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ラーシュ (四)
しおりを挟む金目のものをかき集め、やっとのことでラーシュは極秘裡にチケットを一枚、買いもとめた。
チケットは冷凍睡眠式移民船のものではない。行政府の配給を待てば無料で冷凍睡眠式移民船に乗れる。その代わりどの惑星に割り振られるか分からない。家族や友人と同じ船に乗れるかどうかも分からない。希望の移民先、親しい人たちといっしょの生活を望もうとすれば財産が没収される前の二十倍は金を払わなければならない。
――誰も金なんぞ持ってないはずなのに、な。
行政府による宇宙移民計画新フェイズ移行で残留人類の財産が接収されたのち、むしろそれまでより金がものをいうようになった。
ラーシュの手がかろうじて届いたのは、新しく開発されたばかりの複製人格運搬式移民船のチケットだ。
万聖街旧港倉庫街の一角で機密保持契約を交わしたのち、特徴の掴めない顔をした説明係からラーシュは説明を受けた。
「複製人格運搬式移民船は、その名のとおり記憶も含め人格をまるごと複製して運び、目的地到着後に作製した義体にデータをインストールします」
冷凍睡眠式移民と違い、体を運ぶ必要がないため格納場所や維持コストが小さくてすむ利点がある。その分、チケット代金も比較的安い。
「目的地で生成されるのはお客さまの複製体です」
人格を複製することでオリジナルのボディに損傷をきたすことはない。しかしオリジナルとコピーが同時に存在する可能性がある。
「複製体にはオリジナルとの関連を示す名前がつけられます」
ラーシュ・ヨハンソンの複製体の籍にはラーシュ=オリジナルからの複製時期などが加えられ、作製された義体にマイクロチップが埋め込まれる決まりだ。
「人格の複製が可能なのはオリジナルのみとなっております」
ボディの複製は今のところ制限がないが、人格の複製回数には上限がある。現在のところ、八回までは安全に複製可能であることが確認できているという。
説明ののち、ラーシュは小部屋に案内された。ポッドのような装置でデータをとられたあと、説明係が立ち去りひとり取り残される。装置に保存されたデータの調整や加工をしろといわれ、ラーシュはデバイスにダウンロードした取扱説明書と首っ引きになった。
「条件づけ、か」
ある程度複製体の行動規範をあらかじめ決められるらしい。大枚はたいて複製体を遠い未来に送って何をしたいのかを、あらためてラーシュは考えた。
もう一度、クロエに会いたい。
彼女が自分以外の男と恋をする前に囲い込み、縛りつけてしまいたい。
送り出す複製体は厳密には自分ではない。しかし義理に縛られグラスルーツの代表として地球に残らざるを得ないラーシュからすれば他人にクロエをかっさらわれるくらいなら自分の複製体と恋に落ちるほうがまだましだ。
「……」
取扱説明書を次へ次へとスクロールする。指が止まった。
これだ。複製体の行動を制限するロック。
ラーシュは複製体に
「クロエ以外の女に心を奪われないように……」
ロックをかけ、鍵をつくった。
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