我慢を止めた男の話

DAIMON

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第十五話『解放』

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 さて、集団暴走スタンピードの犯人?が捕まったのなら、そろそろ俺は帰ってもいいんじゃないか?

「ブルース支部長、俺はそろそろ帰ってもよろしいですか?」

「うむ?ああ、そうだな。必要な事は聞けたし、よかろう」

「……あれ?あんた、ダンジョンで会った……」

 ブルース支部長と話していたら、キャスが俺に気付いた。
 気付かなくていいのに……。

「よお。今回はやらかしたな」

「あ、うん、無事で何より――って!だから違うんだってのっ!あたしは騙されたのっ!あの変な撒き餌の所為で、危うく蜘蛛に寄ってたかって食い殺されるところだったんだからっ!」

 なるほど、それは確かにそうだ。
 集団暴走の発生の現場にいた訳だから、下手すりゃ真っ先に死ぬところだったのは間違いじゃない。

「喧しいぞ、キャス!お前はこれからミッチリ取り調べる!ジロウ、お前さんはもう帰っていいぞ。今回の報奨については、守備隊と協議の上で決定するのでもう数日時間をくれ」

「分かりました」

 じゃあ、帰らせてもらうとしますか。

「ねえちょっとぉ!助けてよぉ!同じ冒険者のよしみでさぁ~!」

「知らん。これ以上俺を巻き込むな」

 この状況で、魔物の群れを半ば押し付けた形の俺に助けを求めるとか、どんな神経だ……。

「じゃあブルース支部長、俺はこれで」

「うむ、ご苦労だった」

「うがぁ~!見捨てるなぁ~~!!」

 だから知れねえっての。
 行きずりの他人だっての。

 俺は喚くキャスを無視して、俺は支部長室を後にする。
 一階に降り、ゴードン達と合流――一旦、ギルドを出て、近くの酒場に入り、今後の方針を話し合う事にした。

「さて、これからどうしたものかね……?」

 安い麦酒エールと炒った豆を注文し、話し合いスタート――俺が切り出すと、ゴードン達も各々考え出す。

「ダンジョンが閉鎖なのが地味に痛いなぁ……」

 暫くダンジョン探索はできない。
 今回の集団暴走の件で、冒険者ギルドと守備隊が共同で内部を調査すると掲示があった。
 調査の間は許可のない者はダンジョン侵入禁止……期間は未定。

「ダンジョンを管理する冒険者ギルドや守備隊の決定とあれば、従わざるを得まい……」

 ゴードンが豆を齧りつつ言う。

「となると、通常の依頼を受けるしかないが……収入は大分減るだろうな」

 そう言ってヴィンセントは麦酒を煽る。

「でも、暫くはこの街に滞在しなければならないのですよね?」

 カサンドラはジョッキに手を添えつつ、俺に向かって聞いてくる。
 俺はその問いに頷く。

「ああ、一応集団暴走スタンピードの一件で報奨金が出るらしいからな。それが決まるまで街を出る訳にもいかない」

 報奨金が幾ら出るのかまだ分からないが、雀の涙みたいな少額ではないと信じたい……。
 しかし、出るなら早いところ出してほしいものだ。
 この街の冒険者ギルドに来る依頼の殆どがダンジョン関連、その他の依頼は報酬が安い上に数自体も少ない。
 今日まで見てきた感じとしては、普通の依頼では俺達4人の日々の生活費を稼ぐぐらいしか出来そうにない……。
 ゴードンとカサンドラの解放税の積み立てまでは手が回らない……。

 だからと言って、何もしなければ今日まで貯めた金を食い潰していくだけだ……。

「選択肢がある様でないな。明日からは普通の依頼をこなしながら、ダンジョンの解放と報奨金を待つしかないか」

「仕方あるまい」

「今は耐えましょう」

「一先ず、旦那の報奨金に期待だな」

 今後の方針、というほどの事は決まっていない気がするが、今後の成り行きを見守るという形で落ち着いた。



 それから数日間、俺達は冒険者ギルドで雑用系の依頼をこなしながら、ダンジョンの探索再開と報奨金の支払いを待った……。
 何とか生活費分くらいは稼げたが、貯金はほぼ出来ず……今まで順調にいっていた分、停滞している感が余計に重たく感じられた。

 そして、やっと待ちに待った知らせ――報奨金の決定と支払の呼び出しが来た。

「いや、待たせてすまんな」

 事情聴取の時に入った支部長室に通されると、ブルース支部長が出迎えてきた。

「これが、今回の報奨金だ」

 そう言って支部長がテーブルの上に膨らんだ布袋を置いた。
 ジャラッと金属の重く擦れる音がした……袋の大きさも結構ある……これは期待できるんじゃないか?

「詳細を説明する。先ず、集団暴走を収束させたという事で守備隊からの報奨金が金貨30枚――」

 おお、一気にきた!

「次に異常個体と認定された巨大洞窟蜘蛛の買取費用として金貨35枚――」

 ふむ、あの親蜘蛛は何かの素材になるのかな?
 それとも、キャスが言っていた撒き餌について調べる検体にするのか……まあそこの詳細はどうでもいいか。

「最後に、キャス・クライトンの情報提供の報奨金が金貨5枚――締めて金貨70枚だ」

 あいつの事を報告したら金貨5枚も貰えるのか……。
 いや、これは実際に原因があいつにあったからこその報奨金と考えるべきか。
 実際には関係なかったり、陥れる目的の嘘情報だったりしたら出なかっただろう。
 タレコミや密告に一々報奨金を出してたら、ギルドの財政が破綻するだろうし……それで足の引っ張り合いみたいな事が頻発しようものなら情報が信用できなくなるからな……。

「そして、ジロウ。お前の冒険者ランクの昇格――今より、Aランクだ」

「はい?!」

 俺はGランクだったから、ひい、ふう、みい……一気に6階級アップ!?

「そんな急に上げていいんですか!?」

「無論、異例の事だ。だが、早々ある事ではないにしても、実力を示す成果を上げた者がギルド側の判断で数段飛ばして昇格する事は稀にある。お前は集団暴走を1人で収束させた、こんな冒険者を低ランクにしておく方が問題だ。Aランクまで上げておけば、高額報酬の依頼も受けやすいし、依頼受注期限が無期限になるから、ギルドとしても都合が良い。ユアン殿とも協議の上で、こういった措置に落ち着いた」

「はぁ……」

 ランクの事はあまり気にしていなかったが、それでもいきなりAランクとは、流石に驚いた。
 しかし、ブルース支部長が言う通り、これで俺は時間やランク制限をほぼ気にせず、依頼を受ける事が出来る。

 それに、今回の報奨金でゴードンとカサンドラを解放できる――あいつらも喜ぶだろう。

 俺もやっと肩の荷を下ろせる。
 今となってはもうあいつらを嫌ってなどいないが、やっぱり帝国の内部事情やら戦争関連やらは、幾らチートがあっても俺には重過ぎる。
 あいつらには悪いが、巻き込まれるのは御免だ。

「今後とも、冒険者としての活躍を期待する」

「ありがとうございます。まあ、程々に頑張りますよ」

「もっと喜んでもいいと思うがな。まあ、いい。冒険者は自由が基本だ。私からの話は以上だが、何か質問でもあるかね?」

「えーと……あ、そうだ。あの小娘、キャスはどうなりました?」

「ああ、あいつか……はぁ~……」

 深いため息……ブルース支部長の顔が一気に疲れた……。

 聞くところによると、キャスの処分は概ね事前に聞いていた通り――罰金と降格、そして当面の冒険者ギルドの依頼制限とダンジョン探索禁止命令……。
 それらを言い渡されたキャスはかなり喚き散らしたようだが、詳細は興味がないので聞かなかった。
 とにかく、キャスの処分は決まったという事だ。
 以降関わる事もないだろう。

 ついでに、キャスに怪しい撒き餌を売ったという怪しい行商人……こいつも予想通り、姿を消していて足取りは掴めなかったという。
 だが、ユアン氏やブルース支部長の見解としては、帝国の間者の類だろうとのこと……。
 帝国が何か怪しげな魔導実験を行っているという噂は、それなりの立場を持つ人間達には結構広がっているらしく、ブルース支部長も知っていた。
 近頃、帝国の攻勢が強くなり、王国も対応に追われて軍備増強を図っているとかチラっと聞かされたが、戦争関連の話になり始めたので、話をぶった切って支部長室を後にした。

 俺は戦争には関わらないって……。
 冒険者は自由であり中立、高ランク冒険者なら戦争に加われという類の依頼をされる可能性は高いが、されたからと言って受ける義務はないし、拒否したからとペナルティが発生する事もない。

 だったら俺は断固拒否だ――戦争なんかに加担させられて堪るか。

 俺は、受付付近で待たせていたゴードン達を拾い、一度宿に戻った。
 そして、報奨金の事を話し、本題を切り出す。

「ゴードン、カサンドラ、お前達を解放するぞ」

「「っ!」」

 2人は目を見開いた後、何を思ったのか俺の前に揃って跪いた。

「おい、何の真似だ?」

「ジロウ殿、敵であった我らにここまでのご温情……感謝に堪えぬ!」

「この御恩、生涯忘れません!いつか必ず、この御恩に報います!」

 仰々しい……こういうのは反応に困る。
 厄介者を放り出してやる~というノリで今日までいた俺としては居心地が悪い……。

「止めろよ、そういうの……。感謝する様なことでもないだろ、別に……」

「何を言われる!貴殿のおかげで私もカサンドラ様も、王国民を不当に虐げる悪行より解放された!その上、生きて自由の身となれる!これで帝国の中央を牛耳る戦争継続派閥と戦う事も出来る!感謝せずにはおれぬ!!」

「っ……あ~、分かったよ、ったく暑苦しい……。てか、やっぱり帝国に戻るのか?」

「はい。私とゴードンは密かに帝国に戻り、父レンブルトン伯と連絡を取り、囚われている母を救出するつもりです」

「レンブルトン伯の他にも、身内を人質に取られて身動きを封じられた貴族や騎士が相当数いる。彼らの身内の救出も試みるつもりだ」

 なんだか話が大きくなってきたな……。
 これ、下手をすると帝国の内乱に発展したりしないだろうな?
 いや、ゴードンとカサンドラはそれを見据えているのか……雰囲気に決意が漲って見える。

「そうか……ヴィンセントも2人について行くのか?」

「いや、俺は王国内に残って、俺達と同じように帝国から飛ばされてきた人間に声をかけ、同士を募るつもりだ。そして、ある程度同士が集まったら、王国内に入り込んだ帝国軍に妨害工作を仕掛ける」

「帝国軍に?なんでまた?」

「今の帝国軍の殆どは、戦争継続派の息が掛かった連中に指揮されている。そいつらが失態を演じれば、戦争継続派に打撃を与えられるし、王国が有利になれば尚更戦争継続派の力を弱められるからな。帝国内部はゴードン卿とカサンドラ嬢にお任せして、俺は外部から仕掛ける」

「なるほど」

 と、あれこれ聞いてはみたものの……正直、俺には何とも言えん。
 人質の救出だの、妨害工作だの、事情がややこしく絡んで見えて……悪いがやっぱり関与したくない。

 俺は自由に生きていきたいんだ。

「……話は分かった。なら、早速奴隷解放の手続きに行こうじゃないか」

 薄情で悪いと思うが、俺の自由の為、ゴードン達とは手を切らせてもらう――。

 そうして俺達は手続きの為に守備隊の詰め所に行き、奴隷関連の窓口で正規の手続きを行い、記録から照会されゴードンとカサンドラの解放税――合計金貨35枚を納税、守備隊の隊員と軍託奴隷商人立会いの下、奴隷解放が行われ、ゴードンとカサンドラの首から『隷属の首輪』が外された。

 これで、2人は晴れて自由の身だ――。
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