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クロエ (十)
しおりを挟む四十代半ばに差しかかったクロエ・フレーザーは遠い植民星でも冥界でもなくプリンチのプランテーションで移住が許可されたばかりの人々に交じり農作業に従事していた。オリジナルのクロエであることを伏せて花々を育て収穫している。皆が皆、クロエかラーシュの姿をしているわけで、他と変わらない仮装義体をまとい不器用に花畑の手入れに勤しむオリジナルのクロエに誰も気づかない。
仕事を終えてプランテーションの診療所へ向かったクロエは足を止めた。
「――あなたほどの腕があればこんなど田舎でなく、セントラルでセレブ向けのクリニックも開けるんじゃない?」
「褒めすぎだよ。擦り傷を消毒しただけなのに」
仮装体のクロエたちに囲まれてスタージョが苦笑している。
スタージョのボディ年齢は五十代はじめだ。ぱっと見たところ他の中年バージョンのラーシュ仮装義体と変わらない。三十歳手前のいちばん美しかったころのラーシュ仮装義体をまとう者がいくらでもいるというのに、中年男性の外見になった今、以前より仮装体クロエたちの注目を浴びるようになった。
「ドクター、ラーシュ・ヨハンソンのオリジナル体って噂だけど」
「おれが? まさか」
困ったように眉を下げ、スタージョが笑った。目尻の皺が深まる。
物陰からこっそりのぞきながら、クロエは溜め息をついた。
当たり前といえば当たり前だが、よく似ている。年をとって、スタージョは再会したばかりのころのラーシュに似てきた。それでいてどこか違う。
スタージョは中年男性バージョンのラーシュ仮装義体をまとっているということになっているが本当は複製体だからか、明らかに他の中年男性仮装義体と違う。仮装体クロエたちはその違いを嗅ぎとっているのだろう。
勘のいいことだ。
クロエから見ても違う。スタージョには医師としての自負、クロエやラーシュとの私生活の充実があるだけでない。ひとりで宇宙を彷徨った間に培ったのか、独特の含羞があった。スタージョのはにかみの笑みには少年のような純真さと清い色香がある。
「嘘! この惑星にクロエ・フレーザーの恋人だったラーシュのオリジナルが住んでるって聞いたもの」
「教えてよ。あなた、ラーシュ・オリジナルなんでしょ?」
「仮にこの星にラーシュ・オリジナルが住んでいるとしても、おれじゃない。それに――忘れちゃいけない。惑星ヴァージャで身許追求はマナー違反だ」
にこにこと追求を躱し、スタージョは「診察はおしまいだよ」とクロエ仮装体たちを帰らせた。
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