錦秋

uca

文字の大きさ
上 下
22 / 28

〈二十二〉

しおりを挟む


 これまでできるだけ視界に入れないようにしてきた。打飼袋うちかいぶくろに袴、手甲、脚絆、足袋。刀掛けのそばにいつも荷物がきちんとまとめてあった。いつふらりと旅立ってしまうか、毎夜毎朝不安だった。
 いざそのときを迎えてみれば諦めは案外すんなりと心に馴染む。

「……」

 目覚めてみれば刀掛けは空、荷物もなくなっていた。念のため家を見て回ったが、勝五郎の姿はなかった。書き置きもない。

――意外だ。

 別れのときがくれば泣きわめき追いすがり、勝五郎を困らせるものだと思っていた。それだけの執着がるいにはあったし悟られてもいたから、抱き潰して挨拶もなく男は消えたのだろう。そしてそうなれば自分はめそめそ泣き暮らす。そう思っていた。
 不思議なことに、涙が出ない。
 まるで勝五郎がはじめから存在しなかったかのよう、――とまではさすがにいかない。
 男が皆そうなのか、勝五郎がまめなたちだったのかは分からない。意識を失ったるいの肌はきれいに拭われていた。が、純潔を散らした跡の残る敷布の始末までは手が回らなかったようだ。表面のぬめりはなくても、名残はくっきりと体に留まっていた。乳首や秘所はじくりと熱を持ち

「まるで、紅葉」

 きつく吸われた跡が肌に赤く点々と浮いている。

「んっ」
 重い腰を上げると
 とろ。
 甘苦しいうずきとともにぼってりふくらんだ秘唇から何かが滲んだ。

「御たね……」

 初めて、涙が出た。
 幸せな夜だった。そしてほんとうに、行ってしまった。

――掃除と洗濯とそれから……。

 泣くのは後始末をして、鶏の世話をすませてからだ。今日くらいはめそめそしたっていい。誰も見ていないのだから。
 るいは涙を払い、立ち上がった。


――そろそろ雪が来そうだ。

 昼過ぎまでは天気がよかった。貴人のために用意され、勝五郎が使った布団を日に当てた。敷布は水を張った桶につけてある。血の跡がとれるかどうか、分からないけれどやるだけやってみよう。
 昼前にとりこんだとき、洗濯物はからりと乾き、布団はふかふかになっていたけれど、西の空に重たげな雲がみえた。
 重い体に鞭打ってやらねばならないことに精を出すうちに、思いのほかてきぱきとはかどった。奥の間はあっという間に片付いた。体の疼きやきしみ、鬱血痕はいずれ消えるだろう。勝五郎も仇討ちを果たして故郷へ帰るだろう。そうなればるいのことなど忘れてしまうに違いない。

 るいは掃き集めた落ち葉に火をつけた。落ち葉焚きだ。ついでに、と紙ごみ、どさくさに紛れ納戸から持ち出した手箱の中身――御婆手製の張型と作法書も焚き火に突っ込んだ。卑猥な挿絵がめらめらと炎に呑まれ、男根にあまり似ていないぶかっこうな張型にも火がうつっていく。
 もう乙女ではない。
 御婆が存命ならば火を噴いて怒りそうなことをしでかした。もっと罪悪感に打ちのめされるかと思っていたが、そうでもない。却ってすがすがしくせいせいした気持ちだ。
 ただ体に快楽を刻みつけられただけのことなのに、どうしても去った男へと思いが向かう。

――それも、しばらくのこと。

 時が過ぎれば記憶はすべて薄まり消えていく。

――寒い。

 まだ冬本番ではないというのに、寒い。
 るいは棒での焚き火を掻きおこした。ぱちりと小さく炎が爆ぜる。
 分かっている。
 きっとどれだけ枯れ葉を足しても、肌が焦げるほど火を熾しても、あたたかくはならない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...