南京錠と鍵

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スタージョ (五)☆

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 仕事を終えて診療所を後にすると、軌道エレベータアースポート付近が賑わっていた。屋台を冷やかし短い滞在の間に顔見知りになった人々と挨拶を交わす。ホテルへ戻る途中、
 ふ。
 甘い香りがした。クロエの香りだ。暗い路地からぬ、と黒衣の若い女が姿を現す。以前と変わらず体温が低そうな白い肌に黒髪、黒い目で唇だけが別の生きもののように赤い。

「せんせえ、きれいなおめめね――だって。あんなにちっこいのに、もう女なんだねえ」

 香りが移りそうなほど身を寄せ低く蠱惑こわく的な声で囁く。

「罪つくりだこと」
「――何が、目的だ」

 甘い香りから逃れようと身を捩る。
 じ、じり……。
 背中が建物の壁を擦った。いつの間にか裏路地に追いこまれている。

「そんなに、厭?」
 女が体をすり寄せてきた。見た目ほど厚くないらしい黒衣越しにやわらかい体が押しつけられる。夜になっても淀む暑熱に甘い香りがほどけ立ちのぼり体がうずく。

「やめ、……やめて、くれ」

 外見がまるで似ていないのに――いや、似ていないからこそ女の体から立ちのぼる香りはクロエの不在をスタージョに強くはげしく思い知らせた。

「こんなど辺境で何をしているの? 早くクロエに会いに行きなよ、ラーシュ・ヨハンソン」

 女がやってくる夜はかわきにさいなまれる。
 夢のなかで繰り返されるクロエと睦み合った記憶は鮮やかだった。しかし脳が記憶の再生を繰り返しても渇きは癒えない。違う女に浅ましく反応してしまった体をいましめるように記憶が鮮やかな分、クロエが遠い。どんなに強くかき抱いても所詮夢だった。幾度愛を囁いてもクロエには届かない。


 コールドスリープ処置を受け連絡船で次の惑星へ、さらに次の惑星へ降り立ってもやはり女は追いかけてきた。裏路地に、あるときは木立の奥に暗がりにスタージョを引きずりこみひととき、一方的に甚振いたぶる。しかしあたたかくやわらかくクロエの香りがする肌は常に黒衣の向こうにあり、疼くスタージョの体も決して衣服から解放されることはない。ただひととき縋りつくだけの愛撫だった。そうして刺激された夜、より強く欲望と渇望とに苛まれる。夢はスタージョにひりついた快楽をもたらした。
 まるで麻薬だ。
 分かっていてスタージョは女を突き放すことができなかった。


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