錦秋

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〈二十七〉

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 背割り羽織に野袴は一年前のものと違い、るいや他の女の手による繕い跡がない。月代さかやきも無精髭もさっぱりと整えられ、もとが精悍であるだけに男ぶりが上がっている。
 感無量で見惚れ、るいは慌てて手をついた。頬が熱い。

「久しいな」
「ご無事で、何よりでございます」
「本懐を遂げた」
「おめでとう、ございます」

 命を狙われる日々に終止符がうたれたのだ。安堵で涙がにじんだ。

「ようございました、ほんとうに……」

 勝五郎はるいの手を取り、口づけた。

「息災であったか。顔は――、おお、よかった」

 大きな両手がるいの頬を包む。勝五郎は破顔した。一年前より若返ったかに見える。

「傷は残っていないな。覚えているとおりの、るい殿だ」
「背中は、少し……」
「痛みは」
「もう、だいじょうぶです」
「よかった。ほんとうに、よかった。――どれ、見せてごらん」

 ちゅ、ちゅちゅ。
 耳から首筋を唇でたどりながら袷の衿をくつろげようとする勝五郎を、るいは止めた。

「おやめくださいませ。子どもの前でございます」
「るい殿……」

 勝五郎はぎゅう、とるいを抱きしめた。感極まったようすで囁きかける。

「なぜ、知らせてくれなかった……」
「……はい?」
「俺の子、なのだろう? 思いがけないことだが、子か……。何ともいえず、嬉しいものだな」
「違いますが」

 るいを膝に載せでれでれと幼子の寝顔を眺めていた勝五郎が凍りついた。

「俺の子では、ない?」
「違います」
「では、他の……」

 勝五郎の腕から脱け出し、乱れた衿もとと髪をなおしてるいはびし、と姿勢を改めた。すうすうと健やかに寝息を立てる幼子を気遣って小声だ。

「お目にかかるのは、一年ぶりでございます」
「あ、ああ」
「一年前、一夜きりでありましたが勝五郎さまと私の間にはその、――いとなみが、ございました」
「そうだったな、夢のような一夜であった」
「ゆっ」

 かああ、とるいの頬が熱くなる。

「私……っ、あの夜が初めてで、ございます……!」
「そのとおりだ。るい殿はそれまで未通女おぼこだった。俺自身が確かめた。間違いない」
「勝五郎さまが未通女にお詳しくて、助かります。説明が省けますから」

 るいから発せられる氷室顔負けの冷気に、勝五郎は身震いした。

「待ってくれ。るい殿が何をいいたいのか、分からないのだが……」
「お疑いもさることながら、数の勘定にここまで弱くていらっしゃるとは。――るいはがっかりしました。この子は、三歳でございますよ」
「んっ、――三つ?」
「年が明ければ四つになります」
「るい殿、すまない、おこ――」
「あの夜いただいた御たねで仮に授かったとしてとき満ちるまで十月十日、生まれてきた子どもは今ぽよぽよの赤子であるはずです。いくら父親の勝五郎さまが大柄でいらっしゃるとしてもあそこまで一足飛びに育ちはしません」
「ぽよぽよ……父親……俺……」
「万が一にあのあと他の殿方と夫婦めおとになったとして、――なりませんけれども! ――なったとして十月十日かかるんですよ、産み月まで。さらに小さくてしかるべきでしょう。そもそもこの子三歳ですし臼居屋夫婦の娘ですしかわいくてたまらないので残念ではありますがもとより私の子ではありませんし」
「怒っている……」
「当たり前でございます! 私がどれだけ、ご無事を願って、――勝五郎さまの、莫迦ばか
「ば、かあああ、ふえ、えぅああああ」

 掻い巻きにくるまれた幼子が目を覚ましぐずりはじめた。

「おるーたん、泣かした、めっ! ふえええええ」
「もっといっておやりなさい」
「めっ! だめっ!」
「や、すまない、俺が悪かった」

 幼子の高い泣き声は母屋にまで伝わったらしい。「あーらあらあら」と女将と女中が飛んできて「あーらあらあら、ごゆっくり」と幼子を抱き母屋へ戻っていった。嵐のようだった。


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