5 / 53
クロエ (五)
しおりを挟む「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!」
駅舎へ向かう通りはますます混雑していた。吸血鬼や魔女、フランケンシュタインや骸骨、妖精。少ない物資をやりくりしてこしらえたコスチュームでおめかしした子どもたちの顔が、見守るおとなたちの顔が楽しげに輝いている。駅前広場でなけなしの食糧をはたき菓子や軽食がふるまわれるという。辺りは祭りに参加する人々でごった返していた。
ラーシュが焦りの色に染まった目をふたたび時計台へ向ける。
「きみのことだから、おつきの人たちを困らせて時間稼ぎをしていたんだろう」
「だって」
駅へ連れていこうとするラーシュにクロエは力なく抗った。
「少しでも長く、いっしょにいたくて」
祖父アーサーが移民船の手配をしたのは今回が初めてではない。いずれもアーサーが贔屓の孫娘のために信用に足るスタッフが搭乗する豪華な船を厳選したものだったが逃げ続けて兄や親戚たちに譲った。そのたびに祖父と大喧嘩を繰り返したものだ。
――そういえば。
クロエの父や叔父、伯母たちは誰も移民船に乗っていない。やたらに降船後も豪華な暮らしが約束されたコンドミニアムつき移民船チケットを譲ろうと申し出ても断られた。
――息子や娘どもはな、わしがくたばるのを待っておるのだ。
大喧嘩に続き説教を喰らったときアーサーが苦々しげに、そしてわびしげにつぶやいたのが忘れられない。前回はアーサーの書斎の前に張りつき大喧嘩が終わるのを待っていた伯母のひとりマリー=アンジュが「遺言の話、出たの?」とねちっこくつきまとってきた。いわく祖父の愛妻にいちばん似ているのはクロエでなく自分だ、だから遺産は自分のものだなどと言い募る。
――どうして私にいうんだろう。
祖父にいえばいいのに。
アーサーの実子たちは皆、すでにけっこうな額の財産を生前分与されている。マリー=アンジュは入れ込んでいた愛人に貢ぎに貢いで手元不如意だと聞く。
そんな一族内のいざこざが続いたからか、祖父アーサーから
――今度という今度は移民船に乗ってもらう。
厳しく言い渡された。護衛という名の監視が増やされただけでなくセシルというお目付役までつけられた。最後通牒のその日、クロエはたいそう往生したものである。祖父やセシル、弁護士までやってきたのになぜかクロエの両親は締め出された書斎であれやこれや書類のサインをさせられた。弁護士に「ちゃんと! 確認してから! サインして! ください!」とやたらに念を押されるが押されたら押されただけちゃんとする気が失せる。「はいはい」と適当にいなし、クロエはろくに中身も確認せずいわれるままサインしまくった。覚えているのはどこか聞いたこともない惑星の所有権を得たことと、芸能人として実業家として自力で得た資産がそのまま保持されること、祖父の右腕セシルが財産の管理などを一手に引き受けることくらいだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる