落花流水記

uca

文字の大きさ
上 下
2 / 9

〈二〉

しおりを挟む


 プリシラは天使のようと称えられた亡母に似た可憐な顔立ちに明るい金色の髪、青い目をした美女だ。それなのに結婚適齢期になっても浮いた話ひとつないのはひとえに父ファインズ子爵が事業に失敗したからにほかならない。そのプリシラに縁談が持ちかけられた。相手は一代で鉱山などさまざまな事業を成功させたマクシミリアン・ゴールドバーグ男爵――のひとり息子である。
 縁談の相手はともかく、その父親は有名人だ。
 金儲けのためならば手段を選ばない、爵位と領地を買い叩いた元平民の成金という噂はろくに人づきあいのないプリシラのもとにも届いている。そのゴールドバーグ男爵がファインズ家の窮状を知り援助を申し出てくれたのだという。もちろん条件がある。それが男爵令息とプリシラの結婚というわけだ。初めは渋っていた父ファインズ子爵だが援助の申し出の魅力には抗えない。
 結婚話はとんとん拍子に進み、相手が成金男爵のひとり息子ということしか知らないまま、プリシラは都から遠く離れたゴールドバーグ男爵の領地へ旅立った。


 結婚式まで一週間。ゴールドバーグ屋敷では当主のマクシミリアンをはじめ下にも置かぬ扱いでプリシラを歓待した。式の準備のほか、領地や事業について学び忙しなく時が過ぎていく。退屈することのないように、と都にいたときは手にしたくても望むべくもなかった高価な楽器や本、手芸道具、前の領主だった伯爵家に代々伝わるという宝飾品の数々を与えられ、プリシラは目を白黒させていた。

――男爵の援助で実家が救われたのだから、要求には何でも応えなければ。

 自分に言い聞かせていても鬱々とした気持ちが募る。
 問題は、婚約者スタンレーだった。
 ゴールドバーグ屋敷に来て以来、プリシラはスタンレーと一度も相見あいまみえていない。
 では一度も会っていないかというと、そうではない。夜、眠りにつくまでのしばらく、スタンレーとのひとときを過ごすことが日課になっている。絵姿もなくただゴールドバーグ男爵のひとり息子、とだけ知らされているその人のよき妻となりたい、仲を深めたいと考えていたプリシラにとって願ってもないことだ。ただ、スタンレーは変わっていた。家令によれば

――極度の人見知りでいらっしゃるのです。

 とのことで、居室にスタンレーが来る時刻になるとプリシラは自ら幅広の布で目隠しをすることと決められている。
 幼いころに母を亡くし、家が没落して侍女が解雇となり、プリシラは世間――特に男女の仲について知らないまま育った。知っていることといえば結婚前の男女が同衾してはならない、くらいのものだ。

――同衾には当たらない、と考えてよいのかしら。

 釈然としない思いはあるが人見知りの人が歩み寄ってくれているところに顔を見せろと詰め寄るのもどうかと思う。何より、プリシラは夜の逢瀬おうせを待ちわびていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美しき娘将校は、イケオジ不良士官に抱かれて眠る

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
補給部隊の女隊長リンカ少佐は、作戦決行前夜、名門出身ゆえにその任務を解かれてしまう。 「前線を嫌がって軍人が務まるかっ!」 怒りで目が眩むリンカに差し伸べられた手は、札付きの不良軍人デューカートだった。 「死ぬ時まで一緒だぜ」 あからさまな性描写はありません。 ギリギリの関係をお楽しみください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...