28 / 28
〈二十八〉
しおりを挟む離れ座敷にふたりきりになった。
羽織や袴を受け取ると、るいは差し向かいに座り手甲を解く手伝いをした。がっしりとした腕を抱くようにして小鉤をぷつりぷつりと外す。
「こちらの腕も」
「ああ」
左腕の手甲も解く。
しゅ、しゅしゅ。
鉄瓶の湯が沸く音がする。
「深山の里は……」
「雪解けから夏の間は、臼居屋や志馬野から人を出してもらっておりました。私は療養に時間がかかってしまいまだ、帰っておりません」
これまではばかっていた深山の里や御婆たち、貴人についてやっと調べる決心がついた。御婆の生前から交流のあった臼居屋や志馬野の里人たちに話を聞き、人を調べに出しても分かったことはそう多くない。
深山の里は、とある貴族の領地の一部だったという。薬草を育て薬種となる植物を採集し加工する技術者一族が都からやってきて居つき、かれらの娘が領主の側妾となることで縁続きとなった。しばらく前まではそうした妻問いの儀式が残っていた。が、それもとある貴族が滅びるまでのことだ。
「だいぶ年は離れていましたが御婆は、私の実の母親でした」
るいがくだんの貴族の世継ぎである可能性は低い。どういう経緯で御婆が年を取ってから一子を産み落としたかも、なぜ親子の名乗りをしなかったのかも不明だ。貴族に嫁する娘を育てたかっただけなのかもしれない。ただひとつ確かなのは、深山を訪れる貴人など今は存在しないということだ。
「これからどうするかは、まだ……」
幸い、臼居屋がこれまでどおり薬種を買い取りたいといってくれている。春を待って深山へ帰ることになるだろう。
るいは勝五郎の左腕を抱き、ぷつりぷつりと手甲の小鉤を外していった。
「なかなか文を出せずすまなかった」
「……」
一年前から逗留している臼居屋を通じて消息は聞こえてきて、仇討ちが果たされたところまでは知っていた。逃げて隠れてを繰り返す仇とようやく相まみえたが助太刀もあり、無傷ではすまなかったらしい。療養と手続きを経て
「禄を返上してまいった」
勝五郎は正式に脱藩した。
「会いたかった」
先に解放された右腕がるいの背中にまわる。
「一介の素浪人に過ぎない身で、るい殿の前に顔を出せた義理ではないのは分かっていたがどうしても、会いたかった」
「お目にかかれて、嬉しゅうございます」
手甲を外した左腕を撫でる。
「きれいに、治りましたね」
「ああ、るい殿のおかげで元どおりだ」
頬を寄せると浅黒くなめらかな肌からなつかしく香ばしいにおいが立つ。いとしさが募る。るいは頬ずりした。
「ご無事で、本当にようございました……」
涙があふれる。
「生きていてくださればそれでよかった。私の知らないところで知らないかたと添われても、幸せに生きていてくださればそれで」
「るい殿」
「でも、駄目ですね」
頬ずりしながら、るいは微笑んだ。
「こうしてお目にかかって、触れてしまうと、離れられない」
「もうどこにも行かない。傍にいてくれ、るい殿」
ぎゅ、と両腕で抱きしめられた。唇が重なる。
夜には雪が降るだろう。でも、今までの冬とは違う。この人の腕のなかにいればきっと、あたたかい。
(了)
0
お気に入りに追加
8
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる