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〈六〉
しおりを挟む式の準備で大わらわの人々から逃れるように、プリシラはひとりで庭へ出た。整えられた庭や厩を通り過ぎ木立の奥へ前日と同じ道をたどる。
小川のほとりに、熟れた果物に似た甘い香りのする花が咲いていた。垂れ下がった房からせせらぎに
ぽ、と。
ひとつ、ふたつと離れた花が落ち、流れて行く。異相の大男の姿はない。
「あ……」
目を上げると木立の向こうに小屋が見えた。あそこにあの異相の男がいる。確信してプリシラは小屋へ向かった。
「――――?」
ノックに応え出てきたのはやはり異相の男だった。驚きに灰色の小さな目を丸くしている。
小屋の中は扉の内側は煉瓦造りの厨房で銅製の蒸留器が火にかけられていてむっとする暑さだった。小川のほとりで見た甘い香りのする花が束ねられ、梁から下がっている。
「あの、私……」
どうして会いに来てしまったのだろう。
今さら、――なんといえばよい? 明日、領主の息子と結婚しますと? それとも十年ぶりに再会したら慕わしくなったのでいっしょにここから逃げてくださいとでも? そんなこと、できない。実家の父と弟のため、それだけでない。
――育ちはともかく優しい子なんじゃ。仲よくしてやっておくれ。
金儲けのためなら手段を選ばないと噂される舅のゴールドバーグ男爵の面映ゆげに語る姿が目に浮かぶ。結婚はまだでも、愛はなくてもゴールドバーグ家の人々とはもう家族も同然だ。裏切ることなどできない。
それでも初めて恋をした男にひと目、会いたかった。
「ああ、プリシラ……」
男が蕩けたように微笑む。小屋に入りひし、と固く抱き合った。低く潰れた鼻、目の色がうかがえないくらい落ち窪んだ眼窩、どんな硬いものでも噛み砕いてしまいそうな太い顎――いわゆる美形ではないかもしれない。でも男のそばにいるとプリシラは幸せになった。太く長く逞しい腕に抱かれ蕩ける笑顔を間近に見ていると天に昇る心地になった。
――好き。
唇が重なり、口にしかけた言葉も呑み込まれる。口づけ、離れ、また唇を重ね夢中で互いを貪った。荒く息をつく間も惜しい。紐の解けたシャツの襟からのぞく胸もとに頬ずりしていると男が髪をそっと撫でる。プリシラはその手をとり、太く武骨な人差し指に唇を寄せた。
ちゅ。
口づけて男を見上げる。
好き。これからもずっと、きっと好き。
指先を口に含み
れりり。
プリシラは舌を這わせた。うっとりと男の指をしゃぶっていると
「ん……」
抱きかかえられた。ぐるりと体の向きが変わる。木のテーブルに両手をつくプリシラの足もとに跪くと男は服の裾を捲りあげ白い脚の付け根に顔を埋めた。
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