我慢を止めた男の話

DAIMON

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第十八話『いざ盗賊退治』

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「まずは自己紹介をさせてもらうわね。私はアニータ・プレスコット、Aランク冒険者よ」

 依頼掲示板を見ていたら、突然声をかけてきたライトアーマーの青髪女冒険者……アニータと名乗ったその女と今、俺とキャスはギルド内のテーブルの一角に座って話している。

 自己紹介として、アニータは首元から冒険者ギルド証を取り出して見せてきた。
 ドックタグ状のギルド証は、確かに俺と同じAランクの金色だ。
 タグの色は段階に分かれていて、G・F・Eは赤銅色、D・Cは銀色、B・Aは金色、S以上は黒色となっている。
 更に模様はランク毎に違っていてそれぞれ複雑だから、素人の俺にはパッと見たぐらいじゃ分からないが、分かる人間にはすぐ分かる様になっているらしい。
 偽造は不可能、例え似せて作ったとしてもギルドで照会すれば1発でバレる――バレればあっという間にお尋ね者だ。
 冒険者ギルドは信用を貶めた輩に容赦しない……。

 まあそれはさておき、名乗られたからには俺も名乗るのが礼儀だな――。

「俺はジロウ・ハセガワ。ついこの間Aランクに昇った新参者さ」

「アタシはキャス・クライトン。ランクは……Eよ」

 キャスは自分のランクを明かす時にムスっと不機嫌そうな顔になった。
 まだ降格に納得していないらしい……。

「さて、お互いの自己紹介が終わったところで、早速本題に入らせてもらうわ。単刀直入に言うわね――盗賊グラハム討伐、私も参加させてほしいの」

 アニータは表情を引き締めてそう言った。
 かなり真剣な雰囲気……これは困ったぞ。

「いや、待ってくれ。まだ俺は盗賊退治に行くとは決めてないんだ」

「それなら、逆に私から協力をお願いするわ。盗賊討伐に力を貸してほしい」

 おいおい、そんな真摯に頼んでくるのも困るぞ……断りづらいじゃないか。

「ねえねえ、アニータさん?」

 そこでキャスが口を挟む。

「私の事は呼び捨てで結構よ。代わりに私も呼び捨てさせてもらうけれど。それで、何かしら?」

「協力をお願いするって事は、報酬はちゃんとあるのよね?まさか、そのグラハムだっけ?そいつの懸賞金の山分けだけで済ますって事は無いわよねえ?」

「おい、止めろキャス!」

「勿論よ、これは私からの依頼も同然だもの。討伐に成功した際は、報酬として1人金貨50枚出すわ」

 なんだと!?

「マジで!?乗ったわ!!」

「即答するな!!」

 目が金貨になったキャスの電光石火の了承に、俺は即座に『待った』を掛ける。

「それとグラハムの懸賞金も全額2人で分けてもらっていいわ」

「マジで!?うっしゃあ!!――ふぎゅ!?」

「だから待てっつってんだろ!!」

 金貨に目が眩んで暴走するキャスの頭をテーブルに押し付けて止める。
 こんな気前が良すぎる依頼なんておかしいと思わんのか、このやらかし娘は……!

「ふぅ……アニータ、幾ら何でも気前が良すぎやしないか?なんでそこまでして、あの盗賊を討伐したいんだ?」

「当然の疑問よね。きちんと説明するわ」

 そう言うとアニータは事の経緯を説明し始める。

 先ずは盗賊グラハムの悪行について――
 手配書に掛かれていた通り、町の北の街道付近を通る行商人や旅人を食いものにしている訳だが、それは最近の話で、奴はそのずっと前から王国内を荒らし回って手配されていたそうだ。
 強盗、殺人、婦女暴行、誘拐、人身売買……反吐が出そうな悪行に粗方手を染めていて、もはや死あるのみの悪党である。
 しかも厄介な事に戦闘能力もかなり高く、どこで手に入れたのか強力な『魔剣』なんてものを使うらしい……。
 その為、これまで何人もの冒険者や王国の騎士が返り討ちに遭い、これまで何度発見されても捕縛も討伐もできないまま現在に至るそうだ。

「奴は自分の力に絶対の自信を持っている。発見され、手配されることを恐れていない。それでも決して馬鹿ではないのが最も厄介なところ……意固地に戦おうとはせず、いざ形勢不利と見れば躊躇なく手下を見捨てて、即座に逃走して別の場所でまた再起を図る。そうやって、冒険者や王国軍を翻弄し続けてきたのよ……」

「なるほど、そりゃ厄介だな……」

 強い上に慎重とは、歪にも思える厄介さだ……。
 旅の休憩に立ち寄っただけの町で、こんな話に遭遇してしまうとは……俺も運がない。

 ここまで聞いてしまうと、もう断るのは気分が良くない……。
 勿論断ろうと思えば断れるが、きっとその後でモヤモヤした気分に苛まれる事になる……。
 地球の昔の人が『やらない後悔より、やる後悔の方がよい』というような事を言っていた気もするし……。

 ええいっ、もう乗り掛かった舟だ――!

「分かった、協力する」

「っ、ありがとう!」

 おいおい、止めてくれよ、机に手をついて深々と頭を下げるとか……なんか気まずい気持ちになるわ。

「ゴホン!さて……それじゃあどうやって、その厄介な盗賊野郎を捕まえるか討ち取るかするかだが……現実的に、俺達3人だけじゃ難しいぞ?」

 俺がチート能力を使いまくれば、もしかするとどうにかなるかも知れないが、相手の出方によっては逃げられる可能性もある。
 キャスやアニータの実力もまだ知らないし、2人に怪我をされるのも気分が悪い……。
 せめて、もう少し人手が欲しい所だ。

「そこは任せておいて。駐屯している王国軍に声をかけるわ」

「え?冒険者の呼びかけで軍が動くのか?」

「ああ、言い忘れていたけど、私、冒険者と騎士を兼業しているのよ」

「兼業?そんなこと出来るのか?」

「多くはないけど、そう珍しくもないわ。騎士から冒険者になった人やその逆もあるし、後は傭兵という形で軍が冒険者を雇う場合とかね。ちなみに私も騎士になった後で冒険者ギルドに登録したの」

「へえ~」

 そう言えば俺も、レーネックで守備隊の隊長殿に軍に誘われた事があったな。

 ともかく、アニータが声を掛ければ王国軍も幾らかは動かせる訳だ。
 それで人手という意味の戦力は賄える、と……。

「まあ、戦力に当てがあるって事は分かった。となると、後はどうやってグラハムの一味を捕まえるかだな」

「それは、さっき貴方達が言っていた作戦でいきましょう」



 という訳で――



ガラガラガラ……

 夜……俺達は、アニータが用意した荷馬車に乗って、盗賊が出るという北の街道にやって来た――岩肌と木々に囲まれた道は、如何にも襲われやすい環境に見える。

 キャスが御者として馬の手綱を持ち、俺はその隣に座り行商人の振りをして、馬車の周囲をアニータと護衛の冒険者に扮した王国兵5人の計6人で囲んでいる。
 また布で覆った荷台にも5人の完全武装の兵士が隠れているし、更に後方、盗賊に気付かれない様に距離を取りながら王国軍兵士30人がついて来ている。

 俺は御者席に座りながら探知魔法を展開、周囲の気配を探る――キャスとアニータには教えてある。

「……来たぞ」

『……!』

 街道を暫く進んでいると、道の両側、少し先の森の中に複数の人間の気配を感知した。
 いかにも待ち伏せという感じだ。

「……数は、全部で27……道の右側に15、左側に11、左側の少し離れた場所に1……多分、離れているのがグラハムじゃないか?他より気配がデカい」

「了解。総員警戒――相手に悟らせては駄目よ。後方に合図を送って」

「はっ」

 アニータが指示を出すと、兵士の1人が持っていたランタンを少し掲げ、森の中を照らして警戒している風に装い、灯りを左右に揺らす――事前に打ち合わせておいた合図だ。

 緊張感が漂う中、馬車は速度を落とさず進み……やがて気配が囲う地点に至る。
 その瞬間――

シュッ

『ヒヒーンッ!?』

 目の前に火矢が撃ち込まれ、馬が驚き悲鳴を上げる。

「――かかれぇ!!」

『――おおぉぉッ!!』

 襲撃が始まった――左右の森から盗賊たちが押し寄せてくる。

「――迎え撃ちなさい!!」

『――ハッ!!』

 アニータの号令で、冒険者に扮した兵士達は剣や槍を構え、荷台に隠れた兵士達も布を払って飛び降りる。

「なっ!?王国軍の兵士だと!?」

「こいつら行商人じゃねえのか!?」

 盗賊たちは想定外だった様で、王国兵士の登場に浮足立つ。

「1人も逃がすな!全員討ち取れぇー!」

「クソがぁ!数はこっちが上だ!殺っちまえぇー!」

 乱戦が始まる――!

 戦力差というか数の差で、こっち側1人が盗賊2・3人に対する形になるが、流石は正規の兵士というべきか数の不利を実力で押し返している。
 中でも、アニータが強い。

「はッ!」

「げえッ!?」
「ごあッ!?」
「ぎぃッ!?」

 向かってくる盗賊3人を剣で、蹴りで、拳で、的確に一撃で倒していく。
 騎士だからと剣で倒す事に拘る事はないらしく、柔軟な思考を感じさせる動きだ。

「おらあ死ねやぁ!!」

「うおっと!?危ないでしょうが!このッ!」

「ぎゃあッ!?」

 キャスも軽快な動きで盗賊の剣を避け、ナイフで的確に相手の腕や足を斬りつけ、無力化していく。
 盗賊に怯む様子もないし、結構強いじゃないか。

 そして俺は――

「ふんッ!」

「ごッ!?」

 振り下ろされる剣を避けた拍子に裏拳で後頭部を一撃――

「おりゃッ!」

「ぐふッ!?」

 跳んで顔面にドロップキック――

「だりゃあッ!」

「ぎえッ!?」

 倒した盗賊を別の盗賊にぶん投げる――力技の連続だ。
 技量の無さを腕力でカバーする形で、1人ずつ倒していく。

 それにしても……最初に火矢が撃ち込まれたから、森からの弓矢による射撃を警戒していたんだが、それは無かった。
 乱戦になって仲間に当たるのを恐れたか?

 と、そこへ――

「――盗賊どもを捕えろぉ!1人も逃がすなぁ!かかれぇー!!」

『おおぉーーー!!』

 後方から兵士30人が追い付いて来た。

「お、王国軍!?」
「ヤベえ!?嵌められた!?」

 それを見た盗賊どもが狼狽え始める。
 この場はもう勝ちだ――が、問題は一味の頭、盗賊グラハムだ。

「っ!不味いな!」

 咄嗟に探知魔法で調べると、グラハムらしき反応がこの場から離れて行くのを感じる――本当に躊躇なく逃げやがった!

「逃がすかよ!」

 俺は脚に身体強化魔法を掛けて、森の中に飛び込む。
 木々の間を抜けて走る――が、一旦森に入るとほぼ真っ暗だ。
 それでも見える、見えてしまう不思議、神様謹製のチートボディは便利に出来ている。

 おかげで木にぶつかりもしなければ、木の根や地面の凸凹に足を引っかける事もない。
 更にそんな体に強化魔法が乗れば、闇夜の森の中でもとんでもない速さで駆け抜けられる訳だ。

 探知魔法でグラハムらしき反応は今も捉えている。
 奴との距離はぐんぐん縮んでいく。

 やがて前方に、走る背中に剣を背負った黒マントの男の姿が見えた。
 スピードを上げて一気に距離を詰める――!

「ッ!?」

 男が俺に気付き、走りながら振り向いた。
 髭面に額の2本傷、手配書と同じ顔、盗賊グラハムで間違いなさそうだ。

風刃ウインドカッター!」

 逃げを封じる為に足を狙って風魔法を撃つ。

 しかし――

「チッ!」

ギンッ

 野郎、振り向きざまに背中の剣を抜いて風刃を弾きやがった!
 やるじゃないか!

「舐めるなぁ!!」

 しかもグラハムはそのまま反転し、俺に向かって来た!
 両手持ちで腰溜めに構えた剣による突き――突っ込んでくるグラハムも中々のスピードだが、見える!

「ふんりゃあッ!!」

「ごはあッ!?」

 俺はスピードを緩めず、グラハムの突きを体を逸らして回避し、すれ違いざまに奴の喉にラリアートを喰らわせる!
 お互いの勢いが交差してグラハムの体が勢い良く反転し、後頭部から地面に激突、勢い余って首を起点に縦回転しうつ伏せの体勢になって止まった。

 グラハムは動かない……。
 今の衝撃と落ち方……もしかして、死んだか?

 確認してみよう――近づく前に探知魔法だ、死んだふりをしていたら危ないからな。

「……ふむ」

 弱っている様だが、生命反応がある……瀕死かもしれないが生きていた。
 あれだけの勢いで首に衝撃を受けて、更に頭まで打ったというのに、この世界の人間は結構頑丈だな。

 さておき、とりあえず拘束してアニータ達の所へ戻ろう――そう思ってグラハムに近づこうとした時だった。

カシャ

「ん?」

 グラハムの、まだ剣を掴んだままの左腕が――左腕が動いた。
 左腕がカタカタと震え出し、その震えはどんどん大きくなっていく。

「な、なんだ!?」

 異常事態に思わず立ち止まってしまう。

 次の瞬間、剣から黒い帯のようなものが湧き出し、グラハムの左腕から肩、胴体へと巻き付いていく……!
 やがて前身が黒い帯で覆われ、人型の黒いチューブの塊というような異様な外見に変わったグラハムは、体をグニャリと波打たせるように、極めて不自然な動きで立ち上がった。
 おいおい、骨は何処に行った……!?

『――シャッ!!』

 俺が驚いて固まっている隙に、グラハムだったものは剣を持った――というより剣と繋がった左腕を鞭のように降って斬りつけてきた――!

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