落花流水記

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〈五〉

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――なんてことを……。

 居室へ戻ってプリシラはうなだれた。
 服の上から互いの体を撫で合い、口づけた。異相の大男との逢瀬を思い返し、プリシラは震えた。秘所を愛撫されたわけでもないのに婚約者のスタンレーに触れられたときと同じように感じてしまった。

――修道士、さま。

 幼いころに一度会ったきり、十年以上の時を経て再会したばかりの男に恋をしてしまった。
 一線は超えていない。しかし、不貞だ。
 寝台に幅広の布が置いてある。極度の人見知りだというスタンレーを迎えるための目隠しだ。
 結婚なんて、できない。でも、父と弟の生活のために結婚しなくてはならない。
 プリシラは家令に

「今夜はお目にかかれないと、スタンレーさまに伝えてください」

 告げると夕食もとらず寝室に籠もり、泣いた。



 結婚式前日。
 ゴールドバーグ屋敷の人々はプリシラの変調を結婚式前の情緒不安だと考えたらしい。

「具合はどうかね」

 居室で休んでいたプリシラのもとへ舅のマクシミリアン・ゴールドバーグ男爵が訪れた。

「はい、だいじょうぶです。明日のお式までには……」
「それは何よりじゃ。息子がそれはそれはプリシラどのの輿入れを楽しみにしておってのう」
「……」
「食事の席に顔を出しもせんと、失礼じゃろうと言って聞かせて昨夜やっと顔を合わせると勇気を振り絞った様子だったが――」
「申し訳ありません」
「いいんじゃよ」

 朝の光が明るい。広々とした庭の木々の緑が鮮やかに輝いている。
 窓の外へ目をやると、男爵は若いころはさぞかしと思わせる整った顔を気遣わしげに綻ばせた。冷たく見える灰色の目に複雑な光が宿る。

わしが前領主の伯爵家から領地と屋敷などを買い取ったと――聞き及んでいような?」
「はい」
「息子のスタンレーと、その母親――恋人と暮らすためじゃった」

 スタンレーの母親はこの地を治めていた伯爵家のひとり娘だったという。平民だった恋人マクシミリアンと愛し合い、生まれたのがスタンレーだ。しかし父伯爵はどうしても娘と恋人の仲を認めようとはしなかった。恋人と引き裂かれ、スタンレーを取り上げられて令嬢は失意のうちに亡くなった。

「何が何でも認めさせようと、必死で財産を築き爵位を買い迎えに行ったときにはもう遅かった」

 明るい初夏の陽光に照らされ肩を落とす男爵は小さく見えた。

「せめてあの爺が隠したスタンレーだけでもと長年探し続けてやっと、都で苦労しておるのを見つけたんじゃ」

 里子に出されたスタンレーは転々とたらい回しにされ、娼館で用心棒をしていたところを数年前男爵に引き取られたという。

「貴族らしくないじゃろうが、育ちはともかく優しい子なんじゃ。仲よくしてやっておくれ」

 微笑むと男爵は居室から出ていった。

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