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惑星ヴァージャ (九)
しおりを挟む「後生ですから相続を放棄するなどとおっしゃらないでください」
「駄目なの?」
自分が相続放棄をしたあとにほかの権利者間で好きに分け合えばいい。幸い、クロエの資産はすくすく育っている。ここ惑星ヴァージャで暮らす分には窮することはないだろう。
「お父上や叔母上などご一族の皆さまは金に困っているわけではありません。叔母上のマリー=アンジュさまはお困りだったかもしれませんが――交際費がかさむだけでなく金に糸目をつけず複製体をつくっておいででした」
「じゃあ、マリーおばさまはもう――」
「亡くなりました。手を下したのはわたしではありません、念のため」
シシーは苦く溜め息をついた。
頭から足の先まで念入りに磨き抜かれた自分そっくりの姿に、自身の闘争心を持て余す中年男の苦患が重なる。
「ご一族から逃げ回るのにも限界があります。だからここ惑星ヴァージャで防御を固めて、けりをつけることにしました」
「観光に来ているお客さんたちはだいじょうぶなの?」
「はい」
惑星ヴァージャはある意味テラフォーミングに失敗した星だった。入星管理窓口である唯一のスペースポートを経ず直接着陸すれば暴力的な惑星生物に襲われしまう。そうなるとアクセス可能なのは安全が確保されたスペースポートのみとなる。ここで入星管理の厳しいチェックをかいくぐることのできる者は稀だ。仮に潜入できたとして、惑星ヴァージャにはクロエ仮装体がたくさんいてオリジナルのクロエにたどり着くのは容易でない。
「違法な遺伝情報のトレースにも二重三重に網を張って対策を講じています」
オリジナルのクロエを捜す胡乱な者が幾重にも張られた網をかいくぐるのに時間をとられるうちに捕縛されるという算段だ。
「体制が整ったのでお嬢に覚醒していただきました。――とはいえ、万が一のことがないとも限りません」
シシーはヴィーゼ最奥の一軒家へクロエを連れて行った。
「隠れ家です。この建物は敷地ごととある錠前でロックがかかるようになっています。鍵はお嬢が地球から持ち出したハンカチから採取した遺伝情報です。明日の朝八時まではわたしも入れません。仮装体は姿のみを写しているので、お嬢の似姿でロックを破ることはできない仕組みです」
そこまで強固ならば安心だ。
ハンカチから採れる遺伝情報はクロエ自身と、地球に残ったラーシュのものだけだ。苦くさびしく、クロエは微笑んだ。ラーシュが来てくれたらいいのに。詮無い望みが胸の奥をちくちくと傷つける。
「ですからお嬢、朝まで誰が来てもこのドアを開けてはなりません。分かりましたね?」
「分かった」
子どもではないんだからそんなにしつこく念を押さなくても、とむくれるクロエを隠れ家に置いてシシーは忙しげに戻っていった。
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