南京錠と鍵

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ラーシュ (九)

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「なかなかに敏い男じゃのう。――実は遺言書の内容を教えなければ孫に危害を加えるとかなんとか、脅されておる」
「それはまさか――」

 クロエの父親を含む老アーサーの実子たちが地球外の財産の相続を狙っている。クロエが死ねばアーサーからの相続分が親や叔父叔母に渡ると考えているのだ。

「行政府から接収される前に地球上の財産は分けておいたんだがのう。子どもらは皆やかましいんじゃ。金にうるさくないのは孫の中でクロエだけでな。だからあの子にのこすことにした」

 天邪鬼といわれていただけある。

「クロエにはセシル――オリジナルのセシルをつけた。あやつのことだ、手落ちはなかろうが、万が一のこともあり得る。おまえさんにも頼みたいのだよ」
「フレーザーさん、あなたがクロエを追いかけるという選択肢もあると思いますが」

 自ら開発の陣頭指揮を執ったという複製人格運搬式移民システムを使ってもいいはずだ。

「宇宙にわしのクロエはいない。もうどこにもいない」

 一代でのしあがった財界の雄が涙ぐんだ。コンサバトリーの天井越しに宇宙を見上げる。

「孫のクロエは、妻の生まれ変わりではない。あれだけ諭されたのにわしは、孫に妻の面影を追った。――悪いことをした」

 温室での会食からしばらくのちに、老アーサーは地球で亡くなった。



 誰も祝う者がなくても万聖節はめぐってくる。
 氷に呑まれ廃墟と化した万聖街に人影はない。残り少ない人々は地下に造られたシェルターで暮らしていたが皆、最後の移民船のチケットを手に軌道エレベータのキャビンに搭乗した。
 いよいよ地球からの人類総撤退が完了する。
 軌道エレベータのケーブルを伝い上昇し続けるキャビンの展望席から凍る地球を声もなく見下ろす人々のなかに地球残留派思想団体グラスルーツ元代表ラーシュ・ヨハンソンの姿もあった。周りの人々同様に整える余裕を失いもっさり伸びた砂色がかった金色の髪に白いものが混じっている。大地が反射する銀色の光が、青みを帯びた灰色の目にふたたび帰ることのない母星への愛着と悔い、疲れを照らし出す。クロエを見送って十二年、老アーサーの死から十一年、ラーシュは四十歳になった。

「遅くなってすまない」

 隣に立つ大男が首を横に振る。

「十年、二十年でしたら取り返すのは難しくありません。追いかけましょう」

 ラーシュが地球残留人類の総撤退に立ち会うのにつきあったセシル=コピーもまた年をとった。老アーサーが亡くなってしばらくは危ぶまれる憔悴しょうすいぶりだったが、あるじにラーシュの旅を支えるよう言い含められたとかでしっかり立ち直った。物資不足の地球で可能な範囲ではあるが身だしなみを整え背筋を伸ばした姿は変わらずに折り目正しい。

「そうだな。――あてはあるのか?」
「まずはクロエお嬢さまの第一の中継点となっている植民星にまいります。行き先がはっきりしているのはそこですから」
「そこから先は?」

 セシル=コピーがデバイスを見せた。画面に彼の籍が表示されている。
 セシル・バーリー=ver.2(セシル)。
 これまで地球最後の人類居留地である万聖街に属していたが、今は移民船の機体記号、乗船日付が記されていた。

「われわれ地球由来の人類は移民船や植民星ごとに地球時計を持つことになっています」

 先に出発した移民船も、テラフォーミングが終わり植民を始めた星にも地球時計がある。もちろんクロエが搭乗している移民船も同様だ。

「見てください」

 武骨な指が指し示すのは紐付けられている先、オリジナルの籍だった。
 セシル・バーリー。
 名前に続き、移民船の機体記号と乗船日付が記されている。十二年前の万聖節の日だった。

「クロエお嬢さまの搭乗船を知ることはかないませんが、自分の籍でオリジナルの居場所なら分かります」
「そうか……!」
「先回りはともかく、追いかけることは可能です」

 ラーシュは自分のデバイスで籍情報を確かめた。ラーシュと紐付けられた複製体スタージョはまだデータのままでアクティブになっていない。

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