我慢を止めた男の話

DAIMON

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第三十話『何でこうなる……?』

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「……ぅ……?」

 目が覚めた……今何時だ?

「ぶわあぁぁぁ~~……!」

 あ~、起きたはいいが、ぼや~っとするなぁ……。
 昨夜は飲み過ぎた……。

 デンゼルの町からひとっ飛びで王都まで戻ってきた俺は、そのまま適当な酒場に駆け込んだ。
 帰りがけに飛竜便の騎手から聞いた帝国の話と、そこから思い出してしまった自分が帝国に目を付けられている可能性……それら嫌な事から目を逸らし、濁った気分をパッと変えたかった。
 勢いそのままに鱈腹飲み食いしてしまい、宿に帰る時には結構酔っていた。
 意識はハッキリしていたし、記憶もちゃんと残っている……奇行の類はしていない、はずだ。

「はぁ、やれやれ……」

 気怠い気分を吐き出す様に溜め息を吐く。
 一晩明けて思い返すと、昨夜は飲み方が悪かったから、悪酔いしてしまった……。

「良い大人は真似しないでね、てか……」

 やっぱり自棄食い・自棄飲みはいかんな。
 胃も疲れている感じだし、今日は飲み食いを控えるか。

「今日はどうすっかな……?」

 ギルドに行って、依頼でも請けるか?
 いや、あんまり気分が乗らないな……。

 依頼といえば、キャスはどうしたかな?
 昨日ホテルマンに聞いたところでは、何か依頼を請けたとかで俺と入れ違いの形で外出したらしい。
 判断力とバイタリティがあるあいつの事、特に心配は要らないだろうが、ここまで一緒に行動してきた……まあ、仲間、と言ってもいいかも知れないヤツだ。
 無事に戻る事を祈るさ。

「って、何考えてるんだ、俺は……」

 いかんいかん、柄にもない事を考えてしまった。
 昨日の酒がまだ残ってるのか?

「風呂でも入るか」

 こういう時は、風呂が良い。
 折角風呂付きの部屋を取っている訳だしな。
 あと、昨日はベッド直行だったので入っていないから丁度いい。

 俺は水魔法で風呂に水を張り、火魔法で沸かし、手早く脱いで朝風呂を堪能する。

「ああ~、生き返るなぁ~」

 やはり風呂は良い。
 魔法が使える様になって、温度調節も簡単――熱め、ぬるめ、水風呂、自由自在に変えられるから面白い。

「はぁ~、サッパリした」

 魔法で遊んでいたら、面白くてつい長湯してしまった。
 だが、体も綺麗になり、気分もスッキリした。

 風呂から水を抜き、軽く流し洗いしてから乾かし、着替えまで済ませると、もう外は人が多く出歩く時間になっていた。

「よし、俺も出掛けるか」

 今日は街をブラつく事にする。
 面白い何かがあるといいなぁ。

 期待を胸に街に繰り出した――。



 なのに……。

「何でこうなるんだ……?」

 気分が一気に落ちる……。

 今いるのは路地裏の袋小路……まだ昼過ぎだというのに薄暗く陰気……。
 そして目の前には、11人の人間……老若男女が入り混じった格好は街の一般人だが、『1人』を除き、目が虚ろで上体をユラユラと揺らして立っている。

 つまり、俺は追い詰められている状態という訳だ――。

 事の始まりは、街に繰り出して2・3時間経った辺り……。
 あちこち見ながらブラブラと歩いていたら、急に背中から首筋にかけて虫が這う様な気持ち悪い感覚に襲われた。
 背中と首筋を掻いても消えないその感覚……それが人に見られている感覚だと気付くのに少し時間が掛かった。
 そこで探知魔法を使うと、ハッキリと違和感のある気配が11、俺を付かず離れず尾けている事が分かった。

 何をしでかしてくるか分からない不気味さ、街の無関係の人々を巻き込む恐れから、俺は人気ひとけの少ない路地裏に入り、現在に至る――。

 さて……。

「……で?俺に何の用だ?」

 俺は、虚ろな目の10人の向こうで、しっかりと立つ『1人』の男に話しかける。
 リュックを背負った一見、人当たりの良さそう温和な笑みだが、よく見れば口角や目尻の歪みで嫌ったらしい嗤いだと分かる……。
 他人を見下し、踏み躙るのが大好きというの隠そうとしていない……激しく癪に障る顔だ……。

「クフフフ、なるほどぉ。全て承知でこちらにいらっしゃるとは、肝が据わっていらっしゃる」

「御託はいいから要件を言えってんだよ」

「クフ、せっかちな方だ。まあいいでしょう、では単刀直入に――Aランク冒険者ジロウさん、我々に与するか、ここで死ぬか、選んでください」

 この野郎……!
 言えと言ったのは俺だが、こうも明け透けだと流石にムカつくなぁ……!

「帝国の手先か……」

「クフフ、さて、どうでしょうねぇ?その様な言葉が出る辺り、ご自分に心当たりがあるのでは?」

「まあな……」

 もう、ほぼ確定だろうよ。
 俺の言葉をあっさり流せる辺り、バレていようと関係ないと言っている様なものだ……。
 そして俺がどっちを選ぼうと……。

「……ふん、そんなもん一択だろう」

「おや、そうですかぁ?」

「ああーーお前をぶっ飛ばして帰る、これしかないだろ」

 すぐに『青天』の柄に手を掛ける。

「おっとぉ、いいんですかぁ?こいつらは全員、正真正銘、この街の人間共ですよぉ?」

「何!?」

 まるで帝国の手先の偽商人を守る様に、俺の前に並び壁となる老若男女達……。

「クフフフフ、こいつらは私の【精神魔法】で操り人形にしているのですよぉ。私を害そうとすれば、こいつらが肉の盾となって私を守ります。便利な駒を現地調達できる上、敵は損耗し、こちらの懐は痛まない――どうです?極めて合理的で経済的な魔法でしょう?」

 両腕を広げ、首を傾げ、嗤い顔を更に醜く歪ませる偽商人……。

「…………」

 あ~、はいはい……そうですかそうですか……。
 そんなに俺を――ブチギレさせたいか。

「クフフ、では死んでいただき『バキン!』――」

「黙れ死ね」

 内でブチキレていた俺は、冷徹に、容赦なく、氷魔法で偽商人を凍らせた。
 氷に包まれ、ベチャクチャ喋っていた顔も体勢もそのままに、まるで時が止まった様に固まった偽商人……ただ氷で閉じ込めたのとは違う。
 体の芯から、細胞の一片まで凍らせるつもりで魔法を撃った……それこそ、上手く解凍したら生き返るかもな。
 だが、絶対に解凍なんかしてやらないし、誰にもさせない。

「ッ!」

バキッ!

 偽商人を蹴り砕く。
 上半身が下半身から折れて落ち、地面に落ちた衝撃で両腕と首が折れた。
 残りの下半身も罅割れていて、もう一度蹴れば粉々になるだろう。

 だがもういい――胴と首が離れれば死は確実だ。

 こんな不細工な氷の彫像、一銭の価値もないどころか、粗大ゴミで回収費を払わなきゃならないだろうよ。
 この世界に粗大ゴミという概念があるかは分からんが……。
 
「おっと!いかん!」

 忘れるところだった!
 野郎に操られた人達!

 精神魔法とやらが切れたのか、全員その場で気絶して倒れている。

「……大丈夫か、ふぅ」

 確認してみたが、全員ちゃんと息をしている。
 何人か倒れた時に打ちつけたのか、擦り傷を負っているが、命に別状はなさそうだ。
 でも念の為――

範囲治癒エリアヒール

 倒れている人達を全員一纏めに回復しておく。
 それこそ、他にも治る余地があれば全部治す勢いで。

「よし」

 見えていた擦り傷は消えた。
 心なしか血色も良くなったように見える。
 これでもう大丈夫、と信じたい。

 さて、これからどうしたものか……?

 氷結して砕けた偽商人の遺体、操られていた人達、どちらも他人に見られたら騒ぎになるに違いない。
 出来ればそれは避けたいところだが、偽商人はともかく操られた人達をこのまま放置していくのも心苦しい……。

 誰か人を呼んで……というのも、俺が疑われ、最悪、犯人にされる可能性は高い気がする。
 偽商人は殺ったが、殺らなければ俺が殺られるところだった訳だから正当防衛だろう――それで罪に問われるのは納得いかない。
 しかし、この世界に監視カメラなんてないし、客観的に俺が犯人ではないという証拠は、無い……。

 う~ん、困った……本当にどうしたものか……。
 もう、いっその事、振り切って逃げてしまうか……?
 だって俺悪い事してないし……!

「――貴様ぁ!そこで何をしているッ!!」

 あ――しまった。
 
 振り返れば、そこには兵士が3人――迷っている間に運悪く見つかってしまった。
 なんてタイミングの悪い……。

「なんだこれ……!?」

「ひ、人が凍って……砕けて……?!」

 2人の兵士が、凍って砕けた偽商人を見て、信じられないものを見たという青い顔になる。

「こ、これはっ!?お、おい!応援を呼べ!!」

「は、はいっ!」

 兵士の1人が走っていく。
 指示を出した顎髭を生やした、少し鎧の装飾が違う兵士が、俺を睨みつつ指差しつつ叫んでくる。

「おい!!これをやったのは貴様だな!!」

 まあ、そうなってしまうよなぁ……。
 どうしよう……?
 この状況で言い逃れは悪手……そもそも偽商人に関しては事実だから言い逃れ自体出来ない。
 とは言え……こいつが帝国の手先で、街の人達は魔法で操られていて、俺を殺すつもりだった~と弁解したところで、証拠もないし、聞いてもらえるかどうか……。

「抵抗は無駄だぞ!すぐに他の兵士も駆けつける!!大人しくお縄に付け!!」

「……分かった、抵抗はしない」

 俺は大人しく投降する事にした。
 やましい事はない――ならば無闇に逆らって心象を損ねるより、大人しく取り調べの場に行ってから冷静に弁解する方が幾らかマシと判断した。
 『青天』を地面に置き、両手を上げて無抵抗の意思を示す。

「な、なんだ……案外、神妙じゃないか。よ、よし!そのままじっとしていろ!!おい!縄をかけろ!」

「は、はっ!」

 残っていたもう1人の兵士が、持っていた縄を手に、大分恐る恐る近づいて来る。

「お、大人しくしろよ……!」

「ああ、分かってるよ」

 腰の引けた兵士に、両腕を差し出す。
 兵士はビビリつつ、俺の両腕を縄で縛っていく。

 やがて、さっき走って行った兵士が仲間を10人ばかり連れて戻って来た――。

 髭の兵士は街の人達の救護と偽商人の遺体の回収・検分を指示すると、兵士3人と自身で俺を取り囲んだ。

「貴様を詰め所まで連行する!くれぐれも逃げようなどと考えるなよ!?」

「分かってるって」

 そうして俺はその場から連行される事になった……。

 気分転換の散歩が一転、容疑で逮捕って……。

 本当に、何でこうなるんだ……?

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