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安眠枕〈碧杖印〉六十三番
6.
しおりを挟む「――実は、亡くなったキヴァリ殿につくっていただいた枕が盗まれてしまってな」
「盗まれたって、枕が、ですか?」
普通、枕は盗まれない。
不眠症は国民病。クショフレール大公国に三日以上滞在する人々すべてがそれぞれに合った安眠枕を所有しているのだ。誰が他人の枕なんぞ欲しがるだろうか。いくら最高の呪具師ミルヤ・キヴァリの手による一点もの〈碧杖印〉だからといって、誰の頭でもフィットするわけではない。むしろ他人が使えば眠りを妨げる可能性すらある。
「誰が、何のために枕なんかを」
「ここだけの話にしてほしいのだが、犯人は魔人だ」
「ま、魔人?」
「そうだ」
思い出すだけで疲れるのか、ヴェーメル団長はがっくりと肩を落とした。
「あちら、魔人側の窓口といえばいいのか代表となる者がいる。タピオというやつなんだがとにかく悪ふざけが過ぎるのだ」
魔人タピオは魔界アウヌラ国の王子である。人間とは異なる時間の流れに生きていて二百歳は超えているがあちらではまだ年寄りではないのだとか。褐色の肌に砂色の髪、琥珀色の目をしていて顔立ちは人間から見ても雅に整っている。そして頭に一本、角が生えている。魔人は若ければ若いほど悪ふざけを好むというが、その傾向は年齢だけでなく角の数にもよるらしい。角が多ければ多いほど冗談好きで、その伝でいけば魔人の中でタピオ王子は真面目なほうということになる。
「枕泥棒などに手を染めるくらいだ。当てにならない」
ヴェーメル団長は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
タピオ王子は人間に興味津々であるらしい。何かと難癖をつけて合同会議を開きたがる。いくら要人といっても、相手は千年にわたり敵対関係にある勢力に属するわけで、ほいほい砦に招いたり先方の招きに応じたりすることはない。事前に渉外担当の聖騎士や文官がおもに書面でやりとりをして妥協点を探ったりそもそも妥協点など不要だと決裂したりと、ある程度会議の内容を詰めておいて、合同会議自体はピネッキ砦とニムーブ涸沼の中間地点で行う。天幕を張り、床几などを並べてトップ同士で話をするわけである。
五日前、合同会議のあと、何か様子がおかしいと思っていたらタピオ王子がピネッキ砦に侵入しヴェーメル団長の寝室から〈碧杖印〉六十三番の安眠枕本体とカバーを奪い逃走したという。
「以来、俺は眠れなくなってしまった……」
「ご着任早々に、たいへんでしたね」
なぜに枕なんぞ奪っていったのか。悪ふざけにもほどがある。
現在、安眠枕を取り戻すべく第三聖騎士団が交渉にあたっているが、犯人のタピオ王子は行方をくらましているそうだ。苦情を申し立てても他の魔人たちは「枕ごときでなぜそこまで必死に?」と取りつく島もなくいっこうに解決の目処が立たない。
「頼みがある」
ティーカップを静かにソーサーへ戻し、ヴェーメル団長は姿勢を改めた。
「ランキラ殿、俺と結婚してほしい」
「――――は?」
エステルとサーラおばさんは驚きに目を剥いた。自分でいっておいてヴェーメル団長も驚いたのか、どす黒い隈をこしらえた目を瞠りぼばばば、と赤くなった。
五日前に魔人の王子が砦に侵入し聖騎士団長の安眠枕を奪っていったことと結婚、何の関係があるというのか。エステルは呪具師だ。枕の相談に来たのではないのか。
「う、あ、その、あ」
「ヴェーメルさん、落ち着いて。さ、お茶飲んで、ね? だ、だ、第三聖騎士団の団長さんとけ、けけけ、結婚って、この子をピネッキ魔境に連れていくおつもりかしら?」
「魔境ではない。その手前のピネッキ砦だ」
「駄目。第三聖騎士団のお仕事をお辞めになってからならともかく、絶対に駄目。冗談が過ぎるわよ? おばちゃん、感心しないわ」
「冗談ではない。それに先月着任したばかりだ。まだ団長職を辞めるわけにいかない。しかし今すぐ結婚したい」
いっていることがめちゃくちゃだ。
ヴェーメル団長はカップを掴みごっ、と中身を干した。サーラおばさんにも狼狽が伝染したのか「いい飲みっぷりね」とポットから団長のカップにどぼぼ、とおかわりを勢いよく注いでいる。
「結婚、ですか? 枕のご注文ではなく?」
「まく……ら、枕もほしいのだが、きみも欲しい」
「そんな枕のついでみたいに結婚を申し込まれましても」
「や、そのあの、その、……やっぱり、枕もきみも欲しい」
「魔人に悪ふざけで枕を盗まれたからって、あなたまでふざけちゃ駄目でしょう」
「ふざけてなどいない。真剣だ。何だったら枕は要らない。結婚してくれ」
「それでうんとうなずく女がいると思いますか。それにここは結婚相談所でなく呪具師の工房ですよ? 頭冷やして出直してください。さ、お引き取りを。よき眠りに恵まれますよう」
枕の注文だったら話を聞こう。エステルとしては言外ににおわせたつもりだった。が、言外は所詮、言外だったのである。
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