錦秋

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〈二〉

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 背割り羽織も野袴も泥で汚れあちこち裂けている。さむらいはあろうことか左腕の骨も折っていた。紅葉に見蕩れ道を踏み誤ったという。

「面目ない」
「無理もありません。こちらから眺めていましても、美しゅうございましたから」

 のどかな口調ではあったが、ひどい怪我だ。痛むだけでなくしばらくは不自由であろう。
 男は黒江勝五郎と名乗った。大柄で逞しい。くっきりとした眉に炯々けいけいとした眼光、ふとぶととしてまっすぐ通った鼻筋、厚い唇と精悍な顔立ちは一見強面であるが、話すと人なつっこく目もとが和らぐ。
 剣術の修行で諸国をめぐっているという。確かに、柄袋こそ素朴であったがなかから取り出した大小の刀はなかなかに立派な拵えだった。

「ひと晩ではとても……、お急ぎでなければしばらくご滞在を。――傷に効く湯が山にございます」
「世話になる」
「ご不便をおかけすることと存じますが」

 湯を沸かしたらいに張り、男を座らせ手桶でうすめた湯を背中へ流す。大柄で、さむらいらしく屈強な体つきであったが、がっしりした背中は傷だらけであった。湯がしみそうな新しい傷だけでなく、とうに塞がった古いもののほうが多い。傷に膏薬を塗り左腕に添え木をして固定し手当てと食事、――ここまですませて、るいは困ってしまった。
 この家は貴人を迎えるためのもので、手が回りきらないところはあれどその用意ならばできている。鬼籍に入った老人たちが手を尽くし用意してくれた設えが奥の間にあり、いつおとないがあってもよいよう手入れも欠かさない。が、貴人でないもの、たとえば供の分の用意までは行き届かない。
 勝五郎は貴人ではないといった。
 しかし怪我をしてしまったかれを、普段るいが寝起きする板間に転がしておくわけにもいかない。貴人のためのしつらえを除けば布団もるいのもの、ひと組しかないのだ。
 どうしたものか。
 しかしるいは逡巡に時間をかけなかった。――どうせ、忘れられている。貴人の訪れはないのだ。
 貴人のために用意していたものものを取り出し、奥の間を調ととのえる。

「これはそれがしには少し……」

 大柄で逞しいさむらいには丈が足りなかったか。おろおろとするるいに、勝五郎は困ったように笑み、つるりとなめらかな生地の寝間着に無骨な指をそっと這わせた。背丈に見合って手も大きい勝五郎の思いのほか繊細なしぐさと含羞の表情にるいの胸がとく、と高鳴った。

「すべらかで美しすぎる」
「用意がこれしかなくって、早速ご不便を……」
「いやその、いきなり押しかけたそれがしが、やや、そもそも足をすべらせたのがいかんのであってその、あの……」

 うつむきどぎまぎと顔を赤らめる。
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