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惑星ヴァージャ (十八)
しおりを挟む他の誰かがクロエの恋人になるのなら、自分の分身を送り出せばいい。こうなることを望んでいた。そのはずだった。
――だって、私のコピーは、私じゃないのだから。
老アーサーから聞いた昔話を思い出した。
他の誰かと何が違うのか。分身だと思ったその男は、自分ではない。
いざ、自分とそっくりなその男が愛しげに恋人のすぐそばにいるのを目の前にすると昏く冷たく粘ついたものに喉を塞がれ灼かれているように感じる。
もう一脚隣にスツールを置いてそっと、ラーシュは腰かけた。
「瞬き、忘れるなよ」
「――ああ」
思い出したように目をしぱしぱ瞬かせてスタージョが小さく溜め息をつく。かつての自分と同じ姿をした男は笑っていた。泣き出してしまいそうな苦しんでいるような、それでいて喜びに満ちた笑みだった。
「不思議だ」
暗い部屋のわずかな光をすべて集めたようにスタージョは淡く輝いている。
「恋をした記憶はあった。だから初めて出会うわけじゃないはずなのに、――初めてなんだ、こんな気持ちは」
「分かるよ」
「ずっと、ずっと見ていたい。――分かる?」
「ああ。きみが思うより俺はきみだから。でも、ほら――入星管理窓口にクロエそっくりの仮装体がずらっと並んでたのを見たときは驚いただろ」
困ったように眉を下げスタージョは噴き出すのをこらえた。
「驚いた。――一瞬だけ」
「だよな。どの仮装体もそっくり同じ顔なのに」
「クロエと違った」
「よそ行きの顔なんだよな」
くすくす笑い合う。ボディ年齢が三十代に差しかかったスタージョの目尻にほんのり笑い皺が刻まれている。自分と同じ顔に違う歴史が刻まれていく。
自分だけど、自分ではない。――それでいい。
すべてではない。しかし胸の奥の閊えが少しだけ、下りていく。
「仕事の――アイドルの顔だけがクロエじゃないから。でも、あまり取り繕わないところもあって」
「小生意気とか」
「小悪魔だとかいわれたい放題だった」
「――ふたりとも」
ベッドからくぐもった声が聞こえてきた。ブランケットからクロエが目をのぞかせている。
「ひどくない?」
「俺たちがそう考えているわけじゃない」
「そうだよ。あのヴァージャの歌、『深宇宙へスイングバイ』リリースのときの評論家の記事に書いてあった。他人からそう見えるとしてもきみの勝ち気なところも好きなんだ」
スタージョはクロエの髪を撫でようとして躊躇った。淡い光を反射する目が翳る。
「すまない。――その、初めて会ったのに」
「かれは俺の複製体でラーシュ・ヨハンソン=ver.2(アナスタジオ)だ。スタージョと呼んでいる」
大儀そうにゆっくりと体を起こしたクロエはじっとラーシュを見つめ、そして視線を移した。
「はじめまして、スタージョ」
差し伸べられた手をとったスタージョを抱き寄せ、
「来て」
改めてラーシュに微笑みかける。
いいのだろうか。
迷いと躊躇いを飲み下せないまま、おずおずとラーシュはベッドに乗った。
* * *
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