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〈二〉
しおりを挟むプリシラは天使のようと称えられた亡母に似た可憐な顔立ちに明るい金色の髪、青い目をした美女だ。それなのに結婚適齢期になっても浮いた話ひとつないのはひとえに父ファインズ子爵が事業に失敗したからにほかならない。そのプリシラに縁談が持ちかけられた。相手は一代で鉱山などさまざまな事業を成功させたマクシミリアン・ゴールドバーグ男爵――のひとり息子である。
縁談の相手はともかく、その父親は有名人だ。
金儲けのためならば手段を選ばない、爵位と領地を買い叩いた元平民の成金という噂はろくに人づきあいのないプリシラのもとにも届いている。そのゴールドバーグ男爵がファインズ家の窮状を知り援助を申し出てくれたのだという。もちろん条件がある。それが男爵令息とプリシラの結婚というわけだ。初めは渋っていた父ファインズ子爵だが援助の申し出の魅力には抗えない。
結婚話はとんとん拍子に進み、相手が成金男爵のひとり息子ということしか知らないまま、プリシラは都から遠く離れたゴールドバーグ男爵の領地へ旅立った。
結婚式まで一週間。ゴールドバーグ屋敷では当主のマクシミリアンをはじめ下にも置かぬ扱いでプリシラを歓待した。式の準備のほか、領地や事業について学び忙しなく時が過ぎていく。退屈することのないように、と都にいたときは手にしたくても望むべくもなかった高価な楽器や本、手芸道具、前の領主だった伯爵家に代々伝わるという宝飾品の数々を与えられ、プリシラは目を白黒させていた。
――男爵の援助で実家が救われたのだから、要求には何でも応えなければ。
自分に言い聞かせていても鬱々とした気持ちが募る。
問題は、婚約者スタンレーだった。
ゴールドバーグ屋敷に来て以来、プリシラはスタンレーと一度も相見えていない。
では一度も会っていないかというと、そうではない。夜、眠りにつくまでのしばらく、スタンレーとのひとときを過ごすことが日課になっている。絵姿もなくただゴールドバーグ男爵のひとり息子、とだけ知らされているその人のよき妻となりたい、仲を深めたいと考えていたプリシラにとって願ってもないことだ。ただ、スタンレーは変わっていた。家令によれば
――極度の人見知りでいらっしゃるのです。
とのことで、居室にスタンレーが来る時刻になるとプリシラは自ら幅広の布で目隠しをすることと決められている。
幼いころに母を亡くし、家が没落して侍女が解雇となり、プリシラは世間――特に男女の仲について知らないまま育った。知っていることといえば結婚前の男女が同衾してはならない、くらいのものだ。
――同衾には当たらない、と考えてよいのかしら。
釈然としない思いはあるが人見知りの人が歩み寄ってくれているところに顔を見せろと詰め寄るのもどうかと思う。何より、プリシラは夜の逢瀬を待ちわびていた。
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