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〈八〉
しおりを挟む翌日。
敷地内の教会で結婚式が執り行われた。ドレスに身を包みベールをかぶり、プリシラは父親に手を引かれ祭壇へ一歩、一歩足を運ぶ。顔を上げることができない。スタンレーの隣に立ち、肩を強張らせ、俯いた。列席者の歌う賛美歌の浄い祝福の調べが高い天井に跳ね返り矢となって心を貫く。
――私は罪人だ。
今日こうしてスタンレーと結婚すると分かっていて名も知らぬ男に恋をし、結ばれた。評判とは違い親切な舅のゴールドバーグ男爵は欺けても今夜臥所をともにする夫のスタンレーを騙せはしない。
「スタンレー・ゴールドバーグ――あなたはこの者を慈しみ、支え、愛することを誓いますか」
「誓います」
男の低くきっぱりした声にプリシラは顔を上げた。
――この声、修道士さま……?
低く潰れた鼻、目の色がうかがえないくらい落ち窪んだ眼窩、どんな硬いものでも噛み砕いてしまいそうな太い顎、――隣に立つ男は間違いなく前日愛を交わした相手だった。
「プリシラ・ファインズ――あなたはこの者を慈しみ、支え、愛することを誓いますか」
「誓い、ます」
プリシラも誓った。驚きと喜びに涙があふれる。
結婚が成立し、祝宴が催された。式のときはかちこちだった新婦も宴になると緊張が解けたようだ。支度金のやりとりもあり、金尽くの結婚との噂も囁かれたが結婚前の数日、互いを知るための時間をもったのが奏功したか、新郎と新婦は仲睦まじく微笑み合っていた。
夜。
宴が終わり、プリシラが支度をすませ寝室で待っているとスタンレーがやってきた。長々とした口づけのあと新妻の告白を受け
「えっと、――どういうことだろう」
スタンレーが小さな灰色の目を丸くした。
「つまりプリシラは夜に会っていた俺と、昼に小屋で会った俺が別人だと思っていたという、こと?」
「だって、――だって」
夜の逢瀬のとき目隠しをした幅広の布を脇机から取り出しぎゅ、っと掴む。
「目隠しさせられたんですもの。それに媚、薬まで……」
「びやく?」
「あの、お花みたいな甘い香りの――あれをここに――」
「もしかして、これかな」
スタンレーが脇机の抽斗から小さな壺を取り出した。蓋をとると
ふ。
熟れた果物に似た甘い香りが立ちのぼる。
「そう、この香りです、あの小川のほとりに咲いていたお花そっくりのいいにおいで……」
スタンレーはいったん壺を脇机のうえに置くと、脚の間にプリシラを座らせた。
「この香り、好き?」
「ん、っ。好き、です……」
目隠しをしていたときと同じく、大きくて重いものがプリシラを包む。吐息が擽った耳を
ちゅ。
熱くてやわらかいものがなぞった。
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