南京錠と鍵

uca

文字の大きさ
上 下
3 / 53

クロエ (三)

しおりを挟む
 ラーシュとはパーティで出会った。
 誰が主催だか、覚えていない。数多あまた声のかかるうちのひとつ、気まぐれに出かけた退屈しのぎの会だ。ぜいらしていても退廃でかげるそんな場所でラーシュは光を放ちひとり、際だって見えた。砂色がかった金髪だからか、青みを帯びた灰色の目だからか。他にいくらでも美しい男も女もその場にいたはずなのに視界を占めるのはラーシュだけだった。

「ああ、あいつ」

 取り巻きのひとりがクロエの目が向かう先を見て耳打ちする。

「ラーシュ・ヨハンソン、グラスルーツの新代表さ」

 グラスルーツは地球残留派思想団体だ。急死した前代表の父親から団体を継いだその男は医師だった。人々の低緯度地域への移住を助ける地球行政府関連団体に所属し、省資源のために閉鎖の決まった緯度の高い地域をめぐっていたという。
 ラーシュの物腰には志の高い男独特の熱と、現状へのもどかしさを面に出さない抑制とが見えた。
 なかなかに歯ごたえがありそうじゃないの。
 クロエが口を開く前にまわりの男たちがぴーちくさえずりはじめた。

「医者、ね。辺境ドサ回りを買って出るとか――」
「意識高い系の聖人さまってか」
「金なさそーう」
「富裕層の主治医とかならともかく公務員じゃなあ」
「しかも元公務員。地味だよな」
「公務員からグラスルーツの頭目ってすんごい方向転換だね」

 家族が選んだ取り巻きたちは親の七光りで失敗のない事業に名前だけ加わっているような暇人どもで、毒にもならなければば薬にもならず、かといってクロエの歓心を買えるほどおもしろみもない。しかもその自覚があるものだからクロエの視界から骨のありそうな男を排除するのに熱心でもあった。

「あんなやつ、やめときなよ」
「きっとつまらないぜ」
「ふうん」

 投げやりに婀娜あだ相槌あいづちを打ちながらクロエはラーシュから目を離せずにいた。

「グラスルーツなんてさ、フレーザー社の敵なんだから」

 男のひとりが口を滑らせた。

「ふうん」

 クロエの心がさらにラーシュへと傾く。
 取り巻きの男たちがこき下ろすのに腐心しているということは、おもしろい男なのかもしれない。

――フレーザー社の敵、ね。

 祖父アーサーが厭がるのを想像すると胸がすく。
 跳ねっ返りで天邪鬼。良妻賢母だった祖母そっくりの清楚な外見なのに、クロエの性格は宇宙開発企業を一代で大きくした祖父譲りだった。
 その日のクロエは祖父の意を受けたデザイナーの手による深い紺色のドレスを着ていた。レースのハイネックに七分丈の袖、Aラインのシルエット、ゆっくりと足を運ぶたびに優雅に揺れるシフォンは銀河をイメージして重ねられている。
 望むと望まざるにかかわらず、クロエは広告塔だ。
 地球から旅立とう。
 宇宙へ行こう。未来を掴もう。
 フレーザー社のメッセージと交換に周囲の注目をベールのように巻き取りまといながら一歩一歩、クロエはラーシュのいる一角へ近づいていった。
 ほんとうは、足を踏み出すのが躊躇ためらわれる。
 そのときラーシュは光の源だった。パーティの場でただひとり、輝いていた。祖父へあてこすりしたいからという軽率な気持ちで近づいていいのだろうか。
 でももう足を止められない。
 視線が絡む。青みを帯びた灰色の目に惹きつけられる。
 ラーシュだって、周囲の注目を集めて近づいていくる女が何者か、知らないわけがない。
 宇宙移民推進派政商の孫娘と、地球残留派思想団体の新代表。互いを隔てる立場の違いを知っていながら駆け引きもなく、ラーシュはクロエの手をとった。
 大きな手がそっとクロエの指を包むころにはすでに分かっていた。互いにもう引き返せないほどに恋い焦がれている、と。

 あれからずっと、恋をしている。
 誰に反対されてもずっと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

謎の隕石

廣瀬純一
SF
隕石が発した光で男女の体が入れ替わる話

処理中です...