我慢を止めた男の話

DAIMON

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第三十二話『賠償』

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「いやぁ、まさか王城に入れるなんてね~」

 ちゃっかりついて来たキャスが、上機嫌に茶菓子を頬張る。
 こいつは遠慮がなくて、少し羨ましい……。

 冤罪の尋問から解放され、俺はワイルズ将軍の招きで王城へとやって来た。
 2頭の馬が引く、外見も内装も豪勢な馬車に揺られ、街の人々の注目に晒されながらの移動は、中々気恥ずかしいものがあった……。
 例え中にいた俺の姿が見られていないとしても、居心地の悪さはどうにもならなかった……。

 キャスとフラン支部長も同行し、2人とも今はメイドさんが淹れてくれたお茶と高級に違いない茶菓子を摘んでいる。

 俺もついさっき王城に務める軍の治癒術師に診察と治療を受け、戻ってきて、食事も済ませ、今は休ませてもらっているところだ。
 診察の結果は問題なし――若干の疲労はあるものの命に関わる事はまず無いだろうとのこと。
 まあ、そうだろうなと俺も思う。
 こっそり魔法で水は飲んでたし、元からこの体はチート、3日の絶食ぐらいは何とかなるのだろう。

 それにしても……。

「はぁ……」

「何よジロウ?治療受けた割に疲れてるじゃない?」

 ソファに体を預けて思わず溜め息を吐いてしまったのを、キャスに指摘された。

「いや、疲れてる訳じゃないんだが……落ち着かないんだよ、ここ」

「ここって、この客室?」

 キャスは室内を見渡す。

 王城内にある客室というか貴賓室の1つらしいこの部屋は、先ずメチャクチャ広い。
 日本で俺が暮らしていた賃貸アパートが一部屋どころか一棟丸ごと収まりかねないほどだ……。
 外の光をふんだんに取り入れる広く高い窓、その外にはテーブルと椅子が3・4組は置けそうなバルコニー……。
 室内は格調高そうな壁には何処かの景色を描いた絵画が掛けられている。
 床には高そうな絨毯の敷かれ、アンティーク調のテーブルや椅子、ソファが置かれ、壁際には暖炉まで備えられている。

 一言で表せば豪華――正に王城の貴賓室に相応しい格を表しているのだろう。

 だが、しかし――

「豪華過ぎて俺には合わないんだよ……」

 ついでに、さっきの食事も……一品一品出てくるフルコース形式で、どの料理も一級品の器に芸術品かの様に美しく盛り付けられ、側に給仕係が付き、逐一世話を焼かれるという……まるで貴族の会食に紛れ込んでしまった様な気分だった……。
 一応、俺の体を気遣ったメニュー構成で、味も美味かったと思うが……緊張してしまい、殆ど味わえず……結局、堅苦しくて気疲れした印象だけが強く残った……。

「変なとこ気にするのねぇ、招待されたんだから満喫したらいいのに」

「放っとけ。こちとら先祖代々生粋の庶民なんだよ」

「んなもんアタシだってそうよ」

「ちなみに私もそうですよ」

「えっ!?」

 フラン支部長も!?
 そのティーカップを持ち上げる所作に気品が溢れてますが!?

「マナーや所作などは立場上、必要に駆られて身に付けたに過ぎません。人は生まれこそ選べませんが、育ち方・生き方はある程度選べます。まあ、言うは易し……ですが」

 至極正論、ご尤も……。
 何だかんだと言い訳と我慢でこれまでを惰性で選んできた俺には、有り難過ぎて胸にブッ刺さる御言葉だ……。

「ンン、余談でした。どうしても居心地が悪いという事でしたら、賠償の話が済んだら城を辞して良いと思いますよ。実際、要件はそれだけですしね」

 それもご尤も。
 そうするか。
 これ以上城の中にいると、逆にストレスで参ってしまいそうだ……。

 それから暫くして――

「すまない、待たせてしまったな」

 ワイルズ将軍殿がやって来た。
 何か布が被せられたトレイを持った紫色の髪をしたメイドさんを引き連れて……。

「改めて名乗ろう――イーノック・ワイルズだ。国王陛下より将軍の地位を頂き、王国の軍事を預かっている」

「あ、どうも、ご丁寧に……ジロウ・ハセガワです」

 対面のソファに背筋を伸ばして腰掛けるワイルズ将軍。
 その後ろにさっきのメイドさんが目を閉じて控えている。

 あれ……?
 何だろう……何か、このメイドさん、妙に迫力がある様な……?

 いや、ジロジロ見るのも失礼か、止めよう。

「今回は本当にすまなかった。兵の愚挙を止められなかったのは私の責任……心より謝罪する」

 ワイルズ将軍が頭を下げてくる。

「そんな、頭を上げてください。謝罪は受け入れますので……」

「……感謝する」

 徐に頭を上げる将軍。
 庶民に過ぎない俺に躊躇を見せず頭を下げるとは、腹の内は読めないが、一先ずワイルズ将軍に悪い印象はない。

 出来ればこの場にアニータがいてくれると俺の気持ちに余裕が出たんだが……いないものは仕方がない。

「さて、では先ず今回の一件の賠償について話そうか」

 将軍がそう言うと、後ろのメイドさんが俺たちの間に置かれたテーブルの横にやって来て、持っていたトレイをそっと置いた。
 そして、両手で丁寧に被さった布を取る。

「賠償金として、金貨50枚を用意した。受け取って欲しい」

 そこにあったのはピシッと積まれた金貨ーー10枚の束が5本並んで立っている。

 えっ!?
 こんなに貰えるの!?

「あら?随分と安い賠償ですね?Aランク冒険者を3日も不当に拘束しておいて……」

 はっ!?
 安い!?
 金貨50枚ぞ!?
 日本円換算で50万円(推定)ぞ!?

 思わず振り返ると、フラン支部長の目がスゥと細く鋭くなっていた……怖。

「……現在これが私の権限で出せる限界の額なのだ。王都に勤める君ならば、王国の現状は把握しているだろう?」

「私に同情を求めても無駄ですよ。王国の現状はそちらの管轄でしょう。ギルド支部長の立場から言っても冒険者を安く見られるのは看過できませんし、何より……恩人を軽く扱われるのは断じて許せません」

 恩人て、そんな大袈裟な……。
 当人の俺よりフラン支部長が厳しい姿勢なのに戸惑いを禁じえない……。

「軽く扱ったつもりなどない。しかし、立場を言うなら、私は将軍……王国の軍事に関わる事全ての責任を背負っている。当然、予算もな……無い袖は触れん」

「あの……すいません、将軍も支部長も落ち着いてもらえますか?」

 雲行きが怪しかったので、多少強引だが話に割り込む事にした。
 というか、俺が本来の当事者だし……置いてけぼりにされても困る。

「俺は構いません。賠償金金貨50枚、これで手打ちにしましょう」

「ジロウさん、良いのですか?」

「良いのです」

 フラン支部長に即答を返す。
 ぶっちゃけもう面倒くさいんだ……これ以上、この話を長引かせたくない。
 早く終わらせて帰りたい……。

「……重ねて、感謝する」

 またワイルズ将軍が頭を下げてくる。
 それはもういいってば……。

 あ、でも、一応言っておくか。

「代わりと言ってはなんですが、ワイルズ将軍。今回の一件については、これっきりにしてください。後々、変な依頼や頼み事をしてくるなどは止めてほしいです」

「無論だ。元よりそんな恥知らずな真似をするつもりはない」

「それと、今回の事を引き合いに出して他の冒険者達と交渉するのも止めてください。変な前例になりたくないので……」

「承知した」

 とりあえず、これでいいか。
 相手が下手に出ているからと、調子に乗ってアレコレしつこく言って、機嫌を悪くさせてもいかん。

「今回の事件の詳細は現在も調査中、関わった者達への処分も検討中だ。諸々決定・判明次第、冒険者ギルドに報告を送ろう」

「あ、それは結構です。要らないです」

「む?気にならないのか……?」

「はい」

 寧ろ知りたくないです。
 何がどうしてこうなったか……誰が何をやらかしたのか……そんなもの知ったところで俺には何の得にもならないし、もはや興味も無い。

 ただ……。

「ただ、俺を尋問したあの兵士……アイツの顔は二度と見たくありませんね」

 思い出したくもないが、暫くは頭に焼き付いて離れないであろう顎髭兵士の顔と怒鳴り声……いかん、思い出したら腹が立ってきた。
 一刻も早く忘れたい……その為にも、金輪際、あの野郎と関わらない様にしたい。

「……なるほど、確かにそうだろうな。承知した。厳正な処分を下した上、その様に取り計らおう」

「よろしくお願いします」

 まあ、どうしろと言わないんだから、この位は細やかな復讐だろう……。
 このやり取りであの顎髭兵士がどうなるのかは知らん。
 責任を持つ気も無い。
 あの野郎の自業自得だ。

「私は要りますので、きっちり報告を送ってくださいね。将軍」

「……ああ、承知している」

 釘を刺すフラン支部長に、溜め息を吐くように答えるワイルズ将軍。
 なんかこの2人、仲が良いのか悪いのか……単に冒険者ギルド支部長と王国将軍というだけじゃない様な、どことなく気安さの様なものを感じるのは気のせいか?

「はぁぁ……相変わらず手厳しいな、フラン」

「貴方も相変わらず苦労性の様ですね、イーノック」

 お互いを名前で呼び合った……?
 やっぱり立場を越えた繋がりがあるのか、この2人……。

「あの、支部長と将軍はどういったご関係で……?」

 気になったので軽く聞いてみる。
 すると、2人は顔を見合わせた。

「そうだな……一言で表すとすれば、だろうな」

「そうですね。少し昔に、戦場を共にした仲ですから。あの時は貴方は確か、中隊長になったばかりでしたか。思えば出世したものですね」

「君こそ、当時はまだBランク冒険者だったのが、今や王都支部長なのだから、お互い様だろう」

 中々深そうな繋がりじゃないか……ていうか、少し昔っていつの事だよ……?

「思い返すと懐かしいですね」

「そうだな」

 フッと笑みを浮かべ合うフラン支部長とワイルズ将軍。

 軽い気持ちで聞いてみたが、謎が深まったな……。
 フラン支部長……肌の艶と張りは20代ぐらいに見えるのに、ワイルズ将軍と同世代なのか?
 いや、逆にワイルズ将軍が老けているのか?
 苦労性とか言っていたし……。

 う~ん、謎……。
 深い沼の気配がする……これ以上踏み込むのは止めておこう。



 とにかく、賠償の話はこれで終わり――将軍も忙しいだろうという事で、俺は早々に城を出た。



「折角なんだから、泊まっていけば良かったのに~」

「うっせえ、眠れねえよ……」

 キャスが軽く文句を言ってきたが一蹴しておいた……。

 何か、ただついて来ただけのキャスが一番満喫していた気がする……。
 ちゃっかりしやがって……。


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