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間章 春雷
3.
しおりを挟むその日、社へ戻る途中で千春を見かけた。素朴で純情そうな男とふたり、肩を寄せ合い楽しげに歩いていた。もう千春への思いは残っていない。それでも冬から春の惨めな気持ちがよみがえる。それがいけなかったのか、酒を過ごしてしまった。
樹子とふたりで居酒屋へ行った後しばらく、記憶が切れ切れだ。
タクシーのリアシートで隣り合う樹子が窓にもたれ外を見ていた。隣の車線からテールランプの赤い光線が彼女の頬をなぶるたびに遮りたくなる。
多めに金を渡し先にタクシーを降りて自宅マンション前でへたりこんでいたら樹子が肩を貸してくれた。
次に気づいたときは自宅の寝室で裸の部下が裸の自分にまたがり腰を振っていた。
目の眩む眺めだった。
手に入らないはずの恋しい女は美しい。
記憶は切れ切れでも何が起きたか、広居はすぐに理解した。酔った勢いだ。そうでなければこんな幸せが現実に身に降りかかるわけがない。
酔いが醒めかけた樹子に現実に返ることを許さず挿入を試みて失敗し、翌朝ふたたび試みてやはり失敗した。
わずかであっても可能性があるならば。――広居は僥倖に縋りついた。心から求める女と体も繋がる機会など、今このときを逃せばないに違いない。
歴代の恋人たちを魅了した鍛えた体も、比較的整った男らしい顔立ちも、幼い見た目の男を好む樹子には通用しない。
徹底して甘やかす。惜しみなく好意を伝える。同情を引く。
――大路の心をつなぎ止めるために、何でもしよう。
職場の上下関係と、直接指導したことで得た信頼、わずかばかり育った好意とで強く拒めないらしい樹子の人のよさにつけこんだ。
――俺は情けない、狡い男だ。彼女を満足させられもしないのに。
焦れば焦るほど股間の一物はいうことを聞かなくなった。体も心も樹子を求めているというのに。
樹子もきっと、千春のように自分のもとから去っていくだろう。
諦めかけたとき、樹子が思いも寄らぬことをいいだした。
「主任もじらされたいんでしょう?」
「や、そういうわけでは」
反射的に口にしてから広居は考えた。
そういえば樹子は居酒屋で
――かわいい人をきゃふんきゃふん啼かせたいんです。
そういっていなかったか。
樹子のいう「かわいい人」は河合のような小柄で華奢な男だ。広居は大柄で、ことさらに男らしくあれと育てられてきたし自身も疑問を抱いたことはない。女に主導権を握られるセックスなど考えたこともなかった。樹子がどうやって男をきゃふんきゃふん啼かせるのか、想像もつかない。
――いや、かまわない。
恋しい女を自分のもとにつなぎとめておけるなら、主導権のひとつやふたつ、惜しいことがあるものか。
「きみといっしょに俺も、気持ちよく、なりたい……」
いつもは凜々しい部下がとろとろに目を潤ませている。ほころぶ唇に吸い寄せられる。
「キスしても、いい?」
逸る気持ちを抑え許しを乞う。答えは是であったと思いたい。何ごとか紡ぎかける樹子の唇を、広居は貪った。
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