5 / 9
〈五〉
しおりを挟む――なんてことを……。
居室へ戻ってプリシラはうなだれた。
服の上から互いの体を撫で合い、口づけた。異相の大男との逢瀬を思い返し、プリシラは震えた。秘所を愛撫されたわけでもないのに婚約者のスタンレーに触れられたときと同じように感じてしまった。
――修道士、さま。
幼いころに一度会ったきり、十年以上の時を経て再会したばかりの男に恋をしてしまった。
一線は超えていない。しかし、不貞だ。
寝台に幅広の布が置いてある。極度の人見知りだというスタンレーを迎えるための目隠しだ。
結婚なんて、できない。でも、父と弟の生活のために結婚しなくてはならない。
プリシラは家令に
「今夜はお目にかかれないと、スタンレーさまに伝えてください」
告げると夕食もとらず寝室に籠もり、泣いた。
結婚式前日。
ゴールドバーグ屋敷の人々はプリシラの変調を結婚式前の情緒不安だと考えたらしい。
「具合はどうかね」
居室で休んでいたプリシラのもとへ舅のマクシミリアン・ゴールドバーグ男爵が訪れた。
「はい、だいじょうぶです。明日のお式までには……」
「それは何よりじゃ。息子がそれはそれはプリシラどのの輿入れを楽しみにしておってのう」
「……」
「食事の席に顔を出しもせんと、失礼じゃろうと言って聞かせて昨夜やっと顔を合わせると勇気を振り絞った様子だったが――」
「申し訳ありません」
「いいんじゃよ」
朝の光が明るい。広々とした庭の木々の緑が鮮やかに輝いている。
窓の外へ目をやると、男爵は若いころはさぞかしと思わせる整った顔を気遣わしげに綻ばせた。冷たく見える灰色の目に複雑な光が宿る。
「儂が前領主の伯爵家から領地と屋敷などを買い取ったと――聞き及んでいような?」
「はい」
「息子のスタンレーと、その母親――恋人と暮らすためじゃった」
スタンレーの母親はこの地を治めていた伯爵家のひとり娘だったという。平民だった恋人マクシミリアンと愛し合い、生まれたのがスタンレーだ。しかし父伯爵はどうしても娘と恋人の仲を認めようとはしなかった。恋人と引き裂かれ、スタンレーを取り上げられて令嬢は失意のうちに亡くなった。
「何が何でも認めさせようと、必死で財産を築き爵位を買い迎えに行ったときにはもう遅かった」
明るい初夏の陽光に照らされ肩を落とす男爵は小さく見えた。
「せめてあの爺が隠したスタンレーだけでもと長年探し続けてやっと、都で苦労しておるのを見つけたんじゃ」
里子に出されたスタンレーは転々と盥回しにされ、娼館で用心棒をしていたところを数年前男爵に引き取られたという。
「貴族らしくないじゃろうが、育ちはともかく優しい子なんじゃ。仲よくしてやっておくれ」
微笑むと男爵は居室から出ていった。
12
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
約束破りの蝶々夫人には甘い罰を~傷クマ大佐は愛しき蝶を離さない~
二階堂まや
恋愛
令嬢エレナはグアダルーデの王太子妃となることを夢見ていた。しかし王族としての美の基準を満たせなかったことを理由に、王太子の花嫁選びで令嬢アンネリーゼに敗北してしまう。その後彼女は、祖国から遠く離れた国ヴェルイダの‘‘熊’’こと王立陸軍大佐ドゴールの元へと嫁ぐこととなる。
結婚後は夫婦で仲睦まじく過ごしていたものの、自身を可愛いと言うばかりで美しいとは言わない夫に対して、エレナは満たされない気持ちを密かに抱えていた。
そんな折。ある夜会で、偶然にもエレナはアンネリーゼと再会してしまう。そしてアンネリーゼに容姿を貶されたことにより、彼女は結婚の際ドゴールと交わした約束を破る決意をしたのだが……?
大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる
月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。
小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。
騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる