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ラーシュ (十一)
しおりを挟む「どうしたんだ、セシル……」
「申し訳ありません」
部下を下がらせたセシル・コピーがしょんぼりと肩を落とす。以前と変わらぬ強面が
「義体が脆くなっておりまして」
眉を八の字に、唇をへの字にしてうつむいた。
複製人格技術の黎明期、クリアできなかった問題のひとつに義体との不適合があった。
「ごく稀な現象でしたが、その一例がわたしの体でした。オリジナルの複製義体いくつかのうち、適合したのがこの体だけでして」
しかもクロエの行き先を調査するために冷凍睡眠と覚醒とを頻繁に繰り返した結果、部分的に拒絶反応を起こし欠損してしまった。欠損部位を埋めようにも汎用義体が合わず交換を繰り返さざるを得ない。
「オリジナルはコピーのわたしを百年以上使うことを想定していなかったのだと思います。そんなことより――」
「セシル、まずきみの体を」
口をはさもうとしたラーシュを、セシル・コピーは視線で制した。
「いいえ、聞いてください。オリジナルと――お嬢の居場所が不明です」
「それは――」
ふたりの間に沈黙が降りる。
ラーシュの覚醒を最低限にとどめ義体の崩壊を睨みながらセシル・コピーが調査を続けたおかげで、一行はクロエたちに追いつきつつあった。あと少し、もう一回コールドスリープすればクロエに会えそうだと喜んでいたところに失踪の報だ。何があったのか。
――落ち着け。狼狽えるな。
動揺に震える肩をラーシュは抑えた。セシル・コピーがデバイスで星図を開く。
「今わたしたちがいるこの惑星キャンビアは地球人類植民最奥エリアのハブ、中継地点です」
調査の結果、セシル・オリジナルがクロエ名義で立ちあげたいくつかの企業体がこの先の最奥エリアで盛んに活動していることが判明した。所有する複数の居住可能惑星でテラフォーミングが進んでいる。
「今まではわたしの籍でオリジナルの籍所在地を知ることができました。しかしここ百年以上、動きがありません」
しかも、籍所在地に探りをかけたところ、クロエ一行はとうの昔にその地から旅立った後だった。
「フレーザー一族のみなさんの動きも活発になっています。ラーシュ様のコピーへの接触もあったとか」
「アナスタジオは、――スタージョは無事なのか」
「最後に確認した時点では。ラーシュ様からのメールで示された場所に直接出向かずあちらこちらと動いて」
敵を引きつけてくださる、と片目でセシル・コピーは苦笑いした。
「じゃあ、連中はまだクロエの居場所を突き止めていないんだな?」
「おそらくは。――しかし、時間の問題です」
老アーサーの遺産を狙うフレーザー一族がクロエを見つけられずスタージョを追い回しているからといって、こちらもいつまでも深宇宙を安穏と彷徨いつづけているわけにいかない。オリジナルが次の一手をどう打つのか、セシル・コピーは考えあぐねている。
判断を誤れば数百年かけても遅れを取り戻せないほど遠くへ離れてしまう。慎重を期する必要があった。
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