南京錠と鍵

uca

文字の大きさ
上 下
43 / 53

惑星ヴァージャ (十八)

しおりを挟む

 他の誰かがクロエの恋人になるのなら、自分の分身を送り出せばいい。こうなることを望んでいた。そのはずだった。

――だって、私のコピーは、私じゃないのだから。

 老アーサーから聞いた昔話を思い出した。
 他の誰かと何が違うのか。分身だと思ったその男は、自分ではない。
 いざ、自分とそっくりなその男が愛しげに恋人のすぐそばにいるのを目の前にすると昏く冷たく粘ついたものに喉を塞がれかれているように感じる。
 もう一脚隣にスツールを置いてそっと、ラーシュは腰かけた。

「瞬き、忘れるなよ」
「――ああ」

 思い出したように目をしぱしぱ瞬かせてスタージョが小さく溜め息をつく。かつての自分と同じ姿をした男は笑っていた。泣き出してしまいそうな苦しんでいるような、それでいて喜びに満ちた笑みだった。

「不思議だ」

 暗い部屋のわずかな光をすべて集めたようにスタージョは淡く輝いている。

「恋をした記憶はあった。だから初めて出会うわけじゃないはずなのに、――初めてなんだ、こんな気持ちは」
「分かるよ」
「ずっと、ずっと見ていたい。――分かる?」
「ああ。きみが思うより俺はきみだから。でも、ほら――入星管理窓口にクロエそっくりの仮装体がずらっと並んでたのを見たときは驚いただろ」

 困ったように眉を下げスタージョは噴き出すのをこらえた。

「驚いた。――一瞬だけ」
「だよな。どの仮装体もそっくり同じ顔なのに」
「クロエと違った」
「よそ行きの顔なんだよな」

 くすくす笑い合う。ボディ年齢が三十代に差しかかったスタージョの目尻にほんのり笑い皺が刻まれている。自分と同じ顔に違う歴史が刻まれていく。
 自分だけど、自分ではない。――それでいい。
 すべてではない。しかし胸の奥のつかえが少しだけ、下りていく。

「仕事の――アイドルの顔だけがクロエじゃないから。でも、あまり取り繕わないところもあって」
「小生意気とか」
「小悪魔だとかいわれたい放題だった」
「――ふたりとも」

 ベッドからくぐもった声が聞こえてきた。ブランケットからクロエが目をのぞかせている。

「ひどくない?」
「俺たちがそう考えているわけじゃない」
「そうだよ。あのヴァージャの歌、『深宇宙へスイングバイ』リリースのときの評論家の記事に書いてあった。他人からそう見えるとしてもきみの勝ち気なところも好きなんだ」

 スタージョはクロエの髪を撫でようとして躊躇ためらった。淡い光を反射する目がかげる。

「すまない。――その、初めて会ったのに」
「かれは俺の複製体でラーシュ・ヨハンソン=ver.2(アナスタジオ)だ。スタージョと呼んでいる」

 大儀そうにゆっくりと体を起こしたクロエはじっとラーシュを見つめ、そして視線を移した。

「はじめまして、スタージョ」

 差し伸べられた手をとったスタージョを抱き寄せ、

「来て」

 改めてラーシュに微笑みかける。
 いいのだろうか。
 迷いと躊躇いを飲み下せないまま、おずおずとラーシュはベッドに乗った。


     *     *     *

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...