我慢を止めた男の話

DAIMON

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第五話『宿と奴隷契約』

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「ここ、だな」

 地図を頼りに彷徨い歩くこと暫し――やっと隊長殿推薦の宿を発見した。

「思ったより小さいな」

 看板に書かれた店名は『陽だまりの雀亭』、建物はギルドの半分……いやもっと小さい、割とこじんまりした宿だった。
 どことなく民宿という印象。
 ちょっと意外だ、都市を守る部隊の隊長が推すぐらいだから、それなりにデカい宿かと思ってた。

 まあ、こういう民宿みたいな宿も好きだから問題ないがな。

 さて、入ろう。

 扉を開けて中に入ると、カウンター席だけのオープンキッチンだった。
 居酒屋?
 夜とかに営業しているのかな?
 誰もいないが……。

「ごめんくださーい」

「はーい」

 あ、奥から柔らかい印象の女性の声――流石に留守じゃなかったか。

「あ、いらっしゃいませ」

 茶髪の、ボブカットというのか?
 そんな髪型で、目尻の下がったおっとりした女性が出てきた。
 結構若く見えるが、女将さんか?
 それとも店番の娘さんか?

「ご宿泊ですか?」

「あ、はい。実は守備隊の隊長殿からここの宿を勧められまして。これ、隊長殿からの手紙です」

「まあ、あの人から。拝見します」

 女性は手紙を受け取ると、徐に読み始める。

「……なるほど。はい、承知しました。お代は後払いで結構です」

「あ、ありがとうございます」

 あっさりと後払いでの宿泊が叶ってしまった。
 流石は都市の守備隊の隊長殿の一筆――というのもあるんだろうが、女性の雰囲気が、何というか、隊長殿への親しみの様なものがある様に感じる。

「ふふ、不思議ですか?都市の守備隊の隊長ともあろう人が、こんな小さな宿を推薦するなんて」

「えっ、ああいやっ、そんなことは!」

 顔に出てたか?
 若干思ってた事とは違うが、それも思ってたので図星には違いない。

「ふふふ、構いませんよ。実は守備隊の隊長は、私の主人なんです」

「なんと!?」

 マジか!?
 てことは、この女性は女将さんで奥さんな訳か!
 奥さん若くね!?
 いや、もしかして隊長殿、見た目より若いのか?

「あの人、昔から老けて見られる事が多くて……」

「…………」

 どうやら後者だったらしい。
 きっと苦労してるんだろう……。

「ああ、ごめんなさい!私ったらお客様を立たせたままで!すぐお部屋にご案内しますね」

「あ、はい、お願いします」

 女将さんに案内された2階の部屋は、ベッドとテーブルと椅子が置かれたシンプルな客室――ビジネスホテルみたいだ。

「お食事は、基本的にお客様ご自身でお願いしています。夜でしたら、一階で居酒屋をやってますので、よろしければご利用ください」

「分かりました」

「それと、別料金でよろしければお湯とタオルをご用意しますが、いかがですか?」

 お湯とタオル……ああ、足とか体を拭くのか。
 風呂はないのかな?

「女将さん、風呂ってないですかね?」

「お風呂ですか?うちにはありませんけど、うちから少し歩いた所に公衆浴場がありますよ」

 なるほど、風呂はそこそこ贅沢なものって感じか。
 なら、収入が入ったら行ってみるか。

「ちなみに、お湯とタオルはおいくらですか?」

「銅貨5枚になります」

「じゃあ、お願いします」

 手持ちの銅貨5枚を女将さんに渡す。

「はい、承りました。それでは沸かして来ますので、少々お待ちください」

 女将さんが部屋を出て行った。
 俺は荷物をテーブルに置いて、靴を脱いで裸足になり、ベッドに寝転ぶ。

「ふぅ~、一日ぶりのベッドか~」

 盛大に息を吐き、脱力する。
 体の疲れはなかったはずだが、やっぱり無自覚に異世界やら戦いやらで、緊張はしていたのかも知れない。

 神様から貰ったこの体じゃなかったら、どうなってた事か……ありがたや、ありがたや。
 まあ、材料髪の毛だけど……。

「ん~、このまま寝ちまってもいいが……」

 ちと勿体無い気もする。
 旅行なんて10年近くしていない。
 ましてや異世界だ。

 夜まで見て回らないとつまらない。

「よし」

 頼んだお湯が来たら、体拭いて、少しダラけて、それからまた街に繰り出そう。
 金はあんまり無いから見るだけになるが、それでも面白いかも知れないしな。

コンコン

『お待たせしました~。お湯をお持ちしました~』

「はーい」



 そうして俺は、女将さんから受け取ったお湯とタオルで全身を拭った後、またレーネックの街に繰り出した。

 冒険者ギルドを探していた時とは違い、見つけた店を片っ端から眺めて回った。

 この世界の文化なのか、或いはこの街独自の光景なのか、露天が多い。
 勿論、店舗を構えた商店も沢山あるが、似た商品を扱う店が3つ4つ必ずある様だ。
 そして、売り手と買い手の値段交渉も頻繁に行われている。

「これもう少し負からないか?銅貨3枚とか」

「おいおい、馬鹿言ってくれるなって。それじゃあ赤字も赤字さ。せめて銅貨7枚!」

「もう一声!銅貨4枚!」

「むむぅ、銅貨5枚!これでダメなら他所行ってくれ」

「う~ん……悪いね、他当たるわ」

 なんてやり取りがあちこちから聞こえる。
 値引き交渉ね、俺は少し苦手意識がある。
 俺が生きてた日本で、値引き交渉なんて過去の話……誰もが表示された値段で買うか買わないかの二択だった。
 あったとしても、個人でのやり取りだけで、店で「安くしてくれ」なんて言い出せもしなかった。
 だから、そういうやり取りは聞いて新鮮に感じる。
 だから、見てるだけでも楽しくて、なんか良い。

 しかし、良い事ばかりじゃないのが世の中だ……。

 ふと、裏路地に迷い込んだ時――

「よおよお、おっさん。誰の許可とってここ通ってんだ?」

 人相の悪いチンピラ3人に前後を挟まれ、まあ、所謂『喝上げ』に遭った。

「通行料として有りが――ね"ッ!!??」

 なので、容赦なく捻り潰しておいた。
 ったく、異世界情緒を味わってた良い気分が台無しだ……。

 元々俺はこういうチンピラの類が大嫌いな上、ぶらり歩きの楽しみを邪魔された苛立ちもあってギッタギタにしておいた。

「おい、二度とその面見せんじゃねえぞ?懲りずにまた現れやがったら、次はこの程度じゃ済まさねえ。仲間でもいるならそいつらにも言っとけ。仲間が来ても唯じゃおかねえからな」

「「「ヒィ!?すいませんでしたぁーー!!」」」

 ズタボロの体を3人で支え合いながら、チンピラどもは逃げて行った。
 さて、あれだけ脅しても懲りずに来たらどうしてやろうか?

 止め止め、こんなこと考えてたら暗黒面に堕ちる。

 頭を振って気持ちを切り替え裏路地から脱出……そろそろ日が暮れてきた。

 夜の街も楽しみたいところなんだが……所持金が心許ない。
 ゴードンらの報奨金が入るか、冒険者ギルドで依頼でも受けないと、そうそう遊べない。

 仕方ない、今日は宿に帰るか。

「えっと、宿は……」

 あれ、どっちだ?
 拙い、裏路地に迷い込んだせいで方向を見失った!

「ええっと確かこっちから来たよな?!」



 結局、俺は迷いに迷い、宿に帰り着いたのは完全に夜になってからだった……。



 そしてその日は食事も取らず就寝、一夜明けて翌朝――。



「あ、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

 部屋から出て一階に降りると、バケツと雑巾を持った女将さんと会った。

「おはようございます。おかげさまで、ぐっすり快適に寝れましたよ」

 徹夜明けだったのもあったからか、本当にぐっすりだった。

「それは良かった。あ、そうそう、昨夜遅くに主人が帰りまして、お客様に伝言を頼まれました」

「隊長殿から?何でしょう?」

 報奨金関連かな?

「はい、捕まえた海賊の報奨金の用意が出来たので、詰所まで来て欲しいと」

 やっぱり。
 にしても、昨日の今日でもう照会終わったのか、早いな。

「分かりました。あ、詰所って何処ですかね?」

「城門の脇に軍の詰所があります。今日、主人は東の方に居るはずです」

 この都市には東西二ヶ所に城門があるのは昨日知った。

「東、ですね。分かりました」

 東は、俺が昨日この都市に入ったところだ。

 分かったところで、早速行こう。
 報奨金が入らないと、気軽に買い物も出来ないからな。

 宿を出て、昨日来た道を歩き、東の城門へ。

 散歩程度に歩いて20分程度、日本にいた頃なら遠いと感じた距離だが、今はそう感じないから少し不思議だ。

「すいません、隊長殿はいらっしゃいますか?」

 門の近くにいた兵士に声をかける。

「む?隊長に何の用だ?」

「自分、昨日引き渡した海賊の件で呼ばれた者でして。隊長殿から詰所に来る様にと」

「ああ、あの海賊どもの件か。分かった、すぐに呼んでくるから待っててくれ」

「はい」

 そうして兵士が門の横の建物に入っていく。

 そして数分程度で、隊長殿と一緒に出てきた。

「おお、来たか。早かったな」

「朝は早い方でして」

 日本にいた頃から、まあ、仕事の所為でもあるが、朝の4時・5時起きはいつもの事だった。
 体は変わっても、習慣は残る様だ。

「ふむ、ならば早速報奨金の話を済ませよう。ついて来てくれ」

 隊長殿に手招きされて、詰所とやらに入る。
 入ってすぐに広い空間があり、剣や槍、盾などがそれぞれ並んで整然と置かれている。

「こっちだ」

 促されて、その広い部屋を抜けて、簡素なテーブルの置かれた個室に入った。

「さて、ではこれが今回の報奨金だ」

 隊長殿がテーブルの下の引き出しから膨らんだ布袋を取り出す。

「今回の海賊の中に、手配された賞金首は残念ながらいなかった。お前さんから提出された奴らの持ち物も、特に重要な物は無かった」

「そうでしたか」

 ちなみに、カサンドラから没収した紋章付きナイフは今も俺が隠し持っている。
 あれは面倒を引き寄せそうな臭いがプンプンだ。

「よって、一律の海賊・無法者の捕縛報奨金を人数分という形になる」

「ちなみに一人当たり幾らの報奨金が出るんですか?」

「今は国内の治安が悪くて、無法者も多いからな。一人当たり銀貨5枚だ」

 うーん、隊長殿の口振からして、大した額じゃなさそうだ。
 入市税が銀貨3枚だった……それに昨日街を見て回った感覚から考えると……銀貨1枚=1000円ぐらいか?
 とすると、海賊一人当たり報奨金5000円……?
 うわ、途端に安く感じる……。

「昨日引き取った海賊は総勢38人、うち頭目の男とその女はお前さんの奴隷として登録したから、海賊36人分で金貨18枚だ」

 金貨18枚……という事は、銀貨5枚×36人で銀貨180枚だから、銀貨10枚=金貨1枚になるのか。

 よし、貨幣のレートが少し分かったぞ。

「それと、一緒に提出された海賊どもの持ち物だか、重要な物は無かったので、お前さんの戦利品という扱いになるんだが、どうする?」

「どう、とは?」

「持ち帰って自分でどこぞ店に売るか、このまま我々が買い取るか、だな。先に言っておくと、我々が買い取る場合、まあ買取額に期待はするな。なにしろ、部隊の予算は限られているのでな」

 なんとなく、隊長殿のご苦労が偲ばれる……。
 この街の商人とか、どんな感じかも分からないし、銅貨1枚でも多く売る~なんて考えてたらキリがないし……何より面倒だ。

「商人と交渉とか自信がありませんで ので、このまま軍の方で買い取っていただけますか?」

「いいのか?」

「はい」

 金は、これから自分で稼げばいい。
 ここで手間をかけることもないだろう。

「分かった。では、その様にしよう。商人を呼んで計算するから、そうだな、夕方にでもまた詰所に来てくれ。用意しておく」

「お願いします」

「さて、最後に奴隷2人の引渡しだ。また、ついて来てくれ」

「はい」

 隊長殿の後に続いて個室を出る。

 さて、奴隷にできたはいいが、これからあの2人をどう扱ったものか……。


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