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第二十九話『また帝国の影』
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「――よし、完了じゃ」
ダニロさんの言葉が、どこか遠くに聞こえる気がする……。
一体、何時間鍛錬していたんだろう……?
今、何時だ……?
目の前がチカチカする……。
少し目を閉じると、金槌が振り下ろされた時の火花が見える……。
耳の奥で金槌を打ち下ろす音が鳴っている……。
あれ……?
実はまだ鍛錬は続いているのか……?
俺は鍛錬が終わった夢を見ていて、現実はまだまだ作業途中……?
なら起きなければ……俺は相鎚を打たなきゃいかんのだから、止まったら……。
バシャッ!
「ぶあッ!?」
冷てえッ!?
なんだなんだ!?
「正気に戻ったか?ジロウよ」
「へ?あ、だ、ダニロさん……?」
突然の冷たさ――冷水をぶっ掛けられたらしい。
意識がハッキリして振り向くと、桶を持ったダニロさんが俺を見ていた。
「あ……鍛錬、終わったんですね」
「ああ。おぬしは集中のし過ぎで、精神が飛んでおったのよ。相鎚は完璧に打っとったが、中々危うい目になっとったぞ?」
「ま、マジですか……!?」
集中のし過ぎ……一種のトランス状態みたいなものか?
心配されて水を掛けられる程って……一体、どんな目になってたんだ、俺……?!
「あのまま放っておいたら、戻れなくなったかもしれん」
ナニソレ怖いっ!?
「まあ、そんな事より――」
「そんな事って何すか!?」
「ちゃんと正気に戻ったんじゃからよかろうが。それより、フランを介抱してやれ」
うん?
フラン支部長?
「…………」
「ふ、フラン支部長!?」
ふと見ればフラン支部長は奴床鋏を握りながら、白目を剥いて頭をフラつかせていた!
見るからにヤバい状態!
「支部長!フラン支部長!!しっかり!!」
「……、……」
肩を連続で叩くが、反応が極めて鈍い!
それでいて倒れもせず奴床も離さない!
「だ、ダニロさん!?これは一体!?」
「さっきまでのジロウのもっと深刻な状態じゃ……オマケに魔力も限界まで搾り出しておる、ちと拙いのう」
「ちょっ!?」
そんな冷静に言ってる場合か!?
「ど、どうすれば!?」
「ジロウ、おぬし【回復魔法】は使えるか?」
「は、はい!」
一応、自分で何度か練習したから使える筈だ――他人に使うのは初めてだが、緊急事態だ!
「治癒!」
小さな擦り傷や切り傷、打撲などの軽傷を治したり、体力を回復させる初歩で基本の回復魔法――フラン支部長の顔の前に手を翳して掛ける。
「……っ、ぅ……」
効果が見えた。
フラン支部長が白目を剥いていた目を閉じ、呼吸が整ってきた。
握り締めていた奴床からも手が離れ――うおっと!?
「危なっ!?」
フラン支部長の膝が急に折れて倒れそうになり、慌てて抱きかかえて支える。
「ふむ、どうやら危険な状態は脱した様じゃの。中々良い回復魔法じゃ。ジロウ、そこの台に寝かせて、もう1度治癒を掛けてやれ。それで大丈夫じゃろう」
「は、はい」
ダニロさんに言われた通り、フラン支部長を横抱きにして台の上に横たえ、治癒を掛ける。
「すぅ……」
すると、フラン支部長の表情から苦しさが消え、寝息を立て始めた。
確かに、これなら大丈夫そうだ。
「おぬしの『青天』に続き、良い仕事が出来たわい」
その声に振り返ると、ダニロさんが作業台の上を見つめていた。
そこには、薄らと光る緋色の剣身が置かれている――。
「それが、フラン支部長の剣ですか」
「うむ。フランは火属性が強い様じゃな。その魔力を帯びた事でこの色に染まったのじゃ。さて、これから仕上げ作業じゃ」
なんだとっ!?
「だ、ダニロさん!休まないんですかっ!?」
フラン支部長が危ない状態になり、チートな俺でさえトランス状態になり掛けた鍛錬の直後なのに、ダニロさんはまだ作業をするというのか!?
「鉄は熱い内に打たねばならん。こんなところで休んでおれん。仕上げはわしがやるから、ジロウは休んでおれ」
そう言うとダニロさんは、フラン支部長の剣を奴床で挟んで別の作業台に移し、金槌や何か俺が知らない工具類を引っ張り出して作業を始めてしまう。
鍛治について殆ど知識の無い俺には、ダニロさんの指示がなければ手伝おうにも手伝えない……。
これはもう、邪魔にならない様に静かにしているしかないか……。
「ふぅ……」
ダニロさんからソッと離れ、近くにあった背もたれの無い椅子を引き寄せ、座る。
すると急に体が重く感じた……。
恐らく緊張が解けて、疲労が一気にやってきたんだろう。
日本にいた頃の俺だったら、途中でぶっ倒れて、救急車で運ばれていたかもな……。
念の為、自分に治癒を掛けておく。
すると、体の重さが和らいだ。
使えるとやはり便利だな、魔法って……。
「……ぅ、眠……」
回復し切ってなかったか、それとも眠気はまた別なのか……急に眠気が襲ってきた。
「……ぅ~……ダメだ、寝よ……」
ほんの少し抵抗を試みたが、無理だった……。
俺はすぐ眠気を受け入れ、目を閉じ、程なく眠りに落ちた――。
バシャッ!
「――ぶあッ!!?」
冷てえっ!?
なんだなんだ!?
あれ?!
既視感!?
「やっと起きおったか」
「っ、だ、ダニロさん……?!」
気付けば、目の前にまた桶を持ったダニロさんが立っていた……。
ど、どうやら、俺は寝ていたところを、ダニロさんにまた冷水をぶっ掛けられて起こされたらしい……。
「……普通に起こしてくださいよぉ」
慣れた髪や顔を手で拭いながら文句を言うと、ダニロさんは鼻を鳴らした。
「バカモン、声も掛けたし肩も叩いて揺すったが起きんかったのはおぬしじゃ。そんな事より――」
「だからそんな事って何すかあ!?」
「喧しい!男が過ぎた事でギャーギャー騒ぐな!」
何かダニロさん、今回俺の扱い、雑じゃないか……?
「ぶわあぁ~~~……あ~、流石に限界じゃぁ。わしは寝る……あとは好きにしてくれ」
「え?あ!」
言われて気付いたが、寝ていたフラン支部長がいない。
「ダニロさん、フラン支部長は……?」
「ん」
ダニロさんは親指で後方を指差し、そのまま階段の方に歩いて行く。
俺はダニロさんが指した方に振り返る。
そこには、フラン支部長がいた――出来上がった剣を両手で持ち、自分の胸の前で垂直に掲げ、緋色に光る刀身に額を寄せ、目を瞑り、直立不動で微動だにしない。
剣、完成したんだな……自分では余り使わない言葉だが、美しいという表現が合う。
緋色に淡く光る直剣、精巧な細工が施された鍔は剣身と合わせて十字を形造り、拙い表現だが『騎士の剣』という印象を受ける仕上がりになっている。
フラン支部長の立ち姿もその印象を強くしている。
何だか、見ていると良い意味で近寄りがたいというか……踏み込んではいけない聖域がそこにあるかのような、厳かな雰囲気を感じる。
邪魔をしてはいけない――そう感じた俺は、気配を消して地上に上がった。
『グガアァ~~……!グゴゴゴォ~~……!』
階段を上がると、すぐ隣の部屋から凄いイビキが聞こえた。
ダニロさんが爆睡している様だ。
こっちも起こさない様に……というか起こしても起きないかな?
まあ、とにかく、静かに外に出る。
外は薄暗く、空は赤い――これは、夕方か?
フラン支部長を連れて来たのは昼過ぎだったから……あの鍛錬が2・3時間程度で終わった訳がないし、その後ダニロさんの仕上げ作業もあった訳だから……。
俺達が工房に篭っていた時間は……。
「……丸1日とちょっと、ってところか?」
流石に2日以上という事はあるまい。
ダニロさん、マジで凄えな……チートボディの俺ですらトランスし掛けたり、休憩で寝入ってしまったというのに、丸1日以上ほぼぶっ通しで作業を続けられるなんて……鍛治に関しては、ダニロさんの方がチートなんじゃないか?
「ふあぁ~~……ん~~っ!」
首を回すとゴリゴリ音が鳴る。
工房で座りながら寝たせいか、体が固まっている。
眠気はもう感じないが、ちゃんとしたベッドに横になって力を抜きたい。
「はぁ~……よし、帰るか」
王都の宿へーー空を飛べばすぐだ。
フラン支部長は……まあ、用件が済んだら飛竜で帰ってくるだろう。
書き置きでも残したいところだが、手元に書ける紙もペンもない……。
「あ、そうだ」
飛竜便の騎手に伝言を頼もう。
という訳で、探知魔法で騎手を探してそこへ向かうーー騎手は最初に降りた町の外にいた。
町の宿に泊まらなかったのかと尋ねるとーー
「いやぁ、メロを放っておく訳にはいきませんから」
何でも、ある程度の規模の都市や街なら飛竜便の竜舎もあるが、デンゼルにはそれが無く、また飛竜を繋いでおける広さの『騎獣舎』という騎獣用の宿泊施設を備えた宿も無かったそうだ。
かと言って飛竜を一頭で町の外に待たせておく事もできない。
よく躾けられた飛竜が勝手に逃げる事は滅多にないが、油断すると『飛竜泥棒』に攫われる事もあるという。
「飛竜泥棒……そんなのがいるんですか?」
「ええ、全く許せない輩ですよ!噂ではそいつら、攫った飛竜を帝国に売り払っているそうなんです!売られた飛竜達は軍用飛竜にされたり皮や爪を剥がれて利用されたり、とにかく酷い扱いをされているとか!!」
焚き火にくべる薪を両手でへし折りながら話す騎手の姿には、飛竜泥棒と帝国への強い怒りが表れていた。
しかし、こんな所にも帝国の影がチラつくとは……徹底的に関わりたくないと思うんだが、既に俺はゴードンやカサンドラ、ヴィンセント達帝国の人間に手を貸し、下手をすればもう帝国の『戦争継続派』とやらに目を付けられている恐れすらある……。
その上、このあいだなど直接帝国軍を叩きもした……。
何だか、嫌な予感がしてくる……。
「っ!!」ブンブン
止めろ止めろ!
こんな事考え続けていたら禿げる!
「ど、どうしました?」
「あ、いえ、帝国と聞いて、ちょっと嫌な事を思い出したもので、つい……」
「あぁ、なるほど。冒険者も今時は色々と大変ですもんねぇ……」
「ええ、まあ……」
何やら同情された様だが、曖昧に誤魔化しておく。
話が逸れてしまったが、本来の用件であるフラン支部長への伝言を騎手に頼み、俺は1人でデンゼルの町を離れた。
そして、騎手に見られない場所で空に飛び上がり、王都へ進路を取る。
帝国の話を聞いてすっかり気分が濁ってしまった……こんな時は酒だ!
グイッと呑んで、カーッと寝るに限る!
時には現実逃避も必要だ!
俺は飛行速度を上げたーー。
ダニロさんの言葉が、どこか遠くに聞こえる気がする……。
一体、何時間鍛錬していたんだろう……?
今、何時だ……?
目の前がチカチカする……。
少し目を閉じると、金槌が振り下ろされた時の火花が見える……。
耳の奥で金槌を打ち下ろす音が鳴っている……。
あれ……?
実はまだ鍛錬は続いているのか……?
俺は鍛錬が終わった夢を見ていて、現実はまだまだ作業途中……?
なら起きなければ……俺は相鎚を打たなきゃいかんのだから、止まったら……。
バシャッ!
「ぶあッ!?」
冷てえッ!?
なんだなんだ!?
「正気に戻ったか?ジロウよ」
「へ?あ、だ、ダニロさん……?」
突然の冷たさ――冷水をぶっ掛けられたらしい。
意識がハッキリして振り向くと、桶を持ったダニロさんが俺を見ていた。
「あ……鍛錬、終わったんですね」
「ああ。おぬしは集中のし過ぎで、精神が飛んでおったのよ。相鎚は完璧に打っとったが、中々危うい目になっとったぞ?」
「ま、マジですか……!?」
集中のし過ぎ……一種のトランス状態みたいなものか?
心配されて水を掛けられる程って……一体、どんな目になってたんだ、俺……?!
「あのまま放っておいたら、戻れなくなったかもしれん」
ナニソレ怖いっ!?
「まあ、そんな事より――」
「そんな事って何すか!?」
「ちゃんと正気に戻ったんじゃからよかろうが。それより、フランを介抱してやれ」
うん?
フラン支部長?
「…………」
「ふ、フラン支部長!?」
ふと見ればフラン支部長は奴床鋏を握りながら、白目を剥いて頭をフラつかせていた!
見るからにヤバい状態!
「支部長!フラン支部長!!しっかり!!」
「……、……」
肩を連続で叩くが、反応が極めて鈍い!
それでいて倒れもせず奴床も離さない!
「だ、ダニロさん!?これは一体!?」
「さっきまでのジロウのもっと深刻な状態じゃ……オマケに魔力も限界まで搾り出しておる、ちと拙いのう」
「ちょっ!?」
そんな冷静に言ってる場合か!?
「ど、どうすれば!?」
「ジロウ、おぬし【回復魔法】は使えるか?」
「は、はい!」
一応、自分で何度か練習したから使える筈だ――他人に使うのは初めてだが、緊急事態だ!
「治癒!」
小さな擦り傷や切り傷、打撲などの軽傷を治したり、体力を回復させる初歩で基本の回復魔法――フラン支部長の顔の前に手を翳して掛ける。
「……っ、ぅ……」
効果が見えた。
フラン支部長が白目を剥いていた目を閉じ、呼吸が整ってきた。
握り締めていた奴床からも手が離れ――うおっと!?
「危なっ!?」
フラン支部長の膝が急に折れて倒れそうになり、慌てて抱きかかえて支える。
「ふむ、どうやら危険な状態は脱した様じゃの。中々良い回復魔法じゃ。ジロウ、そこの台に寝かせて、もう1度治癒を掛けてやれ。それで大丈夫じゃろう」
「は、はい」
ダニロさんに言われた通り、フラン支部長を横抱きにして台の上に横たえ、治癒を掛ける。
「すぅ……」
すると、フラン支部長の表情から苦しさが消え、寝息を立て始めた。
確かに、これなら大丈夫そうだ。
「おぬしの『青天』に続き、良い仕事が出来たわい」
その声に振り返ると、ダニロさんが作業台の上を見つめていた。
そこには、薄らと光る緋色の剣身が置かれている――。
「それが、フラン支部長の剣ですか」
「うむ。フランは火属性が強い様じゃな。その魔力を帯びた事でこの色に染まったのじゃ。さて、これから仕上げ作業じゃ」
なんだとっ!?
「だ、ダニロさん!休まないんですかっ!?」
フラン支部長が危ない状態になり、チートな俺でさえトランス状態になり掛けた鍛錬の直後なのに、ダニロさんはまだ作業をするというのか!?
「鉄は熱い内に打たねばならん。こんなところで休んでおれん。仕上げはわしがやるから、ジロウは休んでおれ」
そう言うとダニロさんは、フラン支部長の剣を奴床で挟んで別の作業台に移し、金槌や何か俺が知らない工具類を引っ張り出して作業を始めてしまう。
鍛治について殆ど知識の無い俺には、ダニロさんの指示がなければ手伝おうにも手伝えない……。
これはもう、邪魔にならない様に静かにしているしかないか……。
「ふぅ……」
ダニロさんからソッと離れ、近くにあった背もたれの無い椅子を引き寄せ、座る。
すると急に体が重く感じた……。
恐らく緊張が解けて、疲労が一気にやってきたんだろう。
日本にいた頃の俺だったら、途中でぶっ倒れて、救急車で運ばれていたかもな……。
念の為、自分に治癒を掛けておく。
すると、体の重さが和らいだ。
使えるとやはり便利だな、魔法って……。
「……ぅ、眠……」
回復し切ってなかったか、それとも眠気はまた別なのか……急に眠気が襲ってきた。
「……ぅ~……ダメだ、寝よ……」
ほんの少し抵抗を試みたが、無理だった……。
俺はすぐ眠気を受け入れ、目を閉じ、程なく眠りに落ちた――。
バシャッ!
「――ぶあッ!!?」
冷てえっ!?
なんだなんだ!?
あれ?!
既視感!?
「やっと起きおったか」
「っ、だ、ダニロさん……?!」
気付けば、目の前にまた桶を持ったダニロさんが立っていた……。
ど、どうやら、俺は寝ていたところを、ダニロさんにまた冷水をぶっ掛けられて起こされたらしい……。
「……普通に起こしてくださいよぉ」
慣れた髪や顔を手で拭いながら文句を言うと、ダニロさんは鼻を鳴らした。
「バカモン、声も掛けたし肩も叩いて揺すったが起きんかったのはおぬしじゃ。そんな事より――」
「だからそんな事って何すかあ!?」
「喧しい!男が過ぎた事でギャーギャー騒ぐな!」
何かダニロさん、今回俺の扱い、雑じゃないか……?
「ぶわあぁ~~~……あ~、流石に限界じゃぁ。わしは寝る……あとは好きにしてくれ」
「え?あ!」
言われて気付いたが、寝ていたフラン支部長がいない。
「ダニロさん、フラン支部長は……?」
「ん」
ダニロさんは親指で後方を指差し、そのまま階段の方に歩いて行く。
俺はダニロさんが指した方に振り返る。
そこには、フラン支部長がいた――出来上がった剣を両手で持ち、自分の胸の前で垂直に掲げ、緋色に光る刀身に額を寄せ、目を瞑り、直立不動で微動だにしない。
剣、完成したんだな……自分では余り使わない言葉だが、美しいという表現が合う。
緋色に淡く光る直剣、精巧な細工が施された鍔は剣身と合わせて十字を形造り、拙い表現だが『騎士の剣』という印象を受ける仕上がりになっている。
フラン支部長の立ち姿もその印象を強くしている。
何だか、見ていると良い意味で近寄りがたいというか……踏み込んではいけない聖域がそこにあるかのような、厳かな雰囲気を感じる。
邪魔をしてはいけない――そう感じた俺は、気配を消して地上に上がった。
『グガアァ~~……!グゴゴゴォ~~……!』
階段を上がると、すぐ隣の部屋から凄いイビキが聞こえた。
ダニロさんが爆睡している様だ。
こっちも起こさない様に……というか起こしても起きないかな?
まあ、とにかく、静かに外に出る。
外は薄暗く、空は赤い――これは、夕方か?
フラン支部長を連れて来たのは昼過ぎだったから……あの鍛錬が2・3時間程度で終わった訳がないし、その後ダニロさんの仕上げ作業もあった訳だから……。
俺達が工房に篭っていた時間は……。
「……丸1日とちょっと、ってところか?」
流石に2日以上という事はあるまい。
ダニロさん、マジで凄えな……チートボディの俺ですらトランスし掛けたり、休憩で寝入ってしまったというのに、丸1日以上ほぼぶっ通しで作業を続けられるなんて……鍛治に関しては、ダニロさんの方がチートなんじゃないか?
「ふあぁ~~……ん~~っ!」
首を回すとゴリゴリ音が鳴る。
工房で座りながら寝たせいか、体が固まっている。
眠気はもう感じないが、ちゃんとしたベッドに横になって力を抜きたい。
「はぁ~……よし、帰るか」
王都の宿へーー空を飛べばすぐだ。
フラン支部長は……まあ、用件が済んだら飛竜で帰ってくるだろう。
書き置きでも残したいところだが、手元に書ける紙もペンもない……。
「あ、そうだ」
飛竜便の騎手に伝言を頼もう。
という訳で、探知魔法で騎手を探してそこへ向かうーー騎手は最初に降りた町の外にいた。
町の宿に泊まらなかったのかと尋ねるとーー
「いやぁ、メロを放っておく訳にはいきませんから」
何でも、ある程度の規模の都市や街なら飛竜便の竜舎もあるが、デンゼルにはそれが無く、また飛竜を繋いでおける広さの『騎獣舎』という騎獣用の宿泊施設を備えた宿も無かったそうだ。
かと言って飛竜を一頭で町の外に待たせておく事もできない。
よく躾けられた飛竜が勝手に逃げる事は滅多にないが、油断すると『飛竜泥棒』に攫われる事もあるという。
「飛竜泥棒……そんなのがいるんですか?」
「ええ、全く許せない輩ですよ!噂ではそいつら、攫った飛竜を帝国に売り払っているそうなんです!売られた飛竜達は軍用飛竜にされたり皮や爪を剥がれて利用されたり、とにかく酷い扱いをされているとか!!」
焚き火にくべる薪を両手でへし折りながら話す騎手の姿には、飛竜泥棒と帝国への強い怒りが表れていた。
しかし、こんな所にも帝国の影がチラつくとは……徹底的に関わりたくないと思うんだが、既に俺はゴードンやカサンドラ、ヴィンセント達帝国の人間に手を貸し、下手をすればもう帝国の『戦争継続派』とやらに目を付けられている恐れすらある……。
その上、このあいだなど直接帝国軍を叩きもした……。
何だか、嫌な予感がしてくる……。
「っ!!」ブンブン
止めろ止めろ!
こんな事考え続けていたら禿げる!
「ど、どうしました?」
「あ、いえ、帝国と聞いて、ちょっと嫌な事を思い出したもので、つい……」
「あぁ、なるほど。冒険者も今時は色々と大変ですもんねぇ……」
「ええ、まあ……」
何やら同情された様だが、曖昧に誤魔化しておく。
話が逸れてしまったが、本来の用件であるフラン支部長への伝言を騎手に頼み、俺は1人でデンゼルの町を離れた。
そして、騎手に見られない場所で空に飛び上がり、王都へ進路を取る。
帝国の話を聞いてすっかり気分が濁ってしまった……こんな時は酒だ!
グイッと呑んで、カーッと寝るに限る!
時には現実逃避も必要だ!
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