやる事は完璧といかないのが現実……。

「やっぱり粗悪品が結構混ざってるわねぇ……」

 キャスが露店の商品をざっと眺めて呟く。

 ダンジョンの前に見物がてら市場をあるいているのだが、ダンジョン探索に役立つアイテムの類を見ていると、町中の店より価格が少し割高になっている様に感じる。
 ここは仕方がないと思う。
 日本でも、山とか海の現地の店では飲み物などは幾らか割高になるのと同じだろう。

 しかし、商品の中に一定粗悪品の類が混ざっているのは、仕方なくないのではなかろうか……?

 キャスは道具等の目利きが出来るらしく、手に取る事なく見分けている。
 何でも、造りが甘くてすぐ壊れるとか、ちゃんと機能しないとか、そういうのは少し観察すれば分かるという。

 本当だろうか……?
 マーセンでは、帝国の間者だか工作員だかに変な寄せ餌を掴まされた癖に……。

「あれは!初めて見る道具だったから思い切って試してみようと思って買ったのよっ!そうしたらあんな事に……キィ~!忌々しい!!あの怪しい商人野郎め!覚えてろッ!」

 目を吊り上げて、地面を踏みつけるキャス。
 嫌な事を思い出させてしまった様だ……失敗、失敗。

 まあ、とにかく、見知った道具やそれに近い道具なら目利き出来るという事らしい。
 そんなキャスからすると、この露店市は粗悪品が嫌らしい感じに混ざっているという。

「嫌らしい?」

「なんかねぇ、嫌な感じなのよ……目利きでもうっかり騙されるくらい巧妙に混ざってる様な、商人達も分からないところで混ぜられてる様な……とにかく、嫌な感じ……」

 俺にはよく分からないが、キャスにはどうも粗悪品の混ざり方にきな臭さを感じる様だ。
 こういう所は経験によるのかもしれない。

 そんな経験豊富なキャスに教わって、粗悪品の見分け方を少し勉強してから、俺達はいよいよダンジョン『地竜の巣穴』に足を踏み入れた。

 入口から奥へ伸びる通路は、壁や天井に崩落防止の木の枠が嵌め込まれ、地面にレールの跡がある。
 正に炭鉱跡という感じだ。
 等間隔に壁に松明が置かれているのは、冒険者ギルドが設置しているんだろうか?

 炭鉱と言えば……。

「カナリアでも買って連れて来るんだったかな」

「カナリア?ああ、毒気の警報ね。悪くないけど、連れ歩くのとか世話とか面倒よ?」

「ああ、それもそうか」

 地球でも大昔、カナリアは毒ガスなどを敏感に感知するので、炭鉱で警報役として活用されていた。
 ふと思い出して呟いたが、この世界でも同じな様だ。
 しかし、キャスの言う通り、カナリアは生き物――炭鉱というかダンジョンに連れて行くのは一手間だし、後々の世話もしなければならないから、今回のダンジョンアタックだけを考えて購入するのは少し短慮か……。
 今後も使える保証もないし、カナリアは保留だな。
 それにいざ危険となったら、俺がチートで何とか――

「ッ!」ブンブン!

「えっ?な、なに?どうしたの?」

「いや、ちょっと嫌な考えが頭をよぎった……」

 いかんいかん。
 何でもかんでもチートに頼ってたら油断して足元を掬われる!
 こういう思考が1番危険だ。
 かといって出し惜しみで命の危険を招いても駄目――バランスが難しい。

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。行こう」

 考え込んでいたら心配させてしまった様だ。
 切り替えていこう。

 余計な思考を頭の隅に仕舞って、坑道を進んでいく。
 坑道は人が通るには余裕のある高さと道幅があるが、俺の大剣である『青天』を思い切り振り回せるほどの広さはない。
 坑道での戦闘は、今は素手でやるしかなさそうだが、何か小回りのきく武器を持つ事も検討するか。

「ん?分かれ道か」

 少し歩くと、道が左右に分かれた。

「地図によると、奥に行くなら左ね。右に行くと行き止まりみたい」

 広げた地図を見ながらキャスが言う。
 俺もその地図を覗き込む。

 確かに、右の道は進むと幾つか分岐はあるものの、どれも行き止まりになっていると描いてある。

「この行き止まりは、採掘場所の跡か?」

「多分ね。どの行き止まりも少し広い部屋ルームになってるみたいだし。まあ、まず何も無いわよ。こんな浅い場所なら他の冒険者に調べ尽くされてるだろうし、そもそも鉱山の頃に鉱石とかも掘り尽くしたんじゃない?」

「かもな」

 という事は、右に行く理由は無いな。

 ならばさっさと左の道へ――

「――うわあぁぁ~~!!??」
「――きゃあぁぁ~~!!??」

 悲鳴!?

「なんだなんだ!?」

「どっかの冒険者が魔物にでも襲われてるんでしょ」

「冷静か!」

 悲鳴の声が若かったのが気にかかる。
 それにどこかで聞いた様な気が……いや、考えている場合じゃない!

「行くぞ!」

「え、行くの?」

 何でそこで不思議そうな顔になる?

「だってアンタ、面倒事は嫌いって言ってたじゃない」

「そりゃそうだが!だからって問答無用で見捨てるのは鬼畜だろ!」

 まあ、行ってみて実は相手がクズだったりしたら容赦なく見捨てるが……。

 って、だから考えてる場合か!

「とにかく行くぞっ!」

「はいはい」

 俺達は悲鳴が聞こえた右の道を走った――。

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