錦秋

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〈二十六〉

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 一年後――。
 重傷を負ったるいは志馬野で手当てを受け一命を取り留めた。かねてより麓で冬を越すよう強く勧めてくれていた薬酒砂糖問屋臼居屋のもとで療養を続けている。
 深山から降りてきた寒気で麓もいよいよ冬を迎えることになりそうだ。前日までの小春日とうってかわり、雲がどんよりと空を隠している。

――勝五郎さまは、今ごろ……。

 文も訪れも一度もない。自分のせいでるいが襲われたと慚愧ざんきの念に打ちのめされた様子だったと、志馬野や臼居屋の皆から聞いた。後悔や後ろめたさなど感じる必要もないといってやりたかったが、勝五郎からすれば忘れてしまいたい思い出だろう。
 思っても詮無い相手だ。
 それでも出会ったときと同じ、冬を迎える間際になると願わずにいられない。寒がりで寂しがり屋の大男があたたかく幸せに過ごしていますように、と。
 臼居屋の離れ座敷も冬の気配が濃くなってきた。すぐ外の奥庭には見事な楓があり、山から下りてきた冷えで冴え冴えと紅く葉を染めている。寒々とした天気でも、雪見障子から差し込む午後の陽光はやわらかい。長火鉢で鉄瓶がしゅしゅ、と湯気を立てて離れ座敷はぽかぽかと温かかった。
 るいは幼子をあやしていた。掻い巻きをかぶり横たわったるいの片腕を枕に、子どもが機嫌良く手足をばたつかせている。胸もとへ抱き寄せ、背中をぽんぽんと撫でてやると幼子は、きゃきゃ、とまわりを引き込む明るい声で笑った。

「おやおや、おねむではなかったのですか」
「ねむ、ねむ」
「ご機嫌さんだけど、寝ぐずりでしょうか」
「おとたん、まだかえらない?」
「まだですよ」
「きょう、かえる?」
「今日は、無理かもしれません」
「じゃあ、あした?」
「少し遠くへ行っていらっしゃるから、まだかかるでしょうね。――でもきっと、お土産をもって帰っておいでになりますよ」
「ほんと?」
「ええ。楽しみですねえ」
「たのしみ、ねえ」

 むにゃむにゃとるいの言葉を繰り返すうちに幼子の目がとろんとしてきた。ゆっくりと背中をなでると呼吸が深まっていく。

「かわいらしいこと」
「まことに」

 驚いたるいが顔を上げると、勝五郎が立っていた。静かに座敷の戸を閉める。振り返った勝五郎の含羞の滲む微笑みは一年前のままだ。喜びが苦しいほどに胸を締めつけることもあると、るいは初めて知った。

「お見苦しいところを」
「よい。そのままで」
「そういうわけには、まいりません」

 そっと身を起こしたるいは、幼子に掻い巻きをかけなおしてやってから、刀と行李こうりを置いた勝五郎と向き合った。
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